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Lower 6th / Permanent Exclusion 「用意周到」
辺りに人気 がないのを確かめ、屋敷のまわりを一周してみたが、黒いロールスロイスと並んで青いベントレーが駐まっているのを確かめられたほかはこれといって収穫はなかった。鬱蒼とした木々に囲まれた煉瓦造りの屋敷は傍で見るとさらに大きく、いくつも見える窓のどこにも、タイミングよくテディが顔を出したりはしなかった。
テディと話がしたいとはいえ、堂々と訪問するわけにはいかなかった――もしもテディを誰の了承も得ずにここから連れだすことになった場合、父や母に迷惑がかかるかもしれないからだ。だからルカは、使用人にもテディの祖父にも、誰にも会わずになんとかテディとコンタクトをとる方法を考えていた。
ルカは腕時計を普段つけず、今は何時なのかもわからなかった。が、放校の通告を受けたのが朝の九時過ぎで、それから寮 の部屋であれこれとあって学校を出たのが十時か十時半頃とすると、今はおそらく十二時半か、一時を少し過ぎたくらいだろう。
インド料理でも食べてくると云って颯爽と去っていった父の顔を思いだし、ルカはむすっと唇を尖らせながら、屋敷のなかも今頃は昼食かもと考えた。祖父と同席したことはないと云っていたから、テディはひとりでダイニングにいたりするのかもしれないが、それでも食事中は給仕かメイドか、誰かが傍にいるはずだ。
人通りが少ない住宅地とはいえまだ陽も高く、自分がどうしようもなくここで手をこまねいているように、テディも身動きがとれないだろう。いや、もしもテディが屋敷のなかでおとなしくしている気がなければの話だが――どっちにしろ、しばらくは時間がある。
ルカはトラウザーズのヒップポケットからカーフの財布を出し、中に父から渡されたキャッシュカードを入れてから、ついでに入っている現金を確かめた。中には十五ポンド程度しか入っていなかった。ルカは父が自分に云ったこと、してくれたことを思い返した――父は常に先を読み、自分の考えていること、今から行動することをわかったうえでここまで連れてきてくれた。銀行のカードも、最初から渡してくれるつもりで持っていたのだろう。彼は財布などではなく、ポケットから無雑作に取りだしたのだから。
与えられたものは有効に使え。父はそう云った――そうだ。キャッシュカードだけ持っていてもクレジットカードと違って食事もできないし、バスにも乗れない。まずは現金を引き出して、いくらか財布に入れておかなければ。テディと話した結果、父の云ったように駆け落ちのような逃避行をすることになっても、困らないだけの金額を持っておくべきだ。
ルカは静まりかえっている屋敷をもう一度見上げ、来た道を戻っていった。
住宅街を抜けて街へ出るとテスコという大きなスーパーマーケットがあり、その外側にATMをみつけた。ルカは無事にそこから現金を引き出し、ついでにテイクアウェイのファストフード店でハンバーガーのセットも買い、店の前にあるベンチで腹を満たした。
ここまで歩いてくる途中でバスの停留所もみつけたのだが、これは幸運だった。ロンドンのように赤く BUS STOP と記されたりしていないひっそりとした停留所は、電柱に小さな看板のようなものが取り付けてあるだけで待合もなにもなかった。あまり大きな通りではないからかもしれないが、利用できる路線や通りの名前が書いてあったりもせず、かなり不親切なつくりだった。ルカは偶々きょろきょろと周りを見ながら歩いていたから気づいたが、地元住民以外はほとんど利用していないのではないかと思う。
ハンバーガーを食べ終えたあと、ルカはテスコの店内に入ってチョコレートバーとボルヴィックのボトルを買い、レジで店員に最寄りの駅と、そこへ行く方法を尋ねた。外に出ると聞いたばかりの道を確かめ、元いた場所に戻る前にもうやっておくべきことはないかと考える。傘やレインコートは持っていないが、見上げた空は明るく、雨が降りそうな気配はなかった。
テディはどうしているだろうか。どうやったら、自分がここまで来ていることを知らせることができるだろうか――
ルカはバスが走っている時間帯のうちになんとかしなきゃと考えながら、また歩き始めた。
屋敷の敷地内にベントレーとロールスロイスが駐まっているのを確認し、ルカはほっと息をついた。
依然として屋敷は静まりかえっていて、誰かが出入りしたような様子もない。天気がいいのだから窓を開けて、いつもしていたように煙草を吸ったりしてくれればいいのに、と思いかけて、テディが屋敷の向こう側の部屋にいる可能性もあるのだなと気づく。しかし、ぐるぐると屋敷のまわりをうろついているわけにもいかない。屋敷に侵入するのがまずいのはもちろんだが、敷地内でもそれは同じことである。これだけの大きな屋敷なのだから、いくら見た目が古くてもセキュリティはしっかりと最近のものが設置されているに決まっている。
困ったな、このまま持久戦かな、とルカが悩んでいると、なにやら賑やかな声が聞こえてきた。
通りの向こうから、同じ歳か、少し下くらいの少年たちが三人、肩を並べて話しながら歩いてくる。そっちを見やり、ルカは目を輝かせた――その三人のうちのふたりが、ギターケースのようなものを肩に掛けていたからだ。
バンドでもやっているのだろうか、背の高いほうが持っているのはおそらくエレクトリックギターかベースが入っているのであろうソフトケースだが、もうひとりが持っているのは大きく分厚いハードケースで、アコースティックギターのものだった。
これだ! と妙案を思いつき、ルカはその三人のほうに駆け寄った。
「それ、ギター? 君たち、バンドをやってるの?」
いきなりそんなふうに話しかけたルカを、三人は顔を見合わせたあと、怪訝な表情で見た。
「……やってたらなんだよ。見かけない制服だな、どこの学校だ?」
「やめなよ、相手しないほうがいいよ。行こうよ……」
なにやら警戒されてしまったらしいと気づき、ルカは慌てて云った。
「ああいきなりごめん……頼みがあるんだ。そのギターをしばらく、いや一時間……無理なら十五分だけでもいい、貸してもらえないか」
「ギターを貸す? なに云ってんだ、そんなことするわけないだろ」
ルカは財布を取りだし、一〇ポンド札を何枚か抜き出した。
「ただでとは云わないよ。この辺でほんの少しのあいだ、弾かせてくれるだけでいいんだ。大事に扱う。少し音を出すだけだ、おねがいだ。貸してくれ」
ルカが札を五枚差しだすのを見て、三人の少年はどうしようと迷うように、また顔を見合わせた。
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