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第1章 第3話 朝比奈の言葉
オープンキャンパスも無事に終わり、僕は染めの楽しさを知った。今回手伝った見返りとして、これからは暇な時間を見つけて染めに来ても良いとハジメに言われた。そのかわり今後もイベント参加できるときは手伝いをする約束だ。もちろん教科担任の許可済だ。
そして後期からは選択科目が始まる。資料に目を通しながら僕はつぶやいていた。
「自由選択科目があるのか。染色デザインを選んでみようかな。そしたらもっとハジメと一緒に居られるかも……」
「ふうん。ハジメの事もちゃんと意識してるんだねぇ」
背後から突然話しかけられて驚いた。この声は朝比奈だ。
「びっくりするじゃないですか! 驚かさないで下さいよ」
「あはは。ごめんな。すぐる君の姿が見えたから声かけようって思って」
悪びれる感じもなくほほ笑む姿は女神のようだ。肌も白く、日に透けた茶髪が輝いて見えた。朝比奈が傍にいるだけで校内の皆の視線が集まってくる。僕は思わず見惚れていた。
「……からさ。一度検査に行ってみない? どうかな?」
「え? すみません。聞いてませんでした。なんの話でしたっけ」
「だから、俺もオメガやし、信頼できる先生がいるから再検査してみないかって」
「オメガ? 朝比奈さんオメガなんですか?」
僕の大きな声に周りの生徒が一斉にこちらを見た気がした。
「ちょっと。そんなに大声ださんでも……」
いつもへらへらしてる朝比奈が眉間に皺を寄せる。
「すみませんっ。その朝比奈さんて普段から完璧にみえて。僕は絶対アルファだと思いこんでたので」
「俺がアルファ? なるほど。そこがすぐる君の悪い癖やな。人に物事を聞かずに勝手に一人で思い込んでしまうところがあるんとちゃう? 俺は典型的なオメガやで。もしかしてオメガに対しての理解度が低いんやないか?」
「それは……否定できません。僕はひきこもりだったので。ネットで見た間違った情報に偏ってる可能性があります」
「そうなんか? オメガに対して偏見を持ってるんちゃう?」
「え? いえ、そんなわけでは……」
オメガはアルファを惑わす存在。ネットでの知識はその程度だった。自分はベータなのだから関係ないとばかりに深く知ろうともしなかった。
物心ついた時には父親はいなかった。一人で僕を育てた母は苦労が絶えなかったのだろう。僕が小学校に上がる前に還らぬ人となり、祖父の元に僕は引き取られた。祖父は厳格な人でバース性を否定し続けていた。その影響もあるのか僕は出来るだけバース性について触れないようにしていたのだ。
「ふうん。でも言うとくけど、すぐる君はオメガの可能性が高いで。俺と同じ匂いがあんたからはする。ハジメに対しても友情以外のもんを感じてるんとちゃうの?」
「違います! そんな……僕は友人に対して淫らな感情は持ち合わせてませんっ」
「へえ。淫らな感情ねえ。あんたほんまにオメガの事何もわかってないんやな。発情期にアルファを目の前にしてしまうと例え望まない相手だとしても身体を開いて求めてしまう。アルファもオメガのフェロモンに狂わされるんや。自分の意思に関係なく体が求めてしまうんやで。それがどんだけ絶望的か。危機感がないあんたにはわからんやろうけどな」
朝比奈の声色が低く冷たくなったのは気のせいではないだろう。
僕の深く考えずに発した言葉が朝比奈の心をえぐったのだ。
「ぁ。ごめんなさ……」
「まぁええわ。今のあんたに何を言うてもわからんやろうからな。ハジメは大事な俺の幼馴染や。だからあんたには金銭関係なしに関わってやろうかと思うただけや。昔からいろいろとあいつには助けられたこともあるからな。まぁ、友達以上の感情がないあんたには関係ないやろうけど……俺はハジメと寝たこともあるんやで」
「えっ……それって……」
僕は目の前がまっくらになった。そうだハジメはアルファだ。朝比奈がオメガということはそういう事もありえなくはない。頭の中ではわかっていても心がついて行かない。
無性にハジメに会いたくなった。会って話したい。何を? わからないでも……。
「僕……ハジメの事が……好き? なのか?」
顔をあげるともうそこに朝比奈はいなかった。
(確か今日はハジメは用事があるって言っていたな。まっすぐ帰れって言われてたし、明日ハジメにあったら今日の事を相談しよう)
ふらふらと足取りも重く校門へ向かう。こんな日は早く帰って寝てしまったほうがいい。
「ぁ。ハジメ?」
校門前でハジメが車にもたれかかっているのが見える。ハジメって運転できたのか? もしかして僕を待ってくれてるのかも? 喜ぶのもつかの間。朝比奈が駆け寄って行くのが見えた。
「ハジメ~。せっかくのデートやのに待たせてごめんやで」
「うるさい。はよう乗れや」
「なんや照れてるんか?」
「あほみたいな事言うとったら置いて行くぞ」
「もぉ~つれないなぁ」
じゃれあいながら目の前で二人が車に乗り込むのが見える。
こめかみがガンガンと痛んだ。
「嘘でしょ? なんで二人で? デートって……」
唖然として僕は車を見送るとその場に座り込んでしまった。
(僕が知らなかっただけで二人はつきあってたのか?)
胸がぎゅうっと締め付けられる。苦しい。自分の中でハジメの存在がこんなにも大きくなっていたのかと驚く。
「秋葉原君っ! 大丈夫かい?」
誰かに支えられた。頭がクラクラする。
「顔色が悪いよ。僕の車に乗りなよ。病院に連れて行ってあげよう」
誰だ? 聞き覚えがある声。……もう誰でもいいや。
「……はい。お願いします」
何も考えたくない。嫌だ。早くあの二人の姿が見えない場所に。ここではないどこか違う場所に行きたかったのだ。
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