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Year 11 / Christmas Holidays 「耐性」
ずるりと抜きだされる感触に、テディは顎を仰け反らせて息を吐いた。デニスが躰の上から脇へ退くと、反対のほうへ寝返りを打って背を向ける。
シーリングライトをつけたままの明るい部屋で裸を晒していてももうなにも感じないが、デニスの顔は見たくなかった。いま思うのはただ、シャワーを早く浴びたいということだけだ。
「今日はずいぶん素直だったね……気持ちよかったかい?」
終わったあと、デニスはいつもこんなふうに質問をしてくる。痛かったかい? 悦かったかい? 莫迦莫迦しい。休暇のたびに機会を作り、自分の意思などおかまいなしに散々やりたい放題にやっておいて、その相手がこんな質問に答えると思っているのだろうか。そもそもそんなことを訊く必要などないのではないか――自分を、意思や感情を持ったひとりの人間ではなく、ただの都合のいいセックスドールとしてしか扱っていないくせに。
今年も去年と同じく、四人揃ってクリスマスのごちそうを堪能したあと早めにプレゼントを開け、クレアはダニエルを連れて実家へと出かけていった。明日の夜まではまた、ずっとデニスとふたりきりだ。逃げることは考えていなかった。逃げてもどうせ、次の機会にそのぶん酷いことをされるだけなのだ。それなら素直に応じて、可愛がらせてやったほうがずっとましだった。
「そういえば……テディ、君、煙草を吸ってるね? さっき匂いがしたよ……悪い子だな」
悪い子、と云われたのがおかしくて、テディは思わず吹きだしそうになった。
未成年をレイプするのは悪いことじゃないと思っているのだろうか――ああそうか、そもそも人だと思っていないのだった。テディはなんだかなにもかもどうでもいいと感じて、めずらしく饒舌に話し始めた。
「俺、もう来月で十六だよ。煙草くらい、ちょっと早めに吸ったっていいだろ」
「そりゃあ別にかまわないけどね。でも学校でみつかったら面倒だよ、気をつけないとね。それに、煙草を買ってたら小遣い、足りなくならないかい?」
「うん……友達に分けてもらったりしてる。そんなには吸ってないつもりだけど、確かに最近、煙草以外のものは買ってないな」
「内緒で小遣いをあげるよ。あとでね」
「気前がいいね。……ああ、そっか。あのiBook もiPod も、俺で愉しんだ代金だったんだ」
今年テディがもらったクリスマスプレゼントは、アップル社のラップトップコンピューターとデジタルオーディオプレイヤーだった。デザインを揃えた真っ白いマウスは、左利きのテディにも使いやすそうな、シンメトリカルな形のものだ。
ラッピングを捲って箱を開け、高価であることが一目瞭然なそれに驚いて思わずクレアの顔を見ると、彼女は「デニスが選んだのよ」と微笑んだ。
「これからは、そういうものを持っているのがもう当たり前だって。私からはそっちの紙袋 のよ……そのコンピューターが入るポケットのついたショルダーバッグ。大学へ行っても使えるようにと思って、シンプルで丈夫なものにしたの」
そう云ったクレアに、テディは素直に感謝の気持ちを伝え――デニスにも、ポーズでなくありがとうと云った。
少し興奮気味になっているくらい、そのプレゼントは嬉しかった。早速、デニスが家のなかの無線LANを使えるようにしてくれ、テディは好きなミュージシャンの名前を検索したりして、初めて触れるインターネットの世界を堪能した。
「代金だなんて、そんなつもりはないよ。学校じゃコンピューターについてはまだろくに教えてないだろうけど、これからはあれが使えないと困る世の中になっていくからね。ちゃんと君のことを考えて決めたんだ」
「……まあ、あんたがどういうつもりだろうと、あれは本当に嬉しかった。なんとなく欲しいなって思ってたけど、自分で買えるような値段じゃなかったし」
「喜んでもらえたならなによりだ」
こんなふうに、普通にデニスと会話をするのは久しぶりだった。デニスの穏やかで優しい口調は、普段クレアやダニエルに話すときと同じだった。
この人は本当は――本当に、いい人なのだ。家族思いな良き夫で、子煩悩な優しい父親で。裕福そうな生活ぶりから察するに、きっと仕事もできる人なのに違いない。ただ一点、歪んだ部分があるだけなのだ。そう考えれば、まあ人間なんてそんなものかと思えなくもない。
尤もその歪みを自分に向けられたことは、納得するわけにはいかないが。
デニスは話しながら、テディの腰から腿のラインを撫でていた。早くここから出ていってほしかった――まさか、朝までここにいるつもりだろうか。眠ったふりをしてみようか、それとももうシャワーを浴びにいってしまおうかとテディが迷っていると、ぎし、とベッドが揺れた。
「可愛いテディ……。素直な君も、とても素敵だよ。さ、もう一回、君が僕のものだと確かめさせてくれ」
デニスはテディの躰越しにベッドに手をつき、耳許でそう云うとそのまま頸にキスをしてきた。まだやる気なのか、とテディはうんざりし、さっさとバスルームに行けばよかったと後悔した。
仰向けにさせられ、撫でまわし、吸いついてくる舌の感触に顔を顰めながら、誰がおまえなんかのものであるものかと思う。セックスなんか、たいしたことじゃない。誰とやったって同じだ。許したわけじゃない。嫌なことには違いない。だけど、済んでしまえばなにも変わらない。自分は自分で、自分の躰は自分のものだ。誰のものでもない――そう。
テディはきゅっと目を閉じ、思った。――もう、ルカのものでさえないのだ。
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