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第1話 童貞卒業のはずが……
「ねえ、『鍵と鍵穴の番』って知ってる?」
「あ? カギのツガイ?」
薄汚れて埃っぽい寝台に寝転びながらジアは眉をひそめた。
「ほら、王家に伝わるっていう伝説の……」
「そんな高貴な方々の話なんて知らねえよ。俺たちに何の関係があるんだ? そんなことよりさっさと脱げって」
ジアは興味なさげに首を振ると、急かすようにシーナの服の裾を掴んだ。
「ちょっとがっつかないでよ」
「お前の方から誘ってきたんだろうが」
シーナは鬱陶しげにジアの手を払うと、腰の帯を解きながら話を続けた。
「この国の王家に代々受け継がれている宝箱があって、鍵と鍵穴が揃って初めて開けられるらしいんだけど……」
「何言ってんだよ。鍵穴は箱についてるもんだろ?」
「鍵と鍵穴っていうのは例えで、実際は両方とも人なんだって。箱の前で鍵を鍵穴に刺すことによって箱が開く仕組みになってるらしいの」
大真面目に話すシーナにジアは思わず吹き出した。
「何だよそれ。ただの卑猥な話じゃないか。要するに俺たちが今からしようとしてることをその箱の前でしろってことなんだろ」
「誰でもいいわけじゃないのよ。鍵と鍵穴の資格を持った人間でないと」
「何なんだよ、その鍵と鍵穴って。一体どうやったら分かるってんだ?」
「鍵の方はよく分からないけど、鍵穴はお尻の穴の周りに見れば分かる模様があるらしいわ。ねえジア、ちょっと私のお尻見てくれない?」
真剣な様子のシーナに、ジアは流石に気になってきた。
「どうしたんだよ? 何でそんなこと気にするんだ? お前今日ちょっとおかしいぞ」
「さっき町で聞いたんだけど、国王陛下が今国中に御触れを出してるそうなの。鍵穴を持つ人間には莫大な報奨金を出すんですって。しかも噂によると、それが国王のお眼鏡にかなった人物なら高貴な身分が与えられるらしいわ。ねえ、これってどういうことか分かる?」
「さあ」
シーナは興奮気味にジアの背中をバシバシと叩いた。
「鍵の資格を持つ人間が見つかったのよ! それで国王が宝箱を開けるために、鍵穴の人間を血眼になって探してるんだわ。しかもその鍵の人間って、きっと王家に縁のある人物なのよ。もしかしたら国王陛下その人なのかも。だとしたら高貴な身分ってのは王妃の座のことじゃない! ねえジア、私のお尻に模様はついてない?」
なるほど、それでシーナは必死になってジアに自分の恥部をわざわざ晒そうとしているというわけだ。
「お前、そこまでして王妃様になりたいのか?」
「王妃は無理でも報奨金は欲しいでしょ。今の貧乏生活から抜け出せる絶好の機会じゃない。あんただってそう思うでしょ?」
「はっ! 金のために恥を晒すなんて、俺は死んでもごめんだね。お高く止まったジジイにケツの穴差し出すくらいなら、一生このネズミの巣窟で暮らす方がよっぽどマシだ」
「あっそう。それじゃあんたは一生ここで貧乏暮らししときなさいよ。いいから早く私のお尻確認して!」
ジアはため息をつきながらシーナの服の裾を捲り上げた。
「お前、俺はそういう趣味じゃないんだから萎えるだろうが。そういうのは女同士で確認するとかさ」
「何言ってんの。友達にそんなこと恥ずかしくて頼めるわけないじゃない。女の子だって嫌がって見てくれないわよ。こんなこと頼めるのあんたぐらいしかいないんだって」
「はあ、どんだけ薄っぺらい交友関係なんだよ」
ぶつぶつ文句を垂れながらも、ジアは彼女の言う通りに確認してやった。
「……どう?」
「無いよ。模様なんて何も。ほくろひとつ無いね」
シーナはがっかりした様子だったが、元々くよくよ考え込む性格ではなかったため、直ぐに切り替えて悪戯っぽい表情でジアの前にかがみ込んだ。この貧民街は、小さなことにいちいち悩んでいるような繊細な人間がそもそも生きていけるような場所ではなかった。
「やっぱり一夜にして王族の仲間入りなんてのは夢物語だったわね。それはそうと、あんた全然勃ってないじゃない」
「誰のせいだよ」
「いいわ、舐めたげるから……」
不意にシーナがぴたりと動きを止めた。
「え……」
狭くて薄汚いジアの部屋に沈黙が流れた。大胆な発言をした割に、シーナは一向に動く気配を見せない。不審に思ってジアが顔を上げると、蒼白な表情でジアの股間を覗き込んでいたシーナとバチリと目が合った。
「……あんた、これ……」
「何だよ、デカすぎて驚いたのか?」
シーナは突然勢いよく立ち上がると、慌てて上着を肩に引っ掛けただけの姿でジアの部屋から飛び出して行った。彼女の行動が突飛すぎて、ジアはポカンと口を開けたまましばらくそのままの体勢から動けずに固まったままでいた。
「……一体なんだってんだ?」
彼女とは昔からの付き合いで、我儘で奔放な性格だと言うことも十分承知していたのだが、ここまで突拍子のない行動を取るのを見たのは初めてで、ジアは率直に驚きを隠せずにいた。
(あいつが俺を誘ってくるなんて珍しいと思ったが、まさかケツを確認させることが目的だったのか? だったら最初からそう言ってくれりゃ良かったのに……)
ジアは首を振って気を取り直すと、寝台の下に投げ捨ててあった下着とズボンを拾って手早く身につけた。ジアも細かいことをいちいち気にする性格ではなかったため、それ以上シーナのことは考えずにさっさと布団に潜り込んで目を瞑った。やることが無いならできるだけ体を休めて明日の活動に備える。貧民街で生きるために彼が身につけた習慣の一つであった。
基本的に眠る体勢に入ったジアはすぐに深い眠りに落ちるが、少しでも不審な物音がすれば一気に目覚めるようになっている。だから彼が目覚めた時、どれくらいの時間眠りについていたのか正直よく分からなかった。深く眠ってはいたが、おそらくそれほど長い時間寝ていたわけではなさそうだった。
(……何だ?)
ほんの微かではあったが、聞きなれない物音を彼の鋭い両耳が拾っていた。
(複数人の足音のようだが、ごろつきのそれとは違う気がする。なんだか理路整然としすぎて気味が悪いな。敵意がある感じではないんだが……)
「……ジア?」
「シーナか?」
すぐに起き上がって扉を開けると、蒼白な表情のままだが両目だけ爛々と輝かせたシーナが彼の家の前に立っていた。
「お前大丈夫か? さっきは一体……」
「ジア、ごめんなさい」
次の瞬間、強い薬の匂いが鼻を覆い、ジアの目の前が真っ暗になった。
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