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Year 10 / Spring Term 「I Only Have Eyes for You」

 眠れないまま、ルカは耳にうるさいほど響き続ける秒針の音をずっと聞いていた。  頭のなかでは、自分がテディに云った言葉が何度も何度も再生され、やはり云いすぎたと後悔しているルカ自身を責め苛んでいた。揃いでつけていたペンダントまで投げ棄てて――テディをまた、あんなにひどく泣かせてしまったと、ルカは目に焼きついた愛しい者の泣き顔に、ナイフで抉られたような胸の痛みを感じていた。  最初にごめんとテディが謝ってきたときに、なぜ自分はそこでちゃんと話をして、チャンスを与えることができなかったのか。ルカはまた重く溜息をついて、ごろんと寝返りを打った。こんなふうにぐるぐると後悔と自己嫌悪の渦に陥ってから、もうどのくらいの時間が経ったのだろう――そう思ったとき、いつもの見廻りの足音が聞こえてきた。  ということは、今は零時過ぎらしい。壁のほうを向いたまま、きゅっと目を閉じて眠ったふりをしていると、部屋のドアが開いたのがわかった。微かな足音と人の入ってくる気配がして、すぐにまたドアが閉められる。小さくなって消えていく足音に、ルカはまたごろんと寝返りを打って仰向けになり、ほっと息をついた。  するとそのとき。微かに乱れた呼吸音が聞こえた。同時にぎしっとベッドが軋む音と衣擦れの音がして、ルカはテディが起きあがったのだと察した。  眠っている部屋に人が来るのが苦手だと云っていたテディは、この零時過ぎの見廻り時に既に眠ってしまっていれば問題はなかったが、眠れなかったりしてまだ起きているときは――ルカの知っている限りでは――いつもこんなふうに見廻りが済んだあと、落ち着かない様子で起きあがって深呼吸をしたり、水を飲んだりしていた。このところルカは毎日疲れていて、ベッドに入るとすぐに眠ってしまうことが多かったが、ひょっとしたらテディがこのところ朝起きないのは、夜遊びの所為というよりもこちらのほうが原因だったのかもしれないと、ルカは思った。  どうしよう。傍に行って、落ち着かせてやるのをきっかけに、さっき云いすぎたことを謝ろうか。大丈夫だよ、傍にいるよ、と……否、先に謝るべきだろうか。  そんなふうに、目を閉じたままルカが頭のなかでごちゃごちゃと考えていると―― 「……ルカ……」  すぐ傍で声がして、ルカは跳ね起きた。  いつの間にベッドを抜けてこっちへ来たのか、ベッドのすぐ脇にテディが立っていた。ルカはテーブルランプに手を伸ばし、かちりと引き紐(プルコード)を引いた。  仄かな灯りに照らされたその顔はまだ泣きそうに歪められたまま、じっとルカを見つめている。もうこれ以上、テディのこんな表情は見ていたくない。ルカは、ついさっきまで頭のなかで思い浮かべていた言葉を口にしようとした。 「……テディ、俺……さっきは――」 「たすけて」 「え?」  テディの発した短い言葉に遮られ、ルカは眉をひそめた。今、テディはたすけて、と云ったように聞こえたが――ルカが怪訝な表情でその不安げな顔を見つめていると、テディは再びその言葉を口にした。 「ルカ……たすけて。俺にはルカしかいないんだ。俺、ルカに見棄てられたら……もう、もう……!」 「テディ」  どこか怯えているようにも見える、心細げに震える躰に手を伸ばし、ルカはテディを引き寄せた。膝立ちになり、ベッドに寄りかかるかたちになったテディを、思いきり抱きしめる。 「大丈夫だ、俺はおまえを見棄てたりしないよ……。さっきは悪かった。ちょっときつく云いすぎたよ、ごめん。でも、それだけ俺もテディが真剣じゃない気がして悲しかったんだ。わかってくれよな」  胸に顔を埋め、テディは何度も頷き縋るようにルカにしがみついていた。頭を撫で、背中にまわした手でぽんぽんと肩を叩いてやり、少し落ち着くのを待つ。そして、ようやくテディが顔をあげると暫し見つめあって、どちらからともなくキスをした。  いったん顔を離し、濡れた大きな瞳がランプの灯りを映してきらきらと輝いているのに、ルカは見蕩れた。 「好きだよテディ。……俺にもおまえだけだ。おまえ以外の誰も、俺の目になんか入ってきやしないよ……」  そうだ。ルカは思った――この美しい瞳に、自分以外を映して笑っているテディを見ることが、自分には堪えられなかったのだ。 「ルカ……ずっと、ずっと俺と一緒にいてくれる……?」 「ああ、誓うよ。俺たちはずっと一緒だ。決して離れない」  熱く視線を交わし合い、ルカはもう一度ゆっくりと顔を近づけ口吻けた。その感触を確かめるように何度か唇を喰み、頬を撫でながらそっと舌を忍ばせる。テディがそれに応えてくると、ルカは抱きしめている躰を更に引き寄せ、自分と向きを入れ替えるようにしてゆっくりとベッドに横たえた。  互いに深く探り、息を奪いあう。そうして名残惜しげにいったん離れると、ルカは両腕を突っ張ってテディの顔を見下ろした。 「……テディ、愛してる」 「俺も……。ルカ、俺を……ルカのものにして……」 「……いいのか?」 「うん。……もし、俺が途中で……このあいだみたいになっても、やめないで」  ルカは頷き、ランプの光でいつもより明るく見える金髪(ブロンド)を撫であげ、額にキスを落とした。  翌朝。ルカはアラームが鳴る前に目を覚ました。  広くはないベッドのなかで自分のパジャマのシャツを握り、ぴったりとくっついてテディが眠っている。ルカはテディを起こさないようにそっと腕をあげ、頭を支えて横向きになり、その寝顔を愛おしそうに見つめた。  昨夜――自分で云ったとおり、テディは途中で怖じ気づいたかのように躰を強張らせた。だがルカは、優しく髪や頬を撫でながら、何度も愛の言葉を囁いた。そうしてテディの緊張が解けるのを待って、もう一度気持ちを確かめてから、時間をかけて躰を繋いだ。それは性に未熟な年頃にありがちな、青い欲望を吐きだすだけの行為とはまったく違っていた。肉体的な悦びよりも、愛する者とひとつに融けあったという精神的な歓びのほうを強く感じた。  ルカは何度もテディの名前を呼びながら愛していると伝え、テディも繰り返しルカの名前を呼んだ。愛しいと思う気持ちは更に深く強いものになり、全身に染み渡るようにルカを充たした。それはこのうえない幸福感だった。  かち、と針が動く音がして、ピピピピ……とアラームが鳴り響いた。テディの頭越しに手を伸ばしてアラームを切ると、ルカはそっとテディの頬を手の甲で撫で、肩をとんとんと叩いた。ん……と微かに身じろいだテディが薄目を開け、微笑むとまたすぐ目を閉じる。 「おはよ、テディ。そろそろ起きなきゃ」 「……うん……、もう少し……」  自分の腕のなかで微睡んでいる恋人を見つめ、ルカはなんてこった、と思った。授業なんかサボって、このままずっとこうしていたい、などと思ってしまったのだ。しかし。 「だめだめ。さ、もう起きるぞ。今日からは真面目に、しっかり授業に出てもらうからな。ほら、起きろって」  昨夜あれだけきつく云った手前、こうするしかない。そうじゃなければじっと寝顔を見つめたまま、長い睫毛を数えたりしているだろうに――ルカは、初めてふたりで迎える朝なのにちっともロマンティックじゃないなと苦笑し、ばさりとブランケットを捲った。  すると、テディの腰の辺りにきらりと光るものが見えた。どうやらパーカーのポケットに入れていたのが、寝ているあいだに出てしまったらしい。ルカはその細い鎖を拾いあげ、そのTの文字を指先でそっと撫でたあと、頸につけた。 「テディ、ほら、早く起きろって……。擽っちゃうぞ――」

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