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第37話 無償の愛を捧ぐ者

 サキュバスのせいで中断されたエドワード第一王子殿下とセリーヌ妃の結婚式が後日行われたが、その式は中断前よりずっと盛大なものとなった。盛大というのは決して贅沢になったという意味ではなく、規模が少し大きくなって賑やかになったということだ。なぜなら中断前と違って、弟であるウィリアム第二王子殿下も同時に結婚式を挙げることになったからだ。そのため全体的な人数は前回より増えたのだが、セリーヌ妃側の出席者で一人欠員が出ることになった。 「リネのご無礼をお許しください」  式の当日、セリーヌがウィリアムとジアに申し訳なさそうに頭を下げた。 「あの子はここ数日ずっと泣き通しで、とても皆様の前に顔を出せるような状況ではなさそうなのです。ウィリアム殿下の事を大変お慕いしていたみたいですし、若いあの子にとっては初めて経験する失恋ですから……」 「いえ、こちらこそ申し訳ありません」  ジアも頭を下げながら心からそう言った。 (ほら言わんこっちゃない。あんなに可愛くてこんなに殿下のことが好きな子がいるってのに、本当に俺なんかと結婚して良かったのか?)  ジアの心を読んだかのように、ウィリアムは悪戯っぽく口角を上げた。 「きっとすぐに新しい出会いがあって、俺なんか取るに足らない男だったと気が付かれることでしょう」  セリーヌが去った後、ジアは非難がましくウィリアムを睨みつけた。 「ほら言った通りじゃないですか。殿下のことが好きでたまらない素晴らしい女性は星の数ほどいるんだって。彼女ならきっと殿下のためなら命だって差し出すでしょうけど、俺にそこまでできるかどうか分かりませんよ」 「何を言ってるんだ? 自分が好きな人に好かれなければ、星の数ほどの人間に好かれたって何の意味もないだろ? それに俺は愛されるより愛したい性なんだ」  恥ずかしげもなくそう言われて、ジアは頭のてっぺんから湯気が出そうなほど赤くなった。  式が終わった後、ウィリアムは誰もいない謁見の間にジアを連れてきた。王家の人間も来賓もみな披露宴会場での宴に勤しんでいるため、謁見の間はしんと静まり返っている。 「主役が抜けてきて大丈夫だったんですか?」 「挨拶は一通り済んだし、兄上もいらっしゃるから大丈夫だ」  ウィリアムは役目を終えて蓋が開けっぱなしになっている宝箱の元へと近づいた。ジアが付いてくるのを確認すると、ウィリアムは宝箱の周辺に配置されていた仕切り用のカーテンをさっと閉めた。 「こんなところにカーテンがあったなんて、以前は気がつきませんでし……」  宝箱の奥に以前は気が付かなかった小さな寝台がひっそりと置かれているのを見て、ジアは絶句した。 (マジで速攻で宝箱を開けさせるつもりだったんだな……)  ウィリアムが婚礼衣装の上着を脱ぎ始めたので、ジアは慌てて言った。 「で、殿下、まさかここで今からやるんですか? まだ披露宴の途中……」 「この寝台は今日で取り払われる。一度も使ってやらないなんて可哀想だろ?」  ウィリアムは箱の中の薬を取り上げて、驚いたような声を上げた。 「これは下から入れる薬だそうだ!」 「え?」  ジアも慌てて瓶を確認する。何の説明も書かれていなかった薬の瓶に、筆で書いたような黒い文字が浮かび上がっていた。 「俺が握ったらこの文字が浮かび上がってきたんだ」  なるほど、薬の正当な継承者が触れることによって説明書が浮かび上がる仕組みなのかもしれない。しかしこれはジアにとっては悲報だった。 (てっきり飲み薬だと思っていたのに、下からって……一体どうやって入れるんだよ?) 「この瓶の先端は窄まっていて、底はゴムのように柔らかくなっている。入れるのはさほど難しくはなさそうだぞ」 「……簡単げに仰いますけど、そんな上手くいきますかね?」 「やってみれば分かるだろう」  ウィリアムがジアの服に手をかけようとしたので、ジアは慌ててその手を振り払った。 「じ、自分で! 自分で脱ぎますから!」  ジアは寝台に腰掛けると、もたもたと上着のボタンとズボンのベルトを外した。この王子とは既に一線を越えた仲だったが、なにせ肝心の記憶が無かった。既に処女は失った身であるが、ジアはまるで生娘のように緊張して震えていた。  ジアが薬の瓶に手を伸ばそうとしたので、ウィリアムがそれをそっと手で遮った。 「自分では無理だ。俺がやってやるからうつ伏せになれ」 (それはより恥ずかしいんですが……)  しかし確かに自分で入れるのは難しそうだった。膝を曲げてうつ伏せになる姿勢はかなり屈辱的だったが、相手の顔を見なくて済むのは幸いだった。ジアは枕に顔を埋めてぎゅっと目を瞑った。 「……あっ!」  冷たい先端を挿入されて、ジアは思わず身を固くした。すぐに生ぬるい感触が、穴の周辺を濡らしながらジア中へと流れ込んでくる。 (瓶を抜いたら薬が逆流して流れ出てしまうんじゃないか?)  ウィリアムも同じ事を考えていたらしく、既に対策を練っていた。つまり速攻で穴を塞ぐことにしたのだ。 「んあっ!」  冷たい瓶の先端が抜かれると同時に熱いものが突き込まれて、ジアは思わず呻き声を上げた。 「殿下! いきなりですか?」 「薬が出てきたら良くないと思ったんだが、なるほどそういうことか。なぜ下から入れるなんて非効率な薬にしたのか疑問だったが、潤滑剤代わりになるわけだ」  前回の事後の自分の下半身の痛みと流血沙汰を思い出してジアはゾッとした。 (あの時の記憶は無いけど、間違いなく潤滑剤なんて使ってなかったはずだ。性欲に狂った状態だったから無理矢理ねじ込んで問題なかったんだろうが……)  しかしこの薬はその辺りをちゃんと考慮されているのか、ウィリアムのそれはするりと入って全く痛みを感じることはなかった。むしろ何となく触れている場所がむず痒いような感覚を覚えた。ウィリアムは少しの間ジアの様子を伺っていたが、痛がっている様子がなさそうだったのでゆっくりと腰を動かし始めた。 「……ふっ……んっ……」  ジアは枕にしがみついて声を押し殺していた。ウィリアムのそれが自分の内壁をゆっくり擦るのがむず痒い。薬で濡れた中がグジュッグジュッと卑猥な音を立てて、聞いているだけで顔が火照りそうだ。 「あっ!」  急に体勢をぐるりとひっくり返されて、ジアは思わず悲鳴を上げた。目の前に秀麗な顔が現れて、途端に頭が真っ白になる。ウィリアムも白い目元を赤く欲情に染めてジアを見下ろしていた。 「んうっ!」  奥に突き込みながらウィリアムが体を沈めるようにしてジアに口付けした。思わずジアもウィリアムの背中に両手を回してしがみつく。上半身をぴったりと密着させて、下半身は波打つように律動している。注挿が激しくなるにつれて、二人の息遣いも段々荒くなってきた。 「ああっ!」 「くっ……!」  ジアの中でウィリアムがビクビクと痙攣し、二人はしばらく抱き合ったままの体勢ではあはあと息を切らしていた。ウィリアムが放出したものはジアの中に流れ込んで、先にジアの中を濡らしていた薬と入り混じって溶け合った。ウィリアムがずるりと自身を引き抜くと、余分な薬と性液がじわりと穴から溢れ出てその周辺のシーツを濡らした。 「……今回は血は出てなさそうだな」  ウィリアムがシーツにできたシミを見て満足そうに言った。 「お前も悪くなかったんじゃないか?」 「……薬の効果が大きかったんじゃないですか?」 「そうだな。でももう薬はないから、何か代わりになるものを用意しておかないと」  ウィリアムの反応から彼も満足したのだと分かって、ジアは何となくほっとした。 「本当にこれで子供ができるんでしょうか?」 「この世で最も力のある魔法使いが自信を持ってそう言うんだから、間違いないだろう。ただこの薬が一体どういう仕組みでお前を妊娠させるのかはよく分からない。男女が自然に子供を作る際も何度か回数を重ねるものだから、俺たちもその必要があるのかもしれない」  ジアは意外そうに目をぱちくりさせてウィリアムを見た。 「殿下、ずいぶんと乗り気なんですね。もしかして子供がお好きなんですか?」 「俺は愛されるより愛したいんだと言っただろう。無償の愛を注ぐのに最適な相手と言ったら自分の子供じゃないか? 俺は幼い頃に母親を亡くして、父は国王という特殊な存在だったから、家族に対する憧れが昔からあった。お前はどうなんだ? 子供はそれほど欲しいと思わないのか?」  ウィリアムの言葉を聞いて、ジアは幼い頃にとっくに諦め切っていたものの存在を思い出した。 (家族、か……)  貧民街出身の孤児の自分とお城で育った第二王子の彼。天と地ほどの身分の差があるにも関わらず、本当に欲しいと願っていたものが同じだなんて、何だか不思議な気がした。そう考えると目の前の男に対する愛情が急に溢れてきて、ジアは思わず微笑んだ。 「欲しいですよ、子供。まさか自分が産むことになるとは思っていませんでしたけどね」

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