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◉4◉ハジメとイノリ4_記憶の無い夜の先
◇
「おい、おーい。ハジメぇ。そろそろ起きろー」
「んー……、なんだよ、朝っぱらから。今日休みだろ……」
一人暮らし歴の長い俺の朝は、当たり前だがいつも一人だ。それでも、土曜の朝だけは決まって誰かが隣にいる。
金曜は終業後すぐに馴染みのバーへ出向き、そこでミュートを引っ掛けて楽しむのが常だからだ。だから誰かが家にいても、対して驚きはしない。
「お前、体調どうだ? あんな状態から薬も飲まずに元に戻るなんて、やっぱりレアタイプはすごいな」
「は?」
そう言われて思い出した。昨日は、バーには行かなかったはずだ。それなら、休日のこの時間に、俺の隣に人がいるのはおかしい。
——やべえな。またどっかで野良ガイド引っ掛けてきたのかも知んねー。
俺は、センチネルとしてのレベルはそう高くない。ただ、それはセンサーが鋭敏ではないというだけで、ゾーンに入った後の耐性が高く、能力的にかなり安定したタイプという意味でレアタイプだと言われている。
急激な回復能力は持ち合わせていないけれども、深刻な状態に陥らない限りは、ガイドの助け無しでも自力回復出来るという、便利な体質をしている。しかも、そんな恵まれた体質にもかかわらず、性格上必ず危険を予測して事前にそれを排除しておくという癖がある。
だから、ゾーンアウトの危険に陥ること自体が極めて少なく、気兼ねなくミュートと遊ぶことが出来るのだ。
しかも、彼らよりは察知能力が高いため、例え治安の悪い場所にいたとしても、危険に巻き込まれることも少ない。その能力を当てにして、俺に擦り寄ってくる人も多い。そこに付け入って小遣い稼ぎをしているような悪党だ。そうやって割と調子に乗った毎日を過ごしていた。
しかし、それは言い換えれば、誰よりも気の小さい男が、わざわざ危険に首を突っ込んで生きているということだ。その恐怖から逃れるために、時折その辺にいる見た目がタイプな野良のガイドを拾って、朝まで相手をしてもらうことがある。
ただそれは、学生の頃までなら問題は無かっただろうけれども、今の仕事ではバレた時に査定に響くのは間違いない。だからこそ、今のように記憶の無い夜を過ごした朝を迎えると、それだけで戦慄が走るほどに怯えてしまう。
「ア、アイハラ。なんでお前ここにいるんだ?」
そもそも、働き始めてからずっと隣にいる同期のこいつと、土曜の朝を迎えるようなことがあったこと自体が信じられない。アイハラは、誠実さの塊のような人間だ。俺が一緒に遊ぶことで汚してはならないと思って、見た目が好みであるけれども手を出した事が無いし、こいつ自身も俺なんかとイチャついてる暇があったら、一人でも多くの人を助けていたいはずだ。
「なんでって言われてもなあ。ここは俺のうちだからだよ。お前、昨日クラブのフロアでゾーンアウト起こして倒れたんだよ。飛んできた白い布が絡まって、それでパニック起こしたみたいだったぞ」
「白い布……? ああ、そういえば白い塊が飛んで来て……」
そこまで口にして、はっとした。暗闇の中で白い塊に飲み込まれ、その中から現れた人物とセックスしたなんて、誰が信じるだろう。しかも、それがこれまで受けたどんなケアよりも気持ちが良くて、何よりも俺を落ち着かせてくれただなんて、どう説明したところで気が触れたとしか思ってもらえないだろう。
そう考えて眉間が痛むほどに力を入れて唸っていると、アイハラがふっと息を吐く音が聞こえた。
「まあ、何かがあったにしろ、最終的にはいいことだったんだろう? センチネルが危機に陥った後に、めちゃくちゃ恍惚の笑みを浮かべて倒れてただから。お前はすごくいい思いをしたんだろう。でも、心配した俺たちにとっては、ちょっとしたホラーだったけどな」
そう言われて、意識が飛ぶ前の自分を思い出そうとした。あの強烈な快楽を得た俺は、一体どんな表情をして倒れていたのだろう。想像するだけでスッと肝が冷えるようだ。
「え、本当かそれ……。もうあの店行けないな。いやそれより、お前もそんなの見せられたら怖えよな。悪かった。あ、それに、泊めてくれてありがとうな。自力回復するっつっても結構時間がかかるから、クラブに放置されてたら多分死んでただろうから」
俺がそう言って頭を下げると、アイハラは優しい声で「どういたしまして」と言った。とても心地いい、胸が暖かくなるような声をしていた。そんな音を出す時の顔はどんなものだろうかと思い顔を上げてみる。その優しい笑顔を見て、俺は思わず胸がきゅっと苦しくなるのを感じた。
——やべ。惚れそう。
「だって俺が誘ったんだから、何かあったら助けるのは当然だろう? それに、知らない人だとしても、困ったときはお互い様、だろ? なあ、イノリくん」
アイハラの笑顔に心を奪われてしまい、それをうっとりと見つめていると、突然俺の後方へと視線を送ってそう呼ばわった。その時のアイハラはとても色っぽくて、相手に対して性的な興味があるのだろうと一目でわかる顔をしていた。体からも、それがわかるような匂いが立ち始めている。
——なんだよ、俺に対しての表情じゃねえのか。
こんな時に、センチネルであることを呪いたくなる。相手が口に出さなくても、その好意が誰に向けられているものなのかがわかってしまうので。告白という手順を踏まずとも、誰が誰を好きで、うまくいくかいかないかを知ってしまう。それが例え自分の恋であってもそうだから始末が悪い。そんな風にグルグルと考えを巡らせていると、ふとアイハラが呼んだ人物に引っ掛かりを感じた。
「え、イノリくん?」
突然飛び出した名前に驚きつつも、アイハラのその視線を辿ってみる。するとそこには、あの銀髪のロングヘアに白肌と碧眼を持つイノリくんが立っていた。彼は風呂上がりなのか半裸の状態で、露わになっている肌はそのほとんどがうっすらと桃色に染まり、濡れた髪からは雫がぽたりと垂れていた。
「そうですね。それに、俺も見つけてもらえてうれしかったです」
そう言って僅かに微笑んだ。
「……っん!」
イノリくんがそう言って微笑むのを見ていると、それだけでビリッと甘い電流が流れた。
「それって、昨日の……」
俺のその反応を見た彼は、とろりと蕩けた目をして、物欲しげに指を咥えてこちらを見ていた。
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