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第3章 第9話 真相

「…………」 「…………」  草壁が茫然としている。その目からは涙がとめどなくあふれていた。 「なるほど。人に歴史ありだな」 「ああ。やはりそういうことか」  観客と化していたハジメ父と高塚が沈黙を破った。 「見せもんじゃねえんだよ!」  立花が怒鳴る。 「でも僕は知りたいことが知れました。……ありがとうございます。立花さんも言いづらかったと思います。草壁さんはご存じなかったのでしょう? ならば責任を感じることはないです」 「すぐる。大丈夫か?」  ハジメがそっと僕の手を握る。心なしか僕の手は震えていたようだ。 「うん。大丈夫。だって母さんは僕には悲しそうな顔を見せなかったんだよ。好きな人の子を産めて幸せだったって思うよ」  ううううと草壁のむせび泣く声が聞こえた。 「お前は本当に梓によく似ているよ」  立花が苦しそうな顔をする。 「じゃあ、僕らが聞きたいことを尋ねてもいいかね?」  高塚が足を組みなおして顎をあげた。 「君、今は探偵事務所を開いてるようだね? すぐるくんに近づいたのは本当は高塚の本家からの依頼がきっかけじゃないのかな?」 「…………ぐ」 「うちのお家騒動にすぐるを巻き込まない様に脅して離れさせようとしたんやないんか?。だいたい名刺はフェイクやったのに。名前だけは本名を名乗るなんて、草壁がこちらにおる事に気づいてて牽制したんやないのかい?」 「……そうだ。前情報としてあの日、高塚の分家が本気で乗っ取りを考えてるからそれを阻止するように動きだせと指示が来たんや」 「乗っ取りやなんて。なんでそんなことになってるんや」 「朝比奈じゅん。あんたが関連してる。あんたが本家の血筋やから。今まで分家は血筋やなくアルファという繋がりだけやったから周りも油断していた。だが、そこで本家の血筋と婚姻を結び、アルファの子ができるとなると。名目上、高塚亜紀良の子は本家の子と肩を並べる地位となる」 「やっぱそうなるんや。めんどくさいなあ」  軽口をたたいたのはハジメ父だった。 「こういうのがあるから僕はお家代々とかいう家系は嫌なんだよねえ」 「俺もそう思う。もう朝比奈の弟に家督を譲っちゃえばいいのに」  ハジメも同じようなことを言い出す。似た者親子というところか。 「だが、あいつはまだ小学生や。無理強いしたくない」  朝比奈は難しい顔をする。そりゃそうだよね。僕だって弟がまだ小さいのに家督を継げなんて言えないよ。 「そこは兄貴と相談中や。今回手を出してきたのは義姉さんのほうやろう」  高塚が眉間に皺を寄せる。マフィアの首領(ドン)みたいな顔になっている。 「げっ……おばさんかいな。そりゃ大変やな」  ハジメが肩をすくめる。 「怖い方なの?」 「ああ。アルファの女性は気が強い人が多いねん」  という事は本家の奥さんはアルファなのだろう。 「ちなみに俺のおかんと姉貴もアルファや」 「ええ! そうだったんだ」  これは気を引き締めねばなるまい。ハジメ母は今回は事業が忙しくて会えなくて残念とメールだけはいただいている。お姉さんのほうは海外で妊娠中だそうで出産後帰国時に会う予定だ。 「なんの因果か。こんなことになるなんてなあ。あれから俺は警察をやめた。人を守るためになった職だったが好きな人一人守ることも出来ない自分に嫌気がさしたからだ。だが結局できることは人探しや身辺調査で、仕方なく探偵事務所を開業して今に至るってところさ」  立花がしみじみといった感じでうなだれる。 「ふむ。立花と言うたな。君、僕と組みたまえ」  あれ。この高塚の口調、この間僕に急にDNA鑑定をしろと言い出した時と一緒だ。横に居る朝比奈を見るとめっちゃ眉間に皺を寄せてる。これはまた悪い癖が出だしたとか思ってそうな顔だな。こういう人たちに囲まれているせいか最近人の顔を見るだけでなんとなく雰囲気がわかってきた。 「はあ? 急に何を言いだすんだ?」 「僕の子飼いにならへんか? 逆に本家の動向を教えてくれるとありがたい」 「二重スパイ? おお。危険な勤務だね。ひどい目にあわない? 大丈夫なの?」 「ぷは。ホンマにすぐるは言動が可愛いな」  ハジメが僕の頭をなでる。どうして?子供扱いされてるような気がする。 「すぐる君にはそのままでいて欲しい。うんうん。ええ子や。うちの子にしよう」 「だから俺の婚約者やって」  難波家の親子漫才は無視しておこう。 「報酬は二倍だす。たまにすぐる君にも会える。何難しいことやない。僕は時期が来れば相続放棄をするつもりや。だがじゅんや僕らの子供の事はずっと見張られることになるやろう。その時のために少しだけ早く情報が欲しいだけや。どうや。これも縁や。いやこうなる宿命やったんやないかな?」 「宿命って怖いことを言うな。……だが悪い話じゃないな」 「無理強いはせえへん。定期的に報告がもらえるなら報酬は保証するで。返事は?」  高塚の問いかけに立花は自分のよれよれのシャツをじっと見つめてわかったと返事をした。 「残りは草壁やな」  ハジメ父がテーブルに突っ伏している草壁に声をかけた。 「……僕はどうしたらいいんでしょうか?」  泣きすぎて真っ赤に腫れた眼をしたまま僕を見つめる。 「あの、僕は何も望んではいません。ずっと父親はいませんでしたし、それが当たり前だったので今更父親だと言われても僕自身どうしていいかわからないので。気にしないで下さい」 「いや、気にするやろ……げっ」  高塚がつっこっみを入れてきたがすぐに朝比奈に肘鉄をくらっていた。 「そうか。すぐる君の気持ちは分かったで。それで草壁はどうしたいんや」  ハジメ父が優しく問いかける。だが僕にはその声が優しすぎて怖かった。まるで草壁の次の一言を待ち構えているようだった。 「ぼ、僕は。僕に出来る事をしたい」 「じゃあ草壁は何ができるんや」 「それは…………見守ること……です」 「うん。よしよし。そうか。そうやな。今の草壁にできることはないな。それがわかっているだけでも合格としとこか。過ぎ去ったことを悔やみすぎても仕方がない。人は前を向いて生きていかなあかんからな。だからと言って忘れ去ってしまってもあかん。人は学ぶもんや。草壁は今は昔ほどベータ性に捕らわれてはいないやろ? だったらその生き方を示してみたらいいんやないかな。それをきっとすぐる君のお母さんは望んでいたんだろう」 「はい。……はい」

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