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プロローグ
「ごめん龍之介 。実は俺、最近彼女できてさ……」
放課後の教室。ぽりぽりと照れたようにこめかみを掻きながら告白した幼馴染――穂高 陽史 に、龍之介は瞬きさえ忘れて愕然とする。
「か、彼女……?」
恐る恐る訊き返すと、陽史は恥ずかしそうに足元を見つめて頷いた。
「……うん。だから、その……悪いけど、これからは前みたいに毎日一緒に下校ってわけにはいかなくってさ……」
訥々と零した陽史を、龍之介は無言で見つめる。
……彼女。幼稚園の頃、龍之介が隣に引っ越してきてから高校二年生の現在に至るまでずっと舎弟のように可愛がってきてやった陽史に、彼女……
目眩く感情に、小さく肩が揺れた。
「……ふっ。ふふふ……」
「龍之介……?」
異変を察知した陽史が、心配そうに顔を上げる。凛々しく精悍なルックスの龍之介とは違い、いかにも鈍臭そうで素朴な顔だ。背丈も至って平均的で、龍之介と比べれば頭一つ分低い位置に目がある。
この全てにおいて自分より下、下、下の陽史に、あろうことか彼女ができた……?
「ふはっ! ふははっ! ふははははっ!」
「え、ちょ、龍之介⁉ 急にどうしたっ⁉」
どうしたもこうしたもない。むしろ、訊きたいのはこっちのほうだ。陽史の分際で、何を色めき立って彼女なんか作っているのか。
――陽史の分際で……陽史の分際で……。
ふいに、じわりと目の奥が熱くなった。大笑いする自分の声が、やけに遠く聞こえる。
「な、なあ、龍之介……。その……ごめん、な……?」
眉尻を下げて見つめられて、きつく胸が締めつけられた。数秒じっと押し黙った後、龍之介は静かに吐き出す。
「世の中には……」
「え? 龍之介、何?」
「世の中には、とんっだ物好きな女がいるもんなんだ、なーーーっ!」
堪えきれず声を荒げたすぐ後には、陽史へと背を向けてその場を駆け出していた。
「あ、ちょっ、龍之介……っ!」
焦って呼び止める声を無視して、何度も胸の中で繰り返す。
――陽史のくせに、陽史のくせに、陽史のくせに……っ!
八つ当たりのように唱えるその言葉は、しかし、よりいっそう惨めさを煽るだけだった。
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