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第3章 第6話 幻影

「……わあ。なんか懐かしい」  朝比奈に貸してもらったウィッグをつけるとどこかで見たような顔が鏡の中からこちらを覗き込んでいた。 「なんで懐かしい? 変装したのに?」 「えっと。母さんに似てるなって思っちゃって」 「そうなんか! じゃあいっその事、すぐるの母さんに似せてしまおう」  朝比奈はウィッグの髪をブラシで梳いてくれていた。ウィッグは黒髪で腰までの長さがある。 「僕が小さい頃、母さん髪が長かったんだよ。ゆるく三つ編みにして後ろに垂らしていたと思う」 「よし。じゃあ三つ編みにしよう!」  朝比奈が器用に三つ編みにしていく。 「すぐるが妖精から天女になっていく……」  ハジメが変なことを言い出した。 「眼鏡は銀縁もいいけど黒ぶちのほうが野暮ったくて目立たないんちゃうか?」 「ん~。すぐるの可愛さが半減するんは嫌やけど仕方ないな」   「えっとどうかな?」 「うん。勉強熱心な子って感じや」 「なんだよ、その感想。ふふ」 「はは。まあこれはこれで清純っぽくていいけどなあ」 「ちょっかい出したらあかんで朝比奈。すぐるは俺のモノ。いや、俺の婚約者やからな」 「はいはい。わかってるって。嫉妬深い大型犬は嫌われるで~」 「誰が大型犬や!」 「ふふふ。お手!」 「ワン!」  僕が手を出すとハジメがお手の真似をしてくれる。段々と僕もノリとツッコミがわかってきた。三人であれこれ冗談を言い合うのが楽しい。 「おっと、時間やな。個室を予約したって言うてたから行き帰りだけ気を付けといたらいいやろう」  この後はハジメの父親に正式に会う事になっている。本来なら昨日食事を予約してくれていたのでその時にいろいろと話したかったのだが、どさくさに紛れて帰ってしまったので今日時間を取ってくれたのだった。ハジメと朝比奈は深めに帽子をかぶっている。だが、二人とも背も高くてスタイルが良いから目立つ容姿であることは間違いない。 「ん? どうしたすぐる」 「はあ、何もしなくてもかっこいい男っているんだね。不公平を感じるよ」 「何言ってるねん。さあ行くで。親父に文句を言いに行こう」  待ち合わせ場所は北新地の奥まった建物の中にあった。看板もでておらず入店するときは扉の前のカメラにむかって話しかける。 「予約をしていた難波の連れが来たと伝えてください」 「かしこまりました」  がちゃりと音がしてドアがあく。扉が開いてからそのドアの分厚さに驚く。これって装甲板? 銃弾とか防ぐやつじゃないの?  「アルファ御用達のお店なんやろうね」  僕が唖然としていると朝比奈がこっそりと教えてくれる。 「それはなに? アルファの人専用のお店って事?」 「まあ、そうなりますかな。アルファの方々は要人関連の方が多いもんですからな。うちの店は小型爆弾ぐらいは跳ね返せますからねえ」  要人って政府要人とか? 重要な地位のある人だよね。小型爆弾ってなに? 僕、普通の定食屋さんでいいんだけどな。 「僕オメガだけど入って良いの?」 「もちろん。予約の中にアルファの方がいらっしゃればいいんですよ。うちはそういうコンセプトでやっているだけですので。難しく考えないで良いですよ」 「それが売りってことやよ」 「売り?」 「ん~強みとかセールスポイントってことや」  そうなんだ。僕はまだまだ世間知らずなんだな。朝比奈と一緒に立ち上げる事業はバーチャル空間での街づくりのようなことだ。そこに各企業や個人の方にお店をもってもらって幅広く発信する。こういう方々と話をする機会が増えた方がいいのだろうな。  通されたのは座敷だった。大きな机と座椅子が並んでいる。足がのばせる掘りごたつ形式だ。 「やあやあ。皆よう来てくれたな。昨日はホンマに悪かったな。ホンマにごめんやで」  このとおりやとハジメの父親が頭をさげる。身体の大きな男性が 「わわ。そんな。頭をあげてください」  僕が慌てて止めに入ろうとハジメに遮られた。 「あかんで。すぐる。こういうのはケジメや。親子であろうが関係はない。謝罪は必要や。そのうえで要求せなあかんからな」 「何を要求するの?」 「すぐるは優しすぎるで。親父。すぐるは今日パパラッチに狙われたんやぞ。それについてはどう対応する気や?」 「え? もう狙われたんか?」 「それは……早すぎるな。最初から張り付いてたって事も考えれるな」  低音の声がして奥に高塚が座っていることに気づく。あまりにもハジメ父に気を取られすぎていて気づかなかった。まるで気配を消していた感じだ。 「じゅんは何もされなかったのか?」 「俺は隠れとったからな。でもすぐるが絡まれてるのを助けられへんかった」 「明日からはボディガードをつけよう」 「わ~。そんなんいらんって余計に目立つやんか!」  朝比奈はそのまま高塚の隣に座る。僕はハジメと一緒に並んで座り、反対側にはハジメ父と草壁が座る。草壁の様子がおかしい。この部屋に入ってから一言もしゃべらない。それどころか僕を凝視しては固まっている。  しばらくして鍋料理が運ばれてきた。 「さあさあ、ここのてっちりは旨いんやで。沢山食べてな」  ハジメ父が嬉しそうに僕にすすめる。どうやら彼が一番食べたかったようだ。 「てっちりってふぐですか?」 「そうや関西はふぐの刺身を『てっさ』。ふぐ鍋を『てっちり』というねん。身は白くやわらくて淡白でたべやすいで。最後に雑炊にしたら美味いねん」  草壁が黙々と鍋に野菜とふぐを突っ込んでいく。ときどきチラチラと僕を見るのは何故なんだろう。 「なんや草壁さん。すぐるに言いたいことがあるなら俺を通してくれ」  ハジメの顔が険しくなる。 「いえ。あの……」 「どうしたんや。草壁?珍しいな。いつもはよう喋るのに」  ハジメ父も不思議そうな顔をする。 「ぶしつけなことをお聞きしますが。すぐるさんは梓さんの身内の方ですか?」 「へ? 母を知っているんですか?」 「母……そうか。貴方は梓の産んだ子供なんだな」 「どういうこっちゃ。草壁さん知っていることを話してもらおうか?」  ハジメの声が低くなる。ピリッとした空気が流れ寒気がする。 「ハジメくん。威嚇はするな。すぐるくんがダメージをうけてるで」  高塚に指摘をされハジメがこちらを見た。朝比奈も青い顔をしている。 「あっ。ごめんすぐる。悪かったな」  そうか、今のはアルファの威嚇なのか。身がすくむ様なぞわっとした感覚だった。 「今日は人目を避けるために変装してきたのですが、僕の記憶の中の若いころの母に似てるんだと思います。草壁さんは母と面識がおありなんですね?」 「ええ。仲が良い友人でした。今日のすぐる君を見てイベントの時に感じた既視感は間違ってなかったと思います。梓は元気にしてますか?」 「いえ。僕が小学校に上がる前に亡くなりました」 「……梓が亡くなった?……そんな」 「ご存じなかったのですね。父が居なかったので、それからは祖父の元で暮らしてまして」 「父親がいない? どうして? なぜ? あいつはどこに行ったんだ!」  草壁が激高して立ち上がろうとしたのをハジメ父が押さえつけた。 「草壁。まずは食べようか?」 「……はい。そうします」 「皆ご飯を食べてから話を聞こうかな。ここは一人前10万円するんや。無駄にしたらあかんで」 「え? 10万円? ……話は後にします」  そんなに高いの?きっと新鮮で良い食材を使っているんだろうな。 「親父、そんなに食いたかったんか」 「そうや。帰国して食べるのを楽しみにしてたんや。こうして皆の顔を見ながら食べたかったんや」  そうだろうな。ずっと海外で仕事をしててやっと食べたいものを。それも僕らと食べたかったなんて。これは頑張って食べないと。うん。美味しい。 「白身がふっくらして柔らかい。美味しいです!」 「そうかそうか。すぐるくんはええ子やなあ。もっと食べや」  何とか雑炊まで食べ終わるとお腹がはちきれそうになった。 「はあ、美味しかったぁ。お腹がいっぱいです」 「うんうん。ええ子やなあ。うちの子においで」 「親父。すぐるはもううちの子や。俺の嫁さん」 「そや。逃がしたらあかん。籍だけ先に入れてしまうか?」 「ぷぷ。うちの亜紀良さんと同じこと言うんやな。アルファって皆考えることは同じなんかな?」  朝比奈がコロコロと笑う。   

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