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第3章 第8話 父親

 大学の校門を出た辺りから後を付けられてる気配がする。後ろを振り向きたいが我慢をして人気のない路地まで進んだ。 「どこまで行く気だ?」  ふいに声をかけられる。気づかれたか? 足を止めて思い切って振り返った。 「僕に御用がおありですか?」  やはり立花だった。ここ数日僕の前に姿を現さなかったので、今日はハジメや朝比奈には距離をとってもらっていた。 「……そんな恰好をして何を考えているんだ?」 「そんな恰好というと?」 「だから。なんで母親に似た格好をしているんだ!」 「やっぱり、母の事をご存じだったのですね」 「……うるさい。俺が聞いてるのは何をしようとしているかだ」 「貴方にあいたかったんですよ」 「はっ。だから? こんなところに俺を誘い込んだのか? あんたオメガだろ? 得体の知れぬ男と二人きりって何をされてるかわらかないんだぜ」  立花が凄む。ビリっとした空気が流れる。やはりこの人はアルファだったのか 「そこまでだ!」  ハジメの声が響く。頭上にはドローンが3台ほど浮かんでいた。遠隔操作で朝比奈がずっと僕らを追い続けてくれたのだ。こういう時に日頃からDXに堪能している朝比奈の技術が役に立つ。僕もこれから習いたいと思っている。 「くそ。自分を(おとり)にしたのか。危ないことしやがって」  立花が憎々しそうに言い放つ。ハジメが立花を拘束する。 「あんたにはちょっとついてきて欲しいところがあるんや」 「警察にでもつきだす気か?」 「いや、なんも悪いことしてないのに警察はないやろ?」 「何を言ってる俺はそいつを脅そうとしてたんだぞ」 「違うでしょ。あの名刺は偽造だったじゃないですか。本当は僕を脅そうとしたんじゃなくて助けようとしたんじゃないですか?」 「…………」 「あんた、不器用な生き方してるな」  ハジメが哀れそうに言う。どういう意味だろうか? ◇◆◇  ハジメの車で待っていた朝比奈と同行して僕らは南港のふ頭にある大型コンテナの中にはいる。テレビでみたことはあるが実際に目で見たのは初めてで、長方形な堅牢な箱って感じだ。 「これはうちのコンテナや。普段は親父がデザインした衣装などを海外に運ぶ時に使ってる。だがたまにシークレット会合(密談)にも使ってるから椅子と机が常備してあるんや」  丸テーブルが3つとパイプ椅子が並んでいる。 「おお、なんかスパイ映画みたいだね」 「ははは。感想がすぐるらしいな」 「さて、連れてきたのは他でもない。あんたが何者かをしりたいんや」 「知ってどうするんだ?」  立花が吐き捨てるように言う。 「謎解きをしたいんだよ」  低音がコンテナの中に響いた。高塚がやってきたのだ。 「椅子は人数分あるのか?」 「用意した。ついでに軽食もな。珈琲と紅茶とどっちがいいかな?」  ハジメ父は相変わらずである。草壁が机の上にカップを置いていく。  立花がピリッとした。草壁は無言のままだ。さきほどのドローンにはカメラが搭載してあり、その映像は朝比奈と高塚の元へと送られていた。彼らはそれを確認したのだろう。  僕とハジメ。高塚と朝比奈とハジメ父。そして草壁と立花が同じテーブルに椅子をつけた。  全員が椅子にすわったところで草壁が話し出した。 「お久しぶりですね」 「…………」 「あれから20年以上たちますかね」 「…………ずいぶんと良い面構えになったな」 「そうでしょうか? 年取ったって感じじゃないですか?」 「それは俺だ」 「ええ。そうですね。貴方は少しくたびれた感じがします」 「誰のせいだと! ……」 「その話を聞かせてもらえませんか?」 「…………嫌だと言ったら?」 「出来れば母の事を教えてもらいたいです。立花さんは母の事をご存じなのですね? 僕には事実を知る権利があると思うんです」 「……ふっ。話し方がそっくりだな」 「ええ。そうなんですよ」  立花と草壁が僕を懐かしそうに見る。  はあっと一息ついて立花が口を開いた。 「俺は成り立ての刑事だった。梓くんと出会ったのは図書館だ。ある事件の過去の調査に立ち寄った時に出会った。過去の文献が沢山寄贈されてる大きな図書館があって、彼は学生の時からそこに通い詰めていたらしくてどこに何があるか係の者よりも正確に答えれたんや」 「彼は本当に知識が豊富だった。そうかそんなに通ってたのか」 「あんたともそこで知り合ったんやろ?」 「ええ。そうでした。僕のことは知ってたんですか?」 「ああ。何度か一緒に居るのを見かけたからな」 「あの図書館はこの辺りじゃ一番古くて大きいですからね」 「だが、あそこは古文書や大阪関連の文献、ビジネス関係分野の書籍・資料に特化している。デザイン関連なら他でもよかったんじゃないのか?」 「過去の資料で欲しいのがあったので……」 「あんたは根本的なところは何もかわってないんだな」 「僕は自分が変わったとは思ってませんが?」 「そういうところが嫌いなんだよ」 「別に貴方に好かれようとは思ってません」 「あんた、資料は欲しかったのは最初だけで、あとは梓がいるからあの図書館に通ってたんだろ? だったらそう言えばいいじゃねえか」 「それは……」 「そういう自信なさげな顔が嫌いなんだよ」 「ほっといてください」 「あの時もそうだ。あんたは全部持っていたのに。才能も恋も全部手にいれてたのに。諦めていたんだよ。自分はベータだからって。だから海外へ進出する話が出た時も所詮自分はベータだからと他のアルファにはかなわないと辞退しかけてたんじゃないのか。あの子が……梓が自分がいるせいであんたが一歩を踏み出せないと思い詰めてたのに!」 「そんな……僕のせいだったのか?」 「あの子の腹の中にはすでにあんたの子がいたんだよ! 知ってたんだろ?オメガは男でも子供が産めるって。まさかアルファとじゃないと子供ができないと思ってたんじゃねえだろな。梓はな、それすら言い出せないで思い悩んでたんだ。あの時、ああでもしなければあんたは海外へ行こうなんて思わなかっただろう? ここに居たって何もない。向こうに行って死ぬ気で何かに打ち込もうってな。あんた本当はそれを望んでいたんだよ」 「あ……僕は……先生に海外でアトリエを開くからついてくるかと誘われていて。でも有能な奴は皆アルファだった。僕がついて行っても実力に差がつくのは目に見えていた。梓がいるしここで暮らしてもいいかと……思っていたんだ」 「それだよ。あんたは梓を言い訳に使おうとしたんだ。夢をあきらめる言い訳にな。あの子は賢い子だったよ。あんたの事をよくわかっていた。梓はさ、俺の気持ちを知っていながら首を噛めって泣きながら言ってきたんだぜ。知ってるか? 番ってな、発情期で互いに抱き合って交わりながらでないとなれねえんだよ。好きな子の腹に子供がいるのに無茶して抱けるわけねえじゃねえか」 「知らなかった……じゃあ……じゃあ、本当にあの噛み跡は……」 「ああ。ただ単に噛んだだけだ。俺たちゃ番でもなんでもねえ。友人でもねえんだ。あんたがもっとあの時にベータだからって卑屈になってなければ……くそっ! バース性なんてくそくらえだ!」

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