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第36話 これからお前はどうしたいのか
「……まったく人騒がせな魔法使いだったな」
ウィリアムに声をかけられて、ジアはようやくはっと我に返った。
「殿下、さっきの話をどう思われましたか?」
ジアにそう聞かれ、ウィリアムは開いている宝箱の方に視線を投げた。
「そうだな、俺は物心ついた時から自分が鍵を持っていることを知っていたが、自分が誰かの生まれ変わりだったなんて考えたこともなかった。お前みたいに不思議な能力を受け継いでいるわけでもないし、知らないはずの場所の記憶があるとか、そんな現象もなかった」
ウィリアムはゆっくりとジアを振り返った。
「十八歳の誕生日の日に国中に鍵穴に関する御触れを出して、すぐにお前が捕まった。最初はただただ驚いただけだったが、今思えばそれからお前と過ごした日々を思い返すと、さっきの話にも頷ける気がする」
「そうなのですか?」
ウィリアムはふっと微笑んだ。傲慢な表情の彼には珍しく、柔らかい雰囲気の笑みだった。
「男と寝所を共にするだなんて、それまで一度も考えたことのないことだったから、最初は拒絶反応しかなかった」
(あ、そうだったんだ。やっぱりエドワード殿下にそこまで求めていたわけではなかったんだな……)
ジアは何となくほっとして小さくため息をついた。
「だけど不思議と、共に過ごす時間が長くなればなるほど嫌悪感は消えていって、なぜか親近感のようなものが湧いてきた。まるで長く一緒に過ごしてきた仲のような、それこそ最初は兄上の様だと思ったが、それも違う気がしていた。さっきの話を聞いて、それはきっとアーサー陛下がアルジアに向けていた感情と同じだったんじゃないかと思い至ったんだ」
ウィリアムに肩を抱かれ、ジアは思わず緊張してびくりと体を震わせた。
「お前は? お前は俺に対してどんな感情を持っているんだ?」
ジアはウィリアムの視線を避けるように俯いた。頭の中が混乱して、ぐるぐるといろんな感情が目まぐるしく回っている。
「俺は……正直よく分かりません。俺は男どころか、女性のことも一度も好きになったこととかなくて。殿下に対する感情がアルジアが持っていた感情と同じなのか……」
(いや、同じじゃない気がする。だってアルジアはアーサー陛下と結ばれないことを憂いて死を選んだんだ。それってとても深くて重たい感情だろう? それに気が付かないなんてことあるだろうか?)
歯切れの悪い言葉だったが、ウィリアムは腹を立てることもなく頷いた。
「当然だ。あの凄腕の女魔法使いがそう言うんだからきっと生まれ変わりには違いないだろうが、それでも前世とは別の人生を歩んできた別の人間だ。名前だって違うじゃないか」
「でもそれじゃあ、生まれ変わりって一体何なんでしょう?」
「あの女が言ってたじゃないか。前世の記憶や能力が戻ることもそうでないこともあるって。完璧に戻ればきっと生まれ変わりの意味が強くなる。逆にほとんど戻らなければ、俺たちは完全に別人格の人間となる。むしろ戻らないほうが、前世の人格に左右されずに好きなように生きられるんじゃないか?」
「そうなんでしょうか?」
「だから、お前はアルジアに引っ張られる必要はない。これからどうするかはお前自身が決められるんだ」
「これからどうするか、ですか?」
「そうだ。もう鍵穴の役目は果たしたんだ。報奨金をもらってこの城を出て好きな場所で暮らすか、俺の元に残るか」
ジアはハッとしてウィリアムを見た。若い彼の目には相変わらず自信家で傲慢な光が浮かんでいたが、今までにない深い青が湛えられているようにも見えた。それはエドワードのそれに近い、歳を重ねた思慮深さを現しているような気がした。
「殿下は、もしかして前世の記憶が戻っているのですか?」
「いや、記憶は戻っていない。だから俺の感情は俺のものなのか、アーサー陛下のものなのか正直よく分からないんだ。お前のことを思うのか、それともお前の中のアルジアを思うのか。どちらにしろ結果は同じことだが」
それは少し遠回しで分かりにくかったが、確かにウィリアムからの告白であった。ジアは目を逸らしたい衝動に駆られたが、真摯な気持ちから目を逸らすべきではないと判断して真っ直ぐウィリアムを見つめ返した。
「……殿下は俺に、ここに残って欲しいと思われるのですか?」
「そうだ」
ジアは少し迷った後、決心して口を開いた。これは前から少しずつジアの中で育ててきた、彼の将来の希望だった。
「俺もここに残りたいと思っていました。なりたいものがあるんです」
「なりたいもの?」
「俺、騎士になりたいんです」
意外な言葉にウィリアムは驚いた表情を見せた。
「何度か魔物の討伐に同行して、俺、全くの役立たずでしたけど、殿下や騎士団の人たちの活躍を直接見る機会を得ました。俺は今まで生きるのに精一杯で、働くのも食うためってだけで、自分のやりたいこととかなりたいものとか考えたことなかったんですけど、正直騎士団の人たちはかっこいいと思いました。村の人たちを助けて感謝されて、とてもやりがいのある仕事じゃないかと思ったんです」
ウィリアムは腕組みをして小さくうーんと唸った。
「騎士団員は外部から募集した場合でも、遅くとも十代から厳しい特殊な訓練を積んでいる。はっきり言ってお前の年齢では訓練を開始するのは遅すぎる」
薄々分かってはいたものの、ウィリアムの口からそうはっきりと言われてジアはやはり落胆の色を隠すことができなかった。
「そうですよね……」
「だがお前はこの国で最も力のある魔法使いの一番弟子の生まれ変わりで、実際特殊な力を受け継いでいる。精鋭の騎士として先陣を切ることは難しくても、その力を使って我が国に貢献する機会は必ずあるはずだ」
ウィリアムは再び優しい眼差しでジアを見た。
「騎士になれるかどうかは分からないが、魔物に脅かされる民を救いたいというのなら、ここに残って腕を磨けばその夢に近づけるんじゃないか?」
確かに、自分はドラゴンと話せるというアルジアしか持っていなかった特殊能力を受け継いでいるし、アルバートの目すら欺いたサキュバスを捉えるほど鋭い魔物に対する直感力がある。
(魔物に直接手を下す騎士団員はたしかにかっこいい。だけど、やりがいのある仕事っていうのは、自分の能力を最大限に活かせる役割を担って最高のパフォーマンスを出せる仕事のことなのかもしれない)
「……ただし、ここに残るということがどういうことか、本当によく分かっているか?」
「え?」
「アーサー殿下の時代と違って今は同性婚が認められている上、都合のいい薬までジョージアが置いていった。俺は前世も今も答えは同じだと言っただろ?」
自分がアーサーだろうがウィリアムだろうが、ジアがアルジアの記憶を持っていようが持っていまいが、目の前のジアを自分は求めている。ウィリアムが言いたいのはそういうことだろう。
「俺は……先ほども申し上げた通り、自分の気持ちがよく分かりません。殿下のことは多分、今まで出会った人間の中では一番好ましく思っています。でもそれが果たして、一緒にいる者としての正しい感情であるのか……」
「鍵穴の報酬の一つは高貴な身分、言うまでもなく俺の妃の座だ。もちろんお眼鏡に適った鍵穴に限った話だったが、お前がここに残ると言うのなら、俺はそれについて父上に進言するつもりだ」
「殿下、殿下と結婚したい素晴らしい女性はきっと星の数ほどいるでしょうに、こんなあなたのことを好きかどうか分からない、みたいなこと言っている男と結婚してもいいと仰るんですか?」
「ああ、お前が絶対嫌だと言わない限り、このまま推し進めるつもりだ。一度お前を手放したアーサー陛下の魂が叫んでいる気がする。もう二度とお前と離れることはできないのだと。」
ウィリアムはジアの髪を優しく撫でた。
「民のために尽くしたいというお前の希望はもちろん考慮する。力がつけば俺と一緒に魔物討伐にも参加できるだろう。ただし約束するんだ。もし妊娠したら、それらの活動は必ず中断すること」
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