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◉4◉ハジメとイノリ5_レアタイプ、ケアの概念★NEW★
「それにしても、ハジメさんへのケアは極上でした。僕あんなに蕩けるような気持ちよさを経験したのは初めてです。だからごめんね、アイちゃん。やっぱりアイちゃんとはボンドの契約は出来無い。僕はハジメさんとペアになりたいんだ」
イノリくんはそういうと、見るだけで体温が上がってしまいそうな妖艶な笑みを俺に見せた。彼が何を言っているのかは俺には理解出来ていなけれど、それを見ているだけで本能が彼を求め始めるのがわかる。
「あーあ、やっぱりそうなっちゃうのかー。お前みたいな、気に入らない人間は平気で闇に突き落とすような極悪人に、イノリくんを独占されるなんてなあー。俺は嫌だなあー。でも運命なのかー……くっそー」
アイハラはそう言って、俺に向かって子供のようにイーっと歯を剥いた。その姿があまりに可愛らしくて、俺は思わず吹き出してしまう。
「アイハラ、そんな可愛い顔すんなよ。お前、別に俺に気があるわけじゃ無いんだろう? イノリくんが好きだってダダ漏れじゃないか。それなら付き合えばいいだろ? ケア相手は登録者にお願いすればいいんだし」
「そりゃあ俺はそうしたいよ。でも、イノリくんがお前じゃないと嫌だっていうんだもん。仕方ねーじゃん。ずっと前からイノリくんが探してるセンチネルの念が俺にまとわりついてるって言っててさ。話を聞いてたらそれがお前みたいだったから、じゃああのステージに連れて行ってみようと思って。お前、イノリくんのステージで何か感じた?」
「え? ああ、まあ、うん。なんかメチャクチャに高揚したな。でも、あれだけ迫力があるステージだと、誰でもそうなるだろう?」
俺がそう答えると、アイハラは人差し指をすっとのばし、それを振りながら
「それが違うんだなあ。そうか、やっぱりお前は特別なんだな。悔しいけど」
と零した。そして、イノリくんは満足そうに笑顔を見せている。
「なんだよ、はっきり言えよ。なんで俺が特別なんだ? センチネルとしてのレベルは普通だし、イノリくんはミュートだろ? 彼からガイドの匂いがしないし、セックスは確かに最高に良かったけれど、あれはケアじゃ無かったと思うぞ。彼は俺の負の感情を引き受けたりしてないし、彼自身も弱ってないからな」
そう言い切った俺に、アイハラは珍しいものを見るかのように目を丸くしていた。そして、机に放置してあったタブレット端末に、ある情報を表示して見せてくれた。それはどうやら最新のバースに関する研究結果の報告記事のようだ。
「レアタイプのセンチネルには、レアタイプのガイドをケアすることが可能……。は? 嘘だろ、センチネルがガイドをケアする?」
驚いて何度も同じ画面を繰り返し見る俺を、アイハラが楽しそうに笑って見ている。そして、何かを吹っ切るかのように、パンっと音を立てて両膝を叩いた。
「意外だなあ。どんな人も陥れて小銭が稼げるようにって、いろんな情報を仕入れているくせに、この記事は読まなかったのか? お前はレアタイプだろう? そこに書いてある通りだよ。それに、レアタイプには時々自分の能力に気がつかない奴がいるんだ。お前の場合は、全ての能力が自分の想像を超えていて、それを実感することができないんだよ。確実にある能力を、自分で認知してないってこと。認知してないものは感じ取れないから、自分でマスキングしてんだよ。すごいんだかすごく無いんだかよくわかんねえけど、勿体無いタイプだってことは間違いないな」
「……どういう意味だよ。全く理解出来ないし、今絶対見下してただろ、お前」
俺がそう言って無垢れていると、突然耳元にシャランとあの軽い金属が擦れ合う音がした。驚いて音のした方を見てみると、イノリくんが俺のすぐ隣に座っていた。
「えっ! いつの間に……」
驚く俺を面白がりながら、とろりと欲に濡れた目で俺を絡め取ろうとする。その手が俺の肌に触れると、小さくピリッと刺激が走った。
「ふふ。やっぱりレアタイプなんですね。一度抱き合ったから、俺を学習してくれてる。僕の本当の中身をちゃんと感じ取ってるんですね。すごいなあ」
イノリくんはそういうと、正面から俺に思い切り抱きついてきた。錫杖のような形のピアスが擦れあい、シャランと涼しげな音を立てる。背中に回された手の先には、幾重にも重なった細い金のブレスレットがあり、そこからも同じ音がしていた。ギュッと腕に力を込められると、ふわりと何かが撒き上がるのを感じた。
「な、何だ今の」
はっきりとは目に見えないけれど、明らかに何かしらのエネルギーの移動があったのがわかる。肌では何かを感じた。それなのに、鼻からはまるで匂いを感じない。俺は混乱してしまった。
「匂い、感じないんですよね?」
「はい……」
俺の答えを聞いて、それ以上待てないと言わんばかりに、イノリくんは切羽詰まった声を上げた。
「……アイちゃん、お願い。そのタブレットの隣に、新しい家の鍵を置いてるから。明日ちゃんと顔を出して話すから、今日は……ね?」
「あーもう、わかったよ! じゃあ絶対俺に合うガイド紹介してよ! 登録者じゃなくて、恋人とペアになりたいの、俺は。じゃあな、ハジメ。イノリくんは俺の大事な幼馴染なんだから、大切にしろよ!」
「はあっ? ちょっと、色々訳わかんねえって!」
珍しく怒り心頭といった表情のアイハラは、俺の言葉を完全に無視して机の上の鍵を手に取り、乱暴にドアを閉めていなくなってしまった。
俺は全く事態が飲み込めないまま、欲情し切った美人と二人で取り残されてしまった。
「ハジメさん。さっきあなたはセンチネルのレアタイプと言われましたよね? 僕はガイドのレアタイプなんです。僕の場合は、昨日みたいに踊ることでその場にいるセンチネルみんなをケア出来るっていう特徴があります。だから、ああやって定期的に閉鎖空間で踊るイベントをやってるんです。でも、ガイドがケアをした後にどうなるか、わかりますよね?」
「ああ、まあ。センチネルはガイドが癒してくれるけれど、ガイドの疲労は自分で癒すしかない。だから、眠って回復するくらいしか手立てが無いはず……」
「そう、だから踊った後はいつも隠れるようにしてステージを去るんです。だから、最後はいつもフロアの皆さんに催眠をかけて消えます。でも、あなたはそれにかからなかった。それ、どういうことかわかりますか?」
キラキラと期待した目で見つめられる。普段なら、その答えは目の奥に見て取れるのだが、彼の目の中には何も読み取れるものがない。センチネルが人の意図を汲めないなんて申し訳ないなと思いながら、軽く頭を下げて詫びた。
「いや、ごめん。全然わかりません」
「あなたは、見えすぎて人の本質を見抜いてしまうんです。だから着飾った僕の姿は見えず、本来の姿を見ていた。僕にも体臭はあるけれど、あなたはそれを感じとっているんだけれど、それを認識することが出来なかった。自分で言いたくはないですけれど、僕みたいな純粋な人間に出会ったことがないでしょう? だから無臭のように感じたんでしょうね」
そう言って、一枚のポラロイド写真を手渡した。そこには、昨日のクラブのフロアの写真と、そこで舞うイノリくんの姿があった。
「これ……君? 俺が見てた姿と全然違うんだけど」
「そうでしょう? あなたは今のこの姿の僕を見てたはずですよね? でも、昨日は音楽のテーマに合わせて髪は黒髪でしたし、肌にもカラースプレーをしていて、バーガンディーカラーだったはずなんです。照明と合わせると世界観が出来上がるようにしてました。でも、あなたの目はその奥にある僕の本当の姿を見ていた。すごく力が強いんだなって驚きました」
「いや、本当に? 確かに昨日、アイハラは君を黒髪褐色肌の子って言ってた。でも、俺には今の君と同じ銀髪ストレートロングの白肌碧眼に見えたから、驚いたのは確かだよ。でも、その理屈が本当にそうだとして、君はガイドなんだろう? それならさすがに触れたらわかるだろう? 全くわからなかったんだよ。そんなの初めてなんだけど」
俺の戸惑いに、イノリくんはクスリと笑う。その笑顔は、どこか人間を超越した存在のように見えた。例えるなら、神か仏だろう。そんな風に、欲の無い笑顔だった。
「多分それは、僕がガイディングのためのセックスをしたいと思ってないからです。僕は誰ともしたく無かった。人を救いたいのに、そんな方法しかないなんて、なんだか汚れるような気がして嫌だったんです。そう思っていたら、ダンスで空間ごとケアをする術が身につきました。昨日あなたが僕とのセックスはガイディングじゃないと感じたのはその通りなんですよ。僕はガイディングしてませんから。ただ、ガイディング後の自分を急激に癒す必要があって、弱っているところにレアタイプのセンチネルであるあなたがいた。あの時、本能的にこの人なら自分をケア出来るってわかって。だから、あの時ケアされたのは、実は僕の方なんですよ。あなたはケアされてない。だから、僕をガイドだと認識出来なかったんです」
あっけらかんと驚くべきことを言ってのける。そんなこと、今まで聞いたことがない。驚きすぎて目が飛び出るかと思ったくらいだ。
「それ……、俺がガイドをケアしたってこと?」
「そう! そうなんです。レアタイプ同士なら、お互いにケアし合えるんです。だから、僕は生まれて初めて人に欲情しました。あなたには抱かれたい。たくさんガイディングして疲れた後の体を、あなたに抱かれることでケアしたい。そう思って……気がついたら飛びかかってました。でも、まだ足りなくて。ねえ、だからお願いです……」
イノリくんはそう言いながら、俺の肩をトンと優しく突いた。不意をつかれた俺は、ベッドにそのまま倒れ込んだ。
「うわっ」
センチネルが相手の動きを予測出来ずに倒されてしまうなんて、まず無いことだ。筋肉の動きや視線の運びで、何をされるのかは大体予測できる。それが全く通用しないなんて、驚きすぎて何も言えなくなってしまった。
「何……」
未知のことへの恐怖から、俺は逃げ出そうとした。その俺の唇を、しっとりと濡れた唇が塞ぐ。僅かに吸い付かれると、そこからビリっとまた甘い痺れが沸き起こった。
「んっ、昨日より甘い……」
そう零した俺に、イノリくんは白い肌を露わにして妖艶に微笑んだ。
「ハジメさん、もう一度抱いてくれませんか? 僕、もう一度あんな風に乱れたい……」
そういうと、昨日と同じように自らその中へと俺を引き入れていった。
(了)
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