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第3章 家族とは 第1話 草壁マネージャー

 爽やかな風が吹き西洋館の風見鶏がゆっくりとまわるとピタリと止まる。その頭の方向が風が吹いてくる方向を指し示しているらしい。「風に向かって雄々しく立つ」と魔除けとして屋根などに取り付けられることが多いのだと本で読んだことがある。何故そんなことを思い出したかというと周辺からこそこそと話し声が聞こえてきたからだ。 「おい。今日はがくるらしいぞ」 「高塚の弟のほうか?」 「珍しいな。亜紀良は海外を拠点としてたんじゃないのか?」 「それが今度はこっちで新事業を始めるそうだ」 「へえ。またあちこちに顔をだしては品定めにまわるんじゃないのか」 「気を付けとかないと足元をすくわれるぞ」  風見鶏って人に使うときは悪口になるはずだ。その場の状況で、急に有利なほうに意見を変えたり、自分の意見を持たない主体性がない人間のことだったはず。それが高塚さんだっていうのだろうか? そんな人が……? 「おーい! すぐる。俺らこっちから入ったらいいらしいで」  ハジメが駐車場の端で手を振っている。 「はーい。今行く」  急いで止めてある外車の脇を縫うように駆け寄る。 「わわ。急がんでいいって。車も通るし、ケガでもしたら大変や」 「えへへ。ごめん」 「いや。大声出した俺も悪かったな。でも一番悪いのは親父や! 久しぶりに帰国したって言うから連絡とったのに。会場にはいるのにチケットがいるって教えてくれへんかったんやからな」 「忙しかったんじゃない? 確認しなかった僕らも悪いんだし」 「だって会いにおいでって言うんやからすぐに会えると思うやんか」 「……普通はそうだね」  ハジメの父親は世界的に有名なデザイナーらしい。残念ながら僕はそこまでオシャレ関連に詳しくない。僕とハジメがつきあう事になってから1年が過ぎた。やっと時間が取れそうだから挨拶しにきたのだが、どうやら行き違いがあったようで僕らは足止めをくらっていた。 「しかし凄いねえ。国内だけじゃなく海外からもたくさんのお客さんや報道陣も来られてるんだね」  駐車場にはたくさんの外車も止まっていた。どれも高そうな車で傍を通るときに傷をつけないか気になったほどだ。 「なんかこの建物自体のお披露目も兼ねてるらしいで。元々はどっかの国の領事館だった建物をイベント会場に開放されることになったらしいから」 「なるほど」  それで納得した。郊外の高台に作られた異国情緒あふれる建物。屋根の上の風見鶏。舞台セットのためにこれだけのものが作れるのかと興味津々だったのだ。僕の専攻のアニメ映像デザイン科はキャラデザだけでなくその背景も重要な要素となる。こんなに素敵な建物を目にすると映像として残したくなってうずうずしてたんだ。メディアの報道陣がいるなら撮影許可はとってあるのかな? お披露目っていうなら世間に画像をだしてもいいってことだよね? 「くくく。すぐる。後で親父に建物の撮影許可の詳細聞いてみるから今のうちにみんなのどさくさに交じって撮りたい場所撮っといで」  ハジメには僕が何故ソワソワしてるのかがバレてたようだ。 「本当に? いいの? でも今日はカメラ持ってきてないんだ」 「スマホでいいんじゃない?解析度高いのが欲しかったらどっかに頼んでもらうようにするで」 「わあ。ハジメありがとう!」 「とりあえず、裏から中に入ろうぜ」 「わかった。なんか緊張してきた」 「はは。俺もだ」  表の入り口と違い裏口は関係者入り口と書かれてあり人が行き来していた。 「関係者証はお持ちですか?」  警備員に止められる。やはり警備は厳重にされているんだな。周りで忙しく働いてる人たちは皆、関係者証と書かれてあるストラップを首から下げていた。 「えっと。草壁さんを読んでいただけますか?」  初めて聞く名前だなと思っていると奥から一人の男性が顔を出した。 「ハジメ坊ちゃん。こっちですよ。ついでにこれを首からかけといてください」 「おう。ありがとう! 忙しいところ悪いな」  男性から二人分の関係者証を受け取るとハジメは自分の首と僕の首にかけた。 「よし。これで遠慮なく入れるな。ったく面倒やなあ」 「ははは。そう怒らないでください。イベント中は各国の要人の方もお忍びで来られるので幻獣になるんですよ。今日で一旦区切りがつきます。明日でも良かったんですが難波先生は少しでも早く坊ちゃんと婚約者に会いたかったようですよ」 「俺も親父に会うのは久しぶりやし。嬉しいけど」 「へえ。少し会わないうちにえらい素直になられましたね?」 「ほっといてくれ」 「ははは。そちらが婚約者どのですか?」  男性がこちらを向いた。くせのある栗毛を後ろで一つに束ねているのだろうか。おくれ毛が一束、額にかかっていていた。黒のレザーのジャケットとパンツ。見た目はスレンダーなのに上半身にはしっかりと筋肉がついているようだった。 「そうや。すぐるって言うねん」  ハジメが僕の肩を抱いて自分の方に引き寄せた。 「はじめまして。僕は草壁といいます」 「草壁さんは親父のマネージャー兼パタンナーさんなんや」 「そうなんですね。はじめまして。よろしくお願いします」 「…………どこかでお会いしませんでしたか?」  草壁が首を傾けながら僕をじっと見つめてくる。 「いえ。はじめてだと思いますが?」 「草壁さん! あかんで。すぐるは俺のものやから!」 「は、ハジメ。そんな大声で言うなんて恥ずかしいよ」 「ははは。これは失敬。そんなつもりはなかったのですが。ちょっと既視感があったものですから。坊ちゃんの大事な人に手出しはしませんよ。じゃこれで。また後で会いましょう」  草壁はそのまま奥へと戻って行った。 「まったく油断も隙もない! すぐるに手を出そうとするなんて!」 「ハジメ。草壁さんはそんなつもりはなかったと思うよ」 「まあ、あの人モテるからなあ。挨拶がわりに軽く口説くなんて日常的なんやろう。でも! やっぱり腹立つ。すぐるにはああいう挨拶はさせないようにするわ」 「挨拶がわりに口説くの?」 「海外では普通に行われてる国もあるで。そのほうがウィットな会話が盛り上がるとかなんとか言うとったけど。俺には関係ないわ」 「ウィットな会話?」  まったく意味がわからない。大学生になるまで僕はオタクで人見知りだったから世間一般的な常識から外れているのかもしれない。どうしよう。場違いなところに来たんじゃないかな。今更戻れないし。 「すぐるは俺のことだけ考えてくれてたらいいよ」 「え? どうしてハジメは僕の考えてる事が分かるの?」 「全部顔に書いてあるやん」 「そんなはずないだろ」  くくくと二人で顔を見合わせて笑う。ハジメが教えてくれたノリとツッコミだ。 「ハジメが傍に居てくれてよかった。とっても心強いよ」 「そうか。そりゃよかった。はは」

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