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第3章 第7話② 

「立花? どっかで聞いたことがあるな」  ハジメに言われて今朝の事を思い出す。あの名刺……。 「すみません。その人ってよれよれのシャツとか着てる人ですか?」 「いや、普通にスーツとか着こなしていたと思うけど」 「じゃあ違うのかな?」 「どうしたんや。心当たりがあるのか?」  高塚に聞かれ、大学でパパラッチに会った詳細を教える。 「そいつ。以前から張り付いていたんやないか?」 「あり得るな。これは裏がありそうやないか?」 「これは一から調べなおした方が……」  ハジメ父と高塚が顔をあわせて何やら相談し始めた。 「ごめんな、すぐる。親父らこういうの大好きやねん」 「そうですよね。先生も刺激を求められるのがお好きでして……」  草壁も困り顔になっている。どうやら難波父は今期のイベントは終わったので次のコレクションまで時間があるらしい。 「えっと? 僕の母の話しから発展しちゃったんだよね?」 「ああ。そうやねんけどな。あの人らにとっては暇つぶしの推理小説替わりやねん」  ハジメが申し訳なさそうにする。 「……はは。そんな気はしていたよ」 「ごめんな。不謹慎やな。こんなん。すぐるはホンマはどうしたいの?」 「どうもこうもないよ。ただ本当のことが知りたいだけ。別に今更父親を探そうとか言う気もないし。その人に何かを求めるでもないよ」 「そうか。わかった。俺はすぐるが気がすむまでつきあうからな」 「うん、ありがとう」 「っということやけど、草壁さんはどうするんや?」 「……僕も真実が知りたい。どうして梓が僕から離れていったのかを知りたい」 「草壁さんと母に接点があったとわかっただけでも奇遇だったのに。本当に母のことが好きだったんですか?」 「ああ。好きだった。もう過ぎた恋だと思っていたが、君の姿を見てあの時のこと思いだす。こんなにも胸の奥が締め付けられるなんて。なぜ僕はすぐに後を追わなかったのだろうな」  その問いかけに誰も答えてあげることはできなかった。 ◇◆◇  僕はしばらく母さん似の変装で出歩くことにした。服装のコーデネートはハジメが。ヘヤスタイリングは朝比奈がしてくれる。 「僕、おしゃれには自信がないからありがたいよ」 「最初は出来るだけ目立たない様にするはずやってんけどな」 「ああ。でもまあ、パパラッチは亜紀良さんらが手を回してくれてるから近日中になんとかなるやろう」 「そうなの?凄いね」 「高塚さんはいろいろあちこちに顔が効くみたいやからな」  ハジメが嫌味っぽく言う。珍しいなと思っていると朝比奈が反論する。 「亜紀良さんは今高塚の家から独立しようと頑張ってるんや。多少強引なところはあるけど、俺をあの家の呪縛から放ってくれようとしてるのは間違いない。きれいごとだけじゃない裏表もあるけどそれが亜紀良さんなんや」 「ふーん。その裏の部分も含めて高塚さんってことか」 「そうや。風見鶏って呼ばれてる事も本人も知ってる。現実にそうしてのし上がってきたからね。これからそういう亜紀良さん自体を俺が支えていくんや。覚悟はもう決めた」  そうか知っているのか。人の裏側の部分を知ってもその人を好きでいられるってすごい。 「ところで朝比奈、なんで番になったこと俺に言わへんかったんや」  ハジメがむくれている。朝比奈が高塚と番になったことは僕だけでなくハジメもしらなかったようだ。 「言おうとは思ったんや。でもいざとなるとなんか恥ずかしくって」 「何が恥ずかしいや! 大事な事やんか! 俺はお前の親友やろ? 違うんか!」  ハジメと朝比奈の関係が羨ましいと思う。こんなに親身になって心配してくれる人が僕の周りにいただろうか。 「違わない。俺にとってお前は血のつながった兄弟以上の存在や」 「だったらなんでや!」 「ん~。俺がしたことに触発されてハジメがすぐるを襲ってしまわないか気になってしまってな……」 「へ?」  僕? なんだか矛先が僕に飛び火している? 「……ぐっ……いや、それは……」  ハジメがちらりと僕を見る。 「ほらな。亜紀良さんとハジメはよう似てるねん。独占欲っていうか執着というか。でも僕よりはすぐるのほうが純粋やから、発情期に流されてうやむやなうちに番になってましたとか言うのはかわいそうやんか」 「なっ。なんやねんそれ。俺はそんなにひどい奴じゃないぞ」 「でも、あわよくばうなじを噛んでしまおうって思ってるんでしょ?」 「……それはやな……その。アルファの習性でな……まあ」 「だろ? 俺のせいですぐるに怖い想いや心配事を押し付けたくないなって思ってん」  確かに。ずっと自分はベータだと思っていたから番という言葉の意味すらよくわかっていない。番という者に対して少し責任感や恐怖感はある。それはきっと長谷川に襲われかけた時に感じた嫌悪と恐ろしさのせいだろう。 「僕は……番という言葉が少しだけ怖い気がします」 「それはなんでや? 何が怖い?」 「長谷川教授にうなじを噛まれそうになって凄く怖かったから」 「あのやろう! もっとぶん殴っとけばよかった」 「すぐる。おいで」  朝比奈が僕を手招きした。ハジメの眉間がぴくっとしたが朝比奈はかまわず僕を抱きしめた。 「大丈夫だよ。本来、番になりたいっていうのは本能が教えてくれる。すぐるが心から番になりたいって思った時にハジメに訴えたら良いからね。無理しちゃだめだよ」  思わず泣きそうになった。ああ。僕の傍にも親身になって心配してくれる人がいたんだ。朝比奈だけじゃない。ハジメも本気で僕を大事にしようとしてくれてるのはわかる。 「うん。ありがとう……」  よしよしと僕の頭を朝比奈がなでる。なんだか母さんみたいだ。 「おい、いつまで触ってんねん。すぐるは俺の婚約者やぞ」 「あ~まったく。ホンマに嫉妬深いな」 「うん。でも嬉しい」 「そうか。すぐるが嬉しいならしかたないな」 「だから、頭を撫でるな。すぐるが減る!」 「あほか。減るわけないやろ」 「あんまりくっつくな」 「いいやんか、ちょっとぐらい」 「あははは」  いつもの漫才がはじまった。  

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