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第3章 第2話 初モデル

「すぐる? すぐるも来たんか?」  声をする方に振り向くとそこには女神がいた。真っ白なドレスに透き通るようなオーガンジーのリボンを幾重にも身にまとい。腰まで伸びた銀髪。瞬きするたび長いまつげが目元に影を落とす。白い肌にほんのり色づいたピンクの唇がほほ笑んでいた。 「ぼ、ぼく。知り合いに女神さまなんていたかな?」 「は? 何言うてんねん。すぐるしっかり見てみろ! こいつは朝比奈や」 「ええええ! めっちゃ綺麗。女神様一緒に写真を撮らせてください!」 「ぷ! ぶぁはははは! なんやその反応。すぐるはほんまに面白いなあ」  女神が僕の前で笑い転げた。 「朝比奈は小さい時から親父に頼まれてモデルの仕事をしてくれてるんや」 「ハジメの親父さんの頼みやからな」  確かに女性にしては低い声だ。間違いなく朝比奈の声だとわかるのに。まるで女神が地上に降臨したかのような神々しさを感じる。 「拝んでしまいそうだよ」 「なんでやねん」 「メイクさんの技だよ。この髪もかつら。ちゃんと股間にはイチモツがついてるで」 「いやいや。わざと夢を壊すようなことは言わないで~」 「しかし、すぐるも連れて来るって言うてくれたらよかったのに」 「言わんでもわかるかなって思ったんや」 「言ってくれないとわからんで」 「言ってくれないとわからないよ」 「わ、悪い。二人して怒るなよ」 「怒ってないけど。僕、朝比奈さんがモデルしてるって知らなかった」 「それは、俺がモデルをするのはハジメの親父さんの服だけやから。一応性別不詳ってことにしてもらってるねん。だから見た目もどっちかわからんようメイクしてもらってる」 「そうだったの?」 「うん。隠してるわけじゃないけど。あんまりメディアとかに載りたくないねん。いろいろ探られるのは嫌だからね」  そうか。朝比奈にも人に知られたくない事があるのだろう。 「そうや、すぐるくん。この建物の中全部見た? 一階の奥は和室になってたで。二階のバルコニーからの景色は最高やったで。後で回っておいで」 「はい。ありがとうございます」  朝比奈とは後で会う約束をし、一階の奥へと入ってみる。 「へえ。ここに使われている木材は外国のものなんかな?」  ハジメが柱に手を添わせて確認をしていた。何かまたインスピレーションがわいたのかもしれない。ハジメは新素材の布を開発中だ。素材になるものを集めて回っている。 「僕、和室のほうに先に行ってるね」  異国風に装飾がされている扉を開けるとそこには畳が敷かれていた。  平机の傍には座布団が置いてあり、ふすまや障子が使われていた。それなのに天井には極彩色の壁画が描かれいる。不思議な空間だった。 「まるで異世界アニメの中に出てきそうな和室だな」 「ふむ。言いえて妙だな」  そこにはダブルスーツを着た紳士が立っていた。他に誰もいないと思ったから独り言を言ったのに。存在感を消していたとしか考えれない。 「すみません。誰もいないと思っていたものですから」 「いや、かまわない。実に的を得た感想やった。僕もこの空間をなんと口にすればいいんか悩んでいたんや」 「そうでしたか」  ぐっと距離を詰められて壁際まで後ずさる。俗にいう壁ドンに近い状態だ。 「…………ふむ。容姿からみると原石といったところやな。なるほど。磨きようによっては良い色合いになりそうやな。君名前は?」 「す、すぐるといいます。あの、貴方は?」 「いい人材が見つかったぞ。さっき言っていた衣装にあうんやないか」  僕の問いかけに答えずにどこかと携帯で話し始めた。 「おい! 今すぐにすぐるから離れろ!」  後からやって来たハジメが飛びかかって来る。 「おや?」 「……っと。なんやあんたか」  殴り合いになるかと思ったが、知り合いだったのか? 互いに顔を見合わせると眉間に皺を寄せあった。ハジメが僕の手をひいて自分の元に引き寄せる。 「久しぶりやな」 「そうですね」 「ハジメくんが居るということはその子は君のか?」 「ええ。僕のですよ。高塚さん」  え? この人が高塚さん? 確か朝比奈さんの恋人だったはず。 「今日は朝比奈に会いに来たのですか?」 「そうだが、それだけやない。難波くんにも会いに来たんや」 「親父にですか? 仕事の話で?」 「いや、プライベートや」  なんだか刺々しい口調の二人に。僕はどうしていいのかわからなくなる。 「モデルが見つかったって? どの子?」  そこに軽い口調の男性がやってきた。 「親父! ウロチョロしすぎや。探しとったのに!」 「ハジメか? 大きくなったなあ!」  ガシっと掴まれてハジメが苦しそうにするが嬉しそうでもある。デザイナーというよりも体格の良い格闘技の選手のような男性がそこにいた。すっと通った鼻筋。男らしい太めの眉に切れ長の瞳。ハジメが父親似だという事が分かる。 「あ、あの。はじめまして! 秋葉原すぐるです!」 「ああ。はじめまして。難波太郎です。ハジメをよろしくお願いします」  お願いしますって? 僕の方がよくしてもらっているのに! 「は、はい。よろしくされてますです!」  あれ? なんか緊張して変な事言っちゃった? 「あはははは。可愛い子やなあ。じゅんくんからは面白い子と聞いていたが。そうかそうか。素直そうなええ子やなあ。純粋そうや」 「そうやろ。だから呼び出したんや」 「なんや。亜紀良が言うてたモデルってこの子のこと?」 「何? モデルって。親父、すぐるをモデルに出す気か?」 「それがなあ。ラストに出そうか悩んでる衣装があってな……。そや! お前も出ろ!」 「へ? どういうこと?」 「あはははは。お腹痛い。笑いすぎてくるしい」  目の前で女神が爆笑中である。これはさっきも見た現象であった。 「どうやら僕の天使には笑いの女神がついているようやな」   高塚が歯が浮いたような褒め言葉を朝比奈にかけている。褒め言葉だよな? 「だって、面白過ぎるやん。すぐるは最高やな」  なんだかわからないが僕のことで笑っているみたい。 「朝比奈さん。これ以上笑うのは禁止です。開演時間ですよ」  メイクさんがやってきて注意された途端に朝比奈の顔つきが変わった。 「わかりました。メイク直しお願いできますか?」  すんっとモデルの顔に切り替わったのを僕が感心しているとハジメに突かれる。 「俺たちもメイクされるみたいやで」 「え? 僕メイクなんてしたことないよ」 「お二人とも難波先生の依頼を受けたのでしょ? 問答無用ですよ」 「……は、はい。でも」 「口を閉じてください。まずはベースを塗りますので」  ひぇえ~。怖い。それもそうか。開演時間が迫ってるのに僕らが急に追加されたのだから。テキパキと僕とハジメをメイクし、ヘヤセットをし始める。途中にハジメの父親もやってきてあれこれと指示をだしていく。 「妖精や。妖精が俺の目の前におる」  ハジメが僕を見ておかしなことを言い出した。きっと僕が朝比奈を見て女神と行った時のハジメの心境がこれとよく似たものだったのだろう。 「かっこいいよハジメ。異世界の皇子さまみたい」 「はあ?」  ハジメが僕の言葉に苦虫をつぶしたような顔になる。 「自分の姿を見てないからでしょうね。通路が狭いので姿見は数か所にしか設置してないんですよ。どうぞこちらへ」  マネージャーの草壁がにこにこしながらやってきて僕たちを鏡の前に誘導してくれる。 「……これが僕?」  確かに妖精っぽい。メイクで中性的な表情にしあげてくれていた。淡い色の色彩の衣装が可愛らしく見える。ボトムスはタイトなスキニーパンツのようだ。トップスがふんわりと長めなので足が細く見える。 「ふうん。妖精の結婚式ってコンセプトかな? 親父にしては可愛らしいな」  反してハジメは真っ青のタキシード調の衣装だった。光に当たると玉虫色に変化をする生地が使われていた。 「そっか。ハジメはタマムシなんだね」 「俺は虫やったんか」 「ぶふ!」 「くくく」  横に居るモデルさん達の肩が揺れている。わらってるのかな? でも笑いすぎるとメイクが崩れるから我慢しているみたい。  控室にはたくさんの衣装とモデルさん達が居る。これって大変なことに僕は参加してしまっているのではないのか? 「ハジメ。僕、もう帰りたい」 「あかんって。気持ちはわかるが。とにかく頑張ろう。これで成果をあげて親父に認めてもらうんやろ?」 「そう思ったけど。緊張して足が震えてきた」  そうなのだ。言い出しっぺは僕だった。初めて会った義父になる人に好い印象をもってもらいたくて「ハジメと一緒なら出ます」と言い切ってしまったのだ。 「大丈夫や。俺も小さいころはキッズモデルとして無理に出されたことがあるけど。舞台の中央をまっすぐ歩くだけや。周りは皆じゃがいもやと思ったらいい」

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