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Year 11 / Autumn Term 「The Answer's at the End」
家から持ってきた自分のラップトップコンピューターを前にして、ジェシは鼻唄交りに作業を続けていた。
休暇でマンチェスターに戻るたびにCDショップを巡り、ジェシはこつこつとコレクションを増やしていた。名盤と呼ばれる、旧き良き時代のロックアルバムの数々。ほとんどはルカとテディに薦めてもらったものだったが、なかにはジェシ自身が興味を惹かれて買ってみたものもあった。
ギャンブルのような感覚でわざわざ気に入るかどうかわからないアルバムを買ってみたのは、これまで借りて聴いたぶんのお返しに、まだルカたちが聴いていない良いものをみつけ、自分からも薦めたかったからだ。それに、教えられるままにコレクションしてもつまらない、という思いも少しはあっただろう。
デスクの上で開いたラップトップの傍らに新たにコレクションに加えたCDを積み、ジェシはそれらをエンコードして一枚ずつミュージックフォルダに保存していた。テディに借りていたようなポータブルプレイヤーをジェシは持っていなかったが、ハードに小遣いを費やすくらいならそのぶんでソフトのほうを買いたい。それでこの方法を思いついたのだ。
もともとコンピューターは趣味のひとつだった。ここでは自由にインターネットに接続することはできないので初めは持ってきてはいなかったが、これならルカたちにCDを貸しているあいだも、ヘッドフォンさえあれば聴くことができる。
エンコードが終了すると、ジェシはドライブをかちゃりと開けてディスクを取りだし、ケースに収めた。大胆に斜めに〈EXTRA TEXTURE 〉と記された蜜柑色のジャケットを眺め、ジェシは満足げに笑みを浮かべながらラップトップの電源を落とした。
「終わったのかい? そろそろベッドに入らないと見廻りが来るよ、オブライエン」
「あ、もう済んだよ! グリフィス、ごめんね遅くまで」
デスクの明かりを消し、ジェシはそう云うと慌てて梯子を登り、ロフトベッドに上がった。
「なにやってたんだ? ここでPCなんか使ったって、ポルノサイトとか見られないだろ?」
「ポ……! な、なんてことを云うんだダルトリー!」
ダルトリーの言葉を聞いて、暗い部屋のなかでグリフィスががばっと起きあがった気配がした。こういうときいつも十字をきる彼を思い浮かべ、ジェシは苦笑しながらダルトリーに答えた。
「CDの曲を取りこんでただけだよ。PCに保存しておくといちいちドライブを開けて入れ替えなくても、どんどん好きな曲だけ聴けるから便利なんだ」
「へえCD? 誰の? エミネム? アヴリル?」
ダルトリーの挙げた名前はどっちも聞いたことくらいはあったが、ジェシにはどんな音楽かまではわからなかった。
「ううん……えっと、ヴァニラファッジとブラインドフェイスと、ジョージ・ハリスン」
「どれも知らないのばっかだ」
「旧いのばかりだからしょうがないよ。僕も最近知ったんだ」
「ジョージ・ハリスンは知ってるよ。確かビートルズのメンバーだった人だよね」
「うん、ソロアルバムを買ったんだ。いつもCDを貸してくれる先輩が、まだ聴いたことがないって云ってたやつをみつけて……聴いてみたらすごく良かったんで、いつものお返しに明日貸してあげるんだ」
ジェシがそう答えると、一瞬しん、と妙な間が空いた。
「先輩って、あの? オブライエン、最近よくつるんでるよな」
「その……あまりよくない噂も聞くけど、怖くないのかい?」
「えっ、全然怖くないよ。すごくいい人たちだよ。うーんと、授業サボったりよく煙草吸ってたりはするけども、別に不良って感じじゃないよ」
「でも以前僕が見かけたとき、タイもしてなかったし制服の着方もずいぶんとだらしなかったよ。あれはあまり感心しないな」
「グリフィスは真面目すぎんだよ」
テディのことだ、とジェシは気づいた。確かにテディがタイを締めていないのを、ジェシも見たことがあった。
あれは確か休暇明け、月曜日の朝だった。寮 を出るときに顔を合わせ、あれ、タイ忘れてますよとジェシが云うと、テディはブレザーのポケットからくしゃくしゃに丸めたタイを取りだし、困ったように笑った。偶々その場にいて寮生たちを見送っていた寮母のモーリンが、あらあら、アイロンをかけておきましょうねと声をかけ、テディはすみませんと恐縮しながら皺になったタイを渡した。ルカも自分のことのように礼を云っていた。
ああいう場面を見ていれば、グリフィスもダルトリーも彼らがどんなに礼儀正しい、気のいい人物かわかるだろうに、とジェシは思った。ルカは物怖じしない性格で、誰に対しても同じようにはっきりとものを云うのできつく感じることもあるが、裏表がなくとても付き合いやすい人だと思う。
テディは――
「ダルトリー、君はもう少し真面目に、というか几帳面になったほうがいいと思うよ。――煙草……もまあ、規則違反なのでよくはないと思うけれども、その……煙草以外のものは、使ってはいないのかな。オブライエン、薦められたりとかしてないよね?」
少し声を抑え気味にしてグリフィスがそう尋ねると、ダルトリーが「ああ」となにかを思いだしたように云った。
「そういえば薬やってるとか、オーヴァードーズで死にかけたなんて話もあったよな」
「そっ、そんな……そんなのは、ただの噂だよ。少なくとも僕はそんなものをやってるところも、持ってるのも見たことないよ」
とんでもない、というようにジェシはそう答えたが、実は、噂は本当なのかも、と思ったことはあった。
テディは、基本的には物静かで遠慮がちな、おとなしい性格だと思う。だがちょっと感情的というか、気分の浮き沈みが激しいところがあるのが最近わかってきた。
やたらと上機嫌でよく喋り、我が儘だと感じるほど自己中心的になるときと、まったく喋らずなにも考えていないかのようにぼうっとしているときがある。その差があまりにも激しいので、あれはひょっとすると使っている薬がアッパー系かダウナー系かの違いではないかと疑ってしまったのだ。
こんこんとノックの音がして、ドアが開くのと同時にばさっとブランケットをかぶる気配がした。「廊下まで話し声が聞こえてたぞー。もう寝ろよ」「はい、おやすみなさい!」と毎晩お決まりのやりとりのあと、ベッドの上を見やりながら一周した監督生 が部屋を出ていく。
グリフィスたちはもうお喋りを再開しなかった。ジェシもブランケットを頸まで引っ張り、目を閉じる。瞼の裏に再生されたのは、ついこのあいだ、テディが寮の窓から吸い終わった煙草を投げ棄てたときのことだった。偶々だったらしいが、そのとき下には本の虫干しをしている生徒がいた。どこかから貰い受けてきた何冊もの古い書籍を部屋に片付ける前に、埃を掃 っていたらしい。
そんなこととは知らず、しばらくして窓の外からうわあーっとあがった声に、ルカとテディは何事かと顔を見合わせた。窓から見下ろし、その場で腹を抱えて笑いだしたふたりに、なんですか、どうしたんですかとジェシも倣って窓から顔をだした――黒い煙を上げる本を、必死に脱いだブレザーで叩いている様子が目に入った。
小火 騒ぎは、その原因が煙草であるということがわかり、すぐに寮内にいた生徒全員の持ち物検査に発展した。監督生ふたりが部屋を検めて廻っているあいだに、寮生たちはコモンルームに並ばされ、ハーグリーヴスがポケットの中をチェックした。ジェシもそのなかに並びながら、どうしよう、どうするんだろうと不安でいっぱいだった。集合をかけられて部屋から出るとき、テディが煙草をポケットから出した様子がなかったからだ。
ひとり、またひとりとチェックが終わり、順番が近づくにつれて心臓の音が大きくなる。そして順番が来て、自分がチェックされているあいだ、ちら、とテディのほうを盗み見ると、彼はなにも怖れることなどないかのように平然としていた。そしてルカ、テディのポケットが検められ――なにもみつからず、次の生徒の番になる。
自分が気づかなかっただけで、テディはどこかに隠してから来たのだろうか。そう思っていると――これはなんだ! とハーグリーヴスの声がして、ジェシは弾かれるように顔をあげた。ルカはなにか云いたげな顔でテディを見ていて、テディは口許だけを歪めて笑いを堪らえていた。
ハーグリーヴスの手にはテディの煙草とライターがあり、それを信じられないといった顔でドレイトンが見つめていた。テディが隣に立っていたドレイトンのポケットに煙草を入れたことは、すぐに察せられた。ドレイトンは、僕のじゃないです、信じてください! と何度も訴えながらハーグリーヴスに連れていかれ、ジェシはなんともいえない気分でテディの顔を見た。
テディは薄く微笑んだだけだった。
――このとき初めて、テディには人を陥れて平気でいられるような、冷淡なところがあるのだと知った。
幸いにもドレイトンは、指先や息から煙草の匂いがしなかったので無実だと信じてもらえたらしい。だがこの事件をきっかけに、ジェシはテディのことを一歩退いて見るようになった。
ふたりと音楽の話をするのは楽しいし、友人として付き合うぶんにはなんの問題もない。でもきっとテディとは、一定の距離をおいて付き合っていくのがいいんじゃないかという気がした。
テディのことを信用できないとか、これ以上親しくなりたくないとかいう意味ではない。テディのことも、ルカのことも大好きだ――だからこそ、音楽を語りあえる大切な仲間として、程良い距離を保って長く付き合っていきたいと、ジェシは思ったのだ。
ジョージ・ハリスンの〈EXTRA TEXTURE〉を、彼らは気に入って聴いてくれるだろうか。彼らの趣味からすると少し渋めかもしれないが、キーボード陣が豪華で素晴らしい。
早く渡したいなあ、いつ感想が聞けるかなあとわくわくしながら、ジェシはようやく眠りに落ちた。
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