1 / 12
◉1◉トモとユウヤ1_かわいいセンチネル
真冬の夕方の乾いた空気の中に、何度も鳴り響くインターフォンの電子音。それを無視していると、ノブをガチャガチャと鳴らす音がし始める。
本人はイヤーマフに消音タイプの耳栓までしているからか、そのうるささに全く気がついていないらしい。近所迷惑にもなりそうなものだけれど、むしろ近所の人たちはあいつのことを小さい頃から知っているからか、誰も文句ひとつ言わないでいてくれる。
「はいはいはい。もう、来る前にメッセくらいしてくんないかな」
いつも突然やってくる隣のユウヤに辟易としながらも、ドアを開けると待っているだろう可愛い顔が見たくて仕方がない。内心心が跳ねまくっているんだけれど、誰もいない家の中で言い訳をするように独り言を吐きながら、めんどくさそうなふりを決め込んで玄関へと向かう。
「とーもー! いるんだろ、あけてー!」
バカでかい声で俺を呼びながら、ドンドンとドアを叩き始めた。少しだけ意地悪をしてやろうと、ドアスコープから覗き込んでいると、「いてっ!」と小さく声が聞こえた。そして、ドアを叩いていた手を引っ込めると、つらそうに眉根を寄せている。
——あー、ケガしたな。
ただでさえ触覚を抑えるのは大変なのに、またバカやって……。センチネルになってからのユウヤは、サングラスをかけ、マスクをして、イヤーマフと耳栓に守られている。味覚は口に入れるものに自分で気をつけておけばいい。
でも、触覚は不意に起きた事態に対処するのが難しい。防衛策として、普段ならちゃんと手袋をしているはずなのに、この寒い中素手でドアを叩いていたなんて、どうかしたんだろうか。
そんな心配をしながら、俺はあえて大きな音を立ててロックを解除し、今からドアを開けるということをユウヤに知らせる。ユウヤは俺のその考えの通りに少しだけ後ろに下がると、おとなしくドアが開くのを待った。
俺はそっとドアを開けると、「どうかした?」と声をかけながらユウヤを抱きしめた。完全防備の耳でさえ、俺の声だけはその鉄壁の守りをすり抜け、ユウヤの聴覚が喜んで拾ってくれる。
耳に届いた自分の好きな音に満足したのか、撫でられた猫のように目を細めて嬉しそうに頬を寄せてきた。
「トモー。俺、渡したいものがあってさ……てか、ごめん。手ぇ切ったみたいで……肩まで痺れてる。助けて」
「うん、わかってる。入って。ケアするから」
ユウヤは、ドアの装飾が錆びたところを叩いてしまったようで、小指の付け根あたりに僅かな切り傷を作っていた。ミュートやガイドなら全く気にならない程度の薄い傷跡だけれど、センチネルであるユウヤにとっては大問題だ。
俺たちが感じる数倍鋭敏な感覚を持っているセンチネルにとっては、痛みが与えるダメージは深刻。ユウヤも何もないようなふりをしてはいるけれど、顔色を悪くして、ほんの少しだけれど震えていた。
「ここ座ってて。手当するから……」
ソファにユウヤを座らせてから救急箱に絆創膏を撮りに行こうとした。それなのに、振り返ったところを急に腕を引かれ、引き止められた。そして、ユウヤはそのまま俺を引き倒すと、あっという間に俺の上に跨ってしまった。
「こら、危ないだろ」
そう嗜めようとした俺の唇を、ユウヤは上からのしかかって塞ぐ。真っ青な顔をしているのに、幸せそうに俺に繰り返し口付けていた。
必死に縋りつこうとしているその姿は、いつ見ても可愛い。俺もユウヤの後頭部の髪に手を差し込みながら、服の下に手を忍ばせていった。
冷え切った体に手のひらを滑らせる。ユウヤはそれに合わせて体を捩り、鼻から甘い息を漏らした。
「んっ、あっ、トモ……」
少し蕩けた顔をして、俺の足に体を擦り付けている。でもそれは、ケアせがんでいる感じではなくて、少しでも多く触れて苦痛を逃がそうとしているように見えた。
「どう? キリキリしなくなってきた?」
「あ、うん……ふわふわしてきた。もう大丈夫かも……」
「ん」
ユウヤはゾーンに入ると、その感覚を「キリキリする」という。何がとかどこがとかはわからないらしいけれど、なんだかキリキリするらしい。それが、ケアが成功すると「ふわふわ」するという。表現が可愛いからいいんだけど、たまに何がどうなのか分かりにくくて困る。
だいぶ良くなったようなので、もう終わりにするという合図のために、少し強めに唇を吸い、大きく濡れた音を立ててから離れた。
「はあ、キツかった……」
俺の胸の上に寝転がったまま、うっすらと色づいた顔で目を蕩けさせている。でも、このまま先まですることは望んでないみたいなので、ここでやめることにする。
ユウヤは、俺の方へと視線を動かすと、ニコッと可愛らしく笑った。
「見て、傷消えた」
血が出ていたところを見てみると、本当に傷はもう塞がっていた。身体的には大したものじゃなかっんだろう。「ほら」と言いながら何度もそこを俺に見せつけてくる。
俺がケアしたから調子を取り戻せたのに、なぜか自分一人で解決したような得意げな顔をしている。全くいつもバカで可愛い。
「それ、俺がケアしてあげたんだけどね」
「えー? 傷が治ったのは、俺の若さだろ?」
「あ、そ」
拗ねたふりをして視線を外すと、「あーうそ、ごめん。トモのおかげだから!」と言いながら戯れてきた。狭いソファーの上でバタバタと動き回るユウヤの手を掴むと、体を包み込むように抱きしめた。
「なあ、何か用事があったんだろ? こんなに寒いのにわざわざ出てくるなんて」
「あ、そうだった。あのさ、これもらってくれない? いらないって言ったんだけど、どうしても引き取ってくれなくてさ……」
そう言ってアウターのポケットから、小さくて真っ赤な箱を取り出した。それは、他の日なら想像もつかないけれど、今日もらったのなら簡単にわかるものだった。
小さくて、真っ赤で、キラキラした箱。
「……それ、チョコでしょ。誰からもらったの」
「三年の先輩。進学で引っ越すから、最後に告白したかったって言われて……。でも、俺市販のものってほとんど食べられないだろ? だから誰かにもらって欲しくてさ……」
俺はその箱を受け取ると、手で握り潰すふりをした。それを見て慌てたユウヤが「食べ物を粗末にしない!」と大きな声を出した。おバカなセンチネルは、自分の声で耳を痛めつけてしまい、軽く悶絶していた。
「……何やってんの」
「だって! トモがぐちゃぐちゃにしようとするから!」
イヤーマフの上からさらに手を当てて、半べその状態で怒っている。
——耳が痛いんだろうな……。
俺は痛がって離さない手の少し下に顔を潜り込ませ、首の皮膚を力一杯吸い上げた。
「あっ! んんんー! ちょ、や、だあっ!」
吸っては舐め、それから少し移動してまた吸う。それを繰り返していると、また潤んだ目でこちらをみるようになってきた。今度は途中でやめてはいけないらしい。その目が、何か言いたそうにしていた。
「……聞いてもいい?」
トモの手に手のひらをあて、一本ずつ指を絡ませた。曲げる指先を少しずつ擦り合わせていると、無言で何度も頷いた。耳が痛みで音を拾えなくなっているユウヤの、心の声を手のひらから聴く。
『自分の声……心臓痛い……助けて』
俺は呆れてため息をついた。そして、さっきの箱を取り出す。それを手のひらに乗せ、「これ、後で俺が少しずつ分けてクッキーにしてあげるから。十倍くらいに薄まれば食えるでしょ」
ユウヤは驚いて俺の顔を見る。そして何度も頷いた。
「俺が嫉妬して捨てると思った?」
その問いかけにも、何度も頷いた。そして、思い上がりを恥ずかしいと思ったようで、真っ赤な顔をして俯いてしまう。
『ごめん。トモはそんなことしないよな。お前は優しい……』
俺をすごくいい人だと思っているようなので、その言葉と同時にユウヤの体を返し、ソファに縫い留めた。
そして、何も言わずに後ろからナカへと思い切り入っていった。
「っ……、あっ!」
ユウヤの体がブルブル震えた。
「残念、嫉妬はしました。俺は聖人じゃないんでね。でも、ユウヤが食べ物大事にしたがることは知ってるから、無駄にしたりしないよ。ただ、その前に……」
震えているユウヤの中の、さらに奥へとジリジリ進んでいく。さっきのケアが効いているからか、奥へ行こうとしても痛がらない。それどころか、俺に必死に絡みついて、むしろ俺が囚われたみたいになっていた。
「ト……モ……」
その気持ちよさに、俺の方が観念した。
「あっ! はあ、あ、ああっ」
ユウヤを下にして、後ろからしがみつくようにして抱いた。ケアにならないといけないから、背中を手で摩ったり、マフを外した耳朶に舌をぬるぬると這わせたりして、少しでも気持ちよさが上がるようにしていく。
「んっ、耳っ、や、あ」
センチネルになる前に開けたホールには、今でもものすごい量のピアスがある。舌が穴に出入りする音と、ピアスがガチャガチャとなる音が合わさるのが好きらしくて、ユウヤはそれを聞いて喜んでいく。
後ろを抉りながら、ユウヤを壊さないように、少しでも好きなところを狙う。
「あ、イ、ック……トモ、は? まだ……?」
「俺も、もう……」
ソファの軋む音と、二人の体がぶつかる音だけが響くリビングで、「ん、あっ! あン あああっっぁ」とユウヤの声が響いた。不思議だけれど、イク時の大声は聞こえても苦しくならないらしい。
ユウヤが気持ちよさそうにしているのを見て、俺はナカに出してその効果を長く保てるようにした。
「ナカに出した方が、効果続くよな?」
俺はユウヤの頭を撫でてキスをした。ユウヤは「うん。ありがと」と言いながらふにゃりと笑った。
「じゃあ、ちょっと待ってろよ。これ、食べられるようにしてくるから」
そう言って俺はキッチンへと向かい、チョコレートを砕いた。冷凍庫に作り置きしてあるユウヤ用の生地を出して、砕いたチョコを混ぜてオーブンで焼く。
ユウヤ用の生地は、とにかく味が薄い。ほとんど砂糖を使ってなくて、それでも美味しく食べられるようにと小麦粉をわざわざ取り寄せいているらしい。
ユウヤ自身は料理が全くできないため、俺が覚えていって今がある。今やユウヤの食事は、ほぼ俺が作っているような状態だ。
ユウヤの家族からはしきりに感謝される。婿にもらってあげてくれと言われた時に、すかさず「はい。必ず貰います」と答えておいた。
「お、もう焼き上がるな。ユウヤ、こっちおいで。コーヒー淹れるからここで食べよう」
ソファでうとうとしていたユウヤに、そう声をかけた。すると、寝ぼけていたのか、突然勢いよく立ち上がり、あろうことか、急に軍人のような大声を張り上げた。
「はい! 了解しました!」
その立ち上がった拍子に、ソファ周りにあった俺のトロフィーや盾を見事に全部ひっくり返してしまった。
「あっ!」
……あんな音を聞けば、センチネルじゃなくても耳がやられる。
「あーもう! 2階に連れていくからな!」
俺はソファの前で真っ青な顔をして震えているセンチネルを抱き抱え、2階へと走った。
そっとベッドに寝かせると、急いで服を剥ぎ取り、青い顔をしているユウヤの中へと入っていく。
「あああああ! ン、トモおー!」
ベッドを軋ませながら、必死にゾーンから出してやろうと腰を振る。かなり深く入り込んだようで、急がないとアウトしてしまうかもしれない。
焦った俺は、いつもよりも少しだけ乱暴にユウヤを抱いた。
「あっ! ああん! すごっ……ふあっ!」
口を半分開いたまま、何度もイキ続けているユウヤを見て、俺は少し変だなと思った。それでも、とにかくケアはケアだ。俺がユウヤのナカに出してやるまでは、止まれない。
「あ……ユウ。も、出す、ぞ……」
短くて甘い息を吐きながら、ユウヤも「俺、もっ! も、い、く……!」と言い、ビクンと体を跳ねさせた。
真っ赤な顔をして、息も絶え絶えなユウヤを抱きしめた。
触れるだけで跳ねる肌を、手でするすると撫でる。
「ユウヤ、お前俺を騙したね?」
すると、ユウヤの大きな目がくるくると動いて動揺した。
「え? バレたの?」
俺はユウヤの頬をつまんでプニプニさせながら、抗議した。
「当たり前だろ! さっきのゾーンアウト演技だったよね?
なんのためにあんな…」
「バ、バレンタインだから!」
「……はあ?」
突拍子もないユウヤの一言に、おれは驚いて言葉が出なくなってしまった。
「チョコもらって気がついて……でも、オレ何も買ってなかったから。トモ、本当はちょっと荒めに抱くの好きだろ? でもいつも遠慮してるの知ってるし……それで、思い切り抱けるように、演技……」
死ぬかもしれないと心配したのに、俺が遠慮しなくていいように配慮したのだと言う。
そんなの怒れるわけがない。
「……そっか。ありがとう。でも、もうするなよ! 時間かけて準備すればいいんだから。あんな演技シャレにならないよ……」
ユウヤの頭を撫でながらそう言うと、「わかった」と言って、もじもじし始めた。
「なに?」と聞くと、意を決したように叫ぶ。
「トモ! ハッピーバレンタイン!!」
そう叫んで、今度は本当にアウトしかけた……。
「ほんっと、バカだなあ」
「た、たすけて…」
深刻な状況にも関わらず、初めて大笑いしながら俺のセンチネルを抱いた。
(終)
ともだちにシェアしよう!