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 思えば、先々週のゴールデンウィーク明け辺りから陽史の様子がおかしかった。大して友達が多いわけでもないくせに休み時間の度に誰かしらにチャットを返信していたり、二週間連続で予定があるからと休日の遊びを断ってきたり……。  加えてここ最近で二、三回に渡り「私用があって……」などと不明瞭な理由で共に下校することを断られれば、それは訝しく思って当然だ。今回こそ絶対に事情を聞き出してやると強引に詰め寄った結果、まさかまさかの彼女できました報告を受けることになった。 「は……ははは……」  いけない。またもや不穏な笑いが込み上げてきた。  ……陽史に彼女。ありえない。一体いつの間に。相手は誰だ。同い年か、年下か。それとも案外、陽史みたいなぼけっとしたタイプは年上の女性に気に入られたりするのだろうか。  出会いはどこだ。どちらから告白した。というかそもそも、陽史はどうして今までそのことを隠していた―― 「くそっ」  苛立ちに任せて、龍之介は腰掛けたベッドを拳で打った。よくもまあ、陽史の分際で小賢しく隠し事なんかしてくれたものだ。龍之介が問い詰めなければいつまで黙っているつもりだったのか、考えただけでも腹が立つ。  そしてまた、あの照れ臭そうなもじもじとした態度。思い出すとさらに腹が立ってくる。たかだか彼女ができたくらいで、何を浮かれ腐っているのか。 「それに、陽史のやつ……」  何よりも許せないのは、あれだ。あの、いかにも申し訳なさそうな表情で上目遣いにかけられた言葉――  (な、なあ、龍之介……。その……ごめん、な……?)  思い出した途端、カーッと頭が熱くなった。  ――陽史のくせにっ! 陽史のくせにっ!  何が『ごめんな』だ。それじゃあまるで、龍之介がどうしても陽史と一緒に下校したかったみたいな言い草じゃないか。それとも何か。陽史の分際で、一足先に彼女できちゃってごめんとでも言いたかったのか。  勘違いもいいところだ。龍之介は何も、彼女が欲しいのにできないんじゃない。ぼさっとして鈍臭い陽史と一緒にいてやるために、仕方なくフリーでいるだけだ。高校に入ってから告白された回数なんか、片手では数えきれないくらいにある。  にもかかわらず、だ。一体何を血迷って、陽史は彼女なんか作ったというのだろう。そんなことをすれば、龍之介と一緒にいる時間が減ってしまうことくらい考えなくてもわかるだろうに…… 「って、ちがーーーうっ‼」  問題はそこじゃない。龍之介は別に、陽史なんかいなくても全ッ然困ったりはしないのだ。友達だってたくさんいるし、彼女にしろ、作ろうと思えばすぐにできる。陽史がいなくたって、これっぽっちも寂しくなんか…… 「ンないっ! 断じてないっ!」  というよりむしろ、龍之介は陽史を心配してやっているのだ。やはり、あのどこを取っても龍之介より下の下の下の陽史を好きになる女がいるなんて、にわかに信じ難い。  陽史は昔からお人好しで、龍之介がついていてやらなければ委員の仕事でも何でも押し付けられがちだった。間抜けな陽史のことだから、今度の件にしても都合のいいパシリくらいに思われている可能性がある。  ――あいつ、ただでさえ貧乏でバイトばっかやってるくせに……。  陽史の家は、陽史が生まれて間もない頃に父の会社が倒産し、今なお逼迫した生活を送っている。当たり前だがお小遣いなんてものは貰えるはずもなく、どころかバイトして稼いだお金の一部を家に収めているくらいだ。  住んでいるのは築五十年を超える木造建築の平屋。雨漏りするわ隙間風が吹き込んでくるわで、絵に描いたような貧乏ハウスだ。  一方で龍之介といえば、父が一流企業の本部長を務めていることもあって、それなりに裕福な環境で育った。家は龍之介が生まれて以降建てられた注文住宅で、陽当たりもよく、まず欠陥など見られない。  普段は龍之介邸のせいで陽史のボロ家が影になってしまっているものの、台風の日なんかはいい雨よけ、風よけになってやっているためプラマイゼロだろう。むしろ、台風で家が大破されないだけ感謝してもらいたいくらいだ。  さておき、仕方がない。こうなれば、その彼女とやらの存在をしかと確認し、陽史が騙されていないかを見極めてやらないと。  全く、龍之介がいなければ彼女の一人ろくに作れないのだから困ったものだ。そんな陽史の分際で、この龍之介を蔑ろにし、彼女を優先しようだなんて百兆年早いのだ。 「……陽史のくせに」  呟いて、龍之介はベッドに突っ伏した。

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