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◉4◉ハジメとイノリ3_衝撃の

「んっ……」  ビートが激しくなるにつれて、俺の体は熱くなった。それは感動なんていう生やさしいものでは無い。これは明らかに欲情だ。音楽に感動して鼓動が高まることはあるだろう。でも、こんな風に欲情することなんてあるのだろうか。激しくなる鼓動を少しでも鎮めようと、ジャケットの胸元を掴んだ。たったそれだけで、ビリビリと腹の底に甘い刺激が走ってしまう。 「あっ」  思わず小さく声を漏らしてしまい、そのことに動揺した。頭の中を、性欲が占めていく。こんなことは、生まれて初めての経験だった。    俺は今まで、ガイディングのためのケアを受けたことはあっても、純粋に性欲が湧いたことが無い。というよりは、純粋な性欲は本能として湧いたとしても、そこに何かしらの感情が伴ったことがない。どれほど抱き合っても、飽きれば終わりだ。その中に愛情など見つかったことがない。  でも今は、この音に対して欲望をぶちまけたいという思いに駆られている。そうしたいと強く願っているのだ。つまり、生まれて初めて何かに対して執着を抱いた上で欲情するという経験をしているのだが、その対象が人ではなく音であることに驚いてしまった。 「うわ、嘘だろ……」  ゆるいパンツを履いて長めのアウターを羽織っているから、おそらく誰にもバレてはいないだろう。そもそも、周囲の人たちはイノリくんに夢中になっているのだから、俺が何をしていても気にはならないらしい。  そんな熱狂の中で、思い切り勃ってしまった。とても人に見せられる姿ではない。この暴発寸前の中心部分をどうしたらいいだろう。  外に出るにも人がぎゅうぎゅうで身動きが取れない。何故だかわからないけれど、この音が鳴っている間はアウトしないようなので、それに関しては安心だ。けれども、その音に囲まれていると勃ち続けるという困った状況でもある。それなら、もういっそここで抜くしかなくなるわけだけれども、それはそれで恥ずかしくて無理な話だ。 「やべえな、マジでどうするんだ、これ……」  アイハラはイノリくんに夢中になっているらしく、俺の方は見向きもしなかい。というよりも、まるで何かに取り憑かれているかのように、イノリ君を見ていた。  それに、よく見ると周りの人たちも、アイハラと同じように見える。まるでそこには自分とイノリくんしか存在しないかのような顔をして、夢中になって彼を見ていた。そして、まるで時が止められたかのように、瞬き一つしていないように見える。ただひたすらに、じっと彼を見ていた。 「なんか……変じゃないか、これ」  音は変わらず鳴り続けていて、興奮のエネルギーも絶えず生まれ続け、それが室内を縦横無尽に駆け巡っている。誰もが興奮しているのは間違い無いはずなのに、その誰もが身じろぎ一つしない。  その異様な光景に圧倒されていると、足元でシャランと軽い金属の擦れ合う音がした。暗闇の中に白い物体がふわふわと動いている。 「なんだ、あれ」  不思議な動きをするその物体を目を凝らして見ようとすると、それは次第に俺の方へと迫って来た。だんだんと大きくなっていくそれは、俺の目の前で突然ぱっかりと口をあけ、俺を頭から飲み込んだ。 「な、なんっ……!」  突然の事にパニックを起こしそうになった。センチネルである俺が、こんな閉鎖空間でパニックなんて起こそうものなら、その後に待ち受けているのは、死だ。みっともないほどに気が狂い、人に散々迷惑をかけた挙句の事故死だろう。仕事柄、何度もその結果を目にして来た。  センチネルで死亡届に老衰という記載が出来る人は稀だ。大体が自死か事故死で届けることが多い。人よりも細かすぎる神経は、脳に膨大な量の情報を届けていく。その選別が出来ないままだと、どうしてもオーバーヒートを起こしてエンジンは壊れてしまう。  そんな人を薬物療法以外の面でサポートするのが俺たちの仕事だ。だからこそ、狂ったセンチネルのいく先が見えてしまう。生きるために得てきた知識が、一瞬で俺をさらなる闇へと突き落としにかかった。 ——やばい、醜態晒して死ぬなんて絶対に嫌だ!  必死になって叫ぼうとした。助けてくれと言えば、アイハラが反応してくれるだろう。それでも、その言葉が狭まった喉に引っかかってしまい、言葉が生み出せなくなっていた。焦れば焦るほどに、喉は閉まっていく。 ——もうダメだ……。  意識が飛びかけて諦めようとした。ちょうどその時、白い塊の中から、同じように真っ白な体をした髪の長い人物が現れた。 「っ……!」  言葉が出ずに、死への恐怖が迫る。不可解な状況で、見知らぬ人が迫ってくる。もうそれだけで、センチネルには致死量の情報量だ。頭の中でジリジリと神経が焼き切れていく音がする。強まる動悸に加えて、嫌な汗が体にまとわりつき始めた。 「あっ!」  そんな中、突然体に激しい快楽の波が襲ってきた。誰かの手が、俺の肌を滑っている。 「なんっ、やめっ……」  顔が見えない相手に翻弄され、恐怖で体が震えていく。その手は、胸や下腹部を優しく撫で、時折小さく鋭い刺激を与えられる。そしてまたするすると滑り、同時に舐め上げられていった。日頃の行いが招いた種か、体は驚くほど快楽に弱くなっていた。与えられるものを喜んで貪ろうとしていて、それが繰り返されると次第に恐怖心は薄れていってしまった。我ながら警戒心のなさに呆れてしまう。  そして、その手は、すでに痛みを感じるほどに昂まり切った熱へと伸びる。すっと一撫でされただけで、俺は思わず果ててしまった。 「んぐっ……!」  これまでのどのセックスよりも強い衝撃が走った。ただ触られただけにも関わらず、どんな高レベルのガイドとした時よりも気持ちが良かった。  でも、今のはケアじゃない。相手はガイドじゃない、ミュートかセンチネルだろう。それは触れられればわかることだから、間違いない。それなのに、ただの快楽がケアを上回った。俺にはそれがショックでもあった。 「ふふ、気持ちよかったですか?」  その言葉と共に、耳元にふわっと風が起きる。どうやらそれは、誰かの吐息のようだ。それが推測の域を出ないのは、その風には恐ろしいほどに香りが存在しないからだった。無臭という言葉が恐ろしいほどに似合う、奇妙な吐息だ。 「……見つけた」  その香りの無い息を吐く人物は、そう言うと俺を優しく押し倒した。ふと気がつくと、不自然なほどに俺の周りには人がいなくなっていた。あのぎゅうぎゅうのフロアで、どうやってこれほどの空間を確保できているのか、全くの謎だ。  その白い布に覆われた空間は、ほんのりと暖かく、焼き切れそうだった神経の全てが緩慢になるほどに幸せな場所へと変わっていた。吐精したばかりにも関わらず、まだ少しだけむず痒さの残っていることだけが不快ではあったけれど、それ以外にはこれと言って不満が存在しない。  そう思ってぼんやりしていると、突然下半身が露わにされた。それはほんの一瞬の出来事で、驚いている間に俺は相手のナカに招き入れられてしまっていた。 「あっ……すごっ、い」  鳴り響くパーカッシブな音楽の中で、一際異質な音が聞こえてくる。硬質で減衰の早い音楽の中に、纏わりつくような蕩けた音と、肉の蠢く音、それに合わさる律動。衝撃的に強い快楽に縛られて、思わず呻き声が漏れた。 「っ、……ううっ」 「あっ、ん……、はあっ」  俺の上で腰を振る人物は、どことなくノーブルな雰囲気があって、にも関わらず行動は大胆で一切の恥じらいが無かった。かなり手慣れているのか、俺も相手も、即座に果てまで追い立てられて行く。彼は白い肌を徐々に赤く染めていった。  開かれた足の間には、俺と同じように立ち上がって震えるものの先端から、きらりと光が漏れていた。後ろに手をついてのけぞっている姿は、見ているだけで意識が飛びそうなほどに艶かしい。もっと追い詰めてやりたいという欲が昂り、その光るところへと手を伸ばした。すると、一心不乱に揺れていた体が、ビクッと震えて止まった。 「触っていい?」  どこの誰だかもわからない人に襲われているのに、何故か相手を気持ち良くしてあげたくなってしまった。それも黙ってやればいいものを、何故だか大切に扱ってあげたくなってしまう。相手は問いかけに恥ずかしそうに頷くと、「いいですよ」と答えた。 「あっ、あっ、あ……い、く……イく、は、んっ……」  そっと握って僅かに擦っただけで、相手はあっという間に果ててしまった。飛び出した飛沫が俺の顔へと飛ぶ。いつもなら、顔射なんてされようもんなら怒り狂っていたに違いない。でも、今はその白いものを手で拭って、何を思ったのかそれを舐めてしまった。 「……あっ!」  そして、それを口に含んだ瞬間に、体が震えるほどの快楽に飲まれた。もう一度吐精した俺は、そのまま後ろへと倒れ込み、抗う間もなく眠りに落ちてしまった。

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