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第35話 彼女の告白
人々は驚いて声のした方を振り返り、みな一様にあんぐりと口を開けた。だがこの場で最も驚いていたのはジアであった。
「え、シーナ?」
階級の低い使用人の制服を身につけた小柄な少女が、人々が開けた道の真ん中をゆっくり歩いてくる。ジアが見慣れたいつものシーナだ。だが、その歩き方は若い娘の軽やかな足取りではなく、妙にゆったりとして自信に満ち溢れた貫禄があった。彼女は一歩ごとに少しずつ本来の姿を表し始めた。樹木が成長するようにゆっくりと身長が伸び、髪の色は赤く染まり、顔つきも大人の女性のそれに変化していく。彼女が宝箱の前に着いた時、そこにはもうシーナの面影は一欠片も見当たらなくなっていた。背が高くて長い赤毛の大魔法使いジョージア、ジアが夢で見たまさにその人が今、ジアの目の前に姿を現していた。
「ジョージア様!」
アルバートが驚いて叫んだ。この場でおそらく彼女の顔を知っているのは、二番弟子のアルバートとジアだけであった。
「あんた今までどこ行ってたんですか!」
「悪かったな、アルバート」
「何世紀もフラフラとどこかに行ったきり帰ってこなくて、私の気持ちとか考えたことあります? てか帰ってきてたんならちゃんと言ってくださいよ! 侍女のフリなんかして!」
「だから悪かったって」
ジョージアはアルバートの頭を押さえつけると、国王陛下に向かってお辞儀をした。
「第十一代国王陛下にお初にお目にかかります。魔法使いのジョージアでございます」
「まさかまだ存命だったとは」
国王は相変わらず落ち着いた態度をとっていたが、さすがに動揺しているらしく指先が小刻みに震えていた。
「お前は初代国王の時代に建国を補佐した、この世で最も力のある魔法使いだと聞いている。なぜその後の王家には仕えず、弟子を残して出て行ったのか」
「恐れながら、誠に個人的な理由でございます」
ジョージアは微かに目を伏せてそう言った後、ジアを振り返った。
「ジア、体の具合はどうだい?」
ジアはそれには答えず、ジョージアをきっと睨みつけた。
「いつからシーナのフリをしていたんですか? 彼女は今どこに?」
「フリも何も、最初から私がシーナだよ」
「え?」
「というより、シーナでいた期間が一番長かっただけで、色んな姿を取りながら常にお前の側に居たんだよ。お前が赤ん坊の時は二十代の母親に近い女の姿で、物心ついた頃からはまめに姿を変えて、お前の面倒をみていたのさ」
「ええっ?」
ジアには親代わりの人間や特定の庇護者がいた記憶はなかったが、確かにあの貧民街で赤ん坊や小さな子供が何の助けも無しに一人で生きていけたはずがなかった。まさかこの大魔法使いが姿を変えながら常に自分を保護していたとは。
アルバートは相当驚いたらしく、顔面蒼白になりながらジョージアに詰め寄った。
「彼は……ジア様は、一体何者なのですか?」
「お前ならもう分かるだろう? 私たちの息子の魂を引き継ぐ者だよ」
その場にいた人々は混乱してジョージア、アルバート、ジアの三人を交互に見ていた。エドワードも動揺していたが、聡明な彼は混乱した群衆の中でも何とか正しい答えに辿り着いていた。
「つまり、ジョージア様とアルバートの息子がアルジアで、ジアはそのアルジアの生まれ変わりということか?」
「ご明察です、第一王子殿下」
ジョージアの声にその場は再び騒然となった。
「何だって? あの鍵穴を持つ青年が大魔法使いの一番弟子の生まれ変わりだって?」
「アルバート様がジョージア様の夫だったのか?」
「しかしアルバート様は二番弟子だろう? 息子の方が一番弟子っておかしくないか?」
「いや、魔法使いの寿命は長い。ジョージア様の血を引いているなら、アルジアの方がアルバート様より強い力を持っていてもおかしくないだろう。後から生まれて後から弟子になったアルジアが一番弟子の座に着いていたとしても、なんらおかしくはないぞ」
アルバートは信じられないといった表情でジアを見た。
「アルジアの、生まれ変わり?」
その時、国王が重々しく口を開いた。
「ジョージア殿、鍵と鍵穴の伝説は貴殿が作ったものなのかね?」
その場にいた全員が振り返り、国王とジョージアを交互に見た。ジョージアは神妙に頭を下げた。
「仰る通りでございます」
「伝説では鍵と鍵穴が揃った時、貴重な宝物の収められた宝箱の蓋が開くと伝えられてきた。該当する人間が見つかるまで、王家では代々宝箱を引き継ぎ守ることが義務とされてきたのだ。ジョージア殿、この薬は一体なんなのだ? 貴殿はどのような意図でこの伝説を作ったのだ?」
ジョージアはゆっくりと頭を上げた。目には異様な光が宿っている。
「第二代国王アーサー陛下が亡くなられる前、陛下の魂に鍵を付与しました。いつか陛下の魂がその子孫に生まれ変わったときにすぐに見つけられるように。一方私の息子の魂には鍵穴を付与しました。二人が来世では必ず結ばれるよう、鍵と鍵穴の伝説を作ったのです。その箱の薬は男でも妊娠して子供を産むことが可能になる薬で、私が息子の死後に完成させました。箱が開いたとき、生まれ変わった彼らに最も相応しい贈り物だと思いました」
あまりの話の内容に、その場にいた全員がぽかんと口を開けてジョージアを見ていた。まさか王家に代々受け継がれてきた伝説が、一人の魔法使いの個人的な都合でしかなかったなんて!
「つまり我々の先祖であるアーサー陛下と、貴方の息子のアルジア殿は深い仲だったにも関わらず結ばれなかったということですか?」
この場で恐らく一番最初に我に返ったのであろうエドワードが質問した。
「仰る通りです。当時この国では同性婚は認められていませんでした。アーサー陛下は父親である初代国王陛下が決めた女性と結婚し、私の息子は心労もあって病で亡くなったのです」
「確か我が国で同性婚が認められたのは第三代国王陛下の代からです。この件と無関係とはとても思えないのですが、貴方の力なのですか?」
「アーサー陛下に鍵を付与してすぐに私は王都を去りました。私が去った理由を知っていたアーサー殿下の遺言によって、第三代国王陛下が法律を変えられたのです。私が戻って再び国のために働くことを望まれたのでしょうが、アルジアに対する懺悔の意も込められていたのだと思います」
謁見の間はしんと静まり返った。ジアは何とも居た堪れない気持ちで足元を見つめていた。
(俺が大魔法使いの息子の生まれ変わりだって?)
急にそんなことを言われてもにわかには信じ難い。それはウィリアムも同じだった。
「つまり、俺はアーサー陛下の生まれ変わりだということですか?」
「その通りです」
ジョージアが肯定したが、ウィリアムはすぐに首を振った。
「そう言われても記憶があるわけでもなし、とても信じられません」
「鍵を持った者がアーサー陛下、鍵穴を持った者がアルジアです。私がかけた魔法ですので間違いありません。実際二人が結ばれたことによって箱が開きましたね?」
ジョージアにど直球にそう言われ、ジアは頬がかっと火照るのを感じた。
「前世の記憶や能力は戻る場合と戻らない場合があります。完全には戻らなくても断片的に戻ったりすることもあります。どうかこれまでの人生で何か不思議なことはなかったか、思い出してみてください」
ジョージアはそう言うと、頬を赤らめて下を向いているジアの頭を大きな手のひらで優しく撫でた。愛しげに何度か髪を撫で付けると、そのまますたすたと元来た道を戻って謁見の間から出て行ってしまった。
「ちょ、ジョージア様!」
一瞬遅れて我に返ったアルバートが慌ててジョージアの後を追った。二人が出ていくと、人々はまるで魔法が解けたかのようにガヤガヤと口を開き始め、謁見の間は再び喧騒に包まれた。ジアが恐る恐る顔を上げたとき、目の前に威厳のある国王陛下の顔があって、ジアは危うく飛び上がりそうになった。
「へ、陛下……」
(どうしよう。絶対この人怒ってるよな? 金銀財宝とか不老長寿の薬とかを期待してたはずなのに、まさかのこの人たちには何の価値もない薬が宝箱の中身だったなんて……)
挙動不審になっているジアに、しかし国王は思いの外穏やかな口調で話しかけた。
「我ら王家の子孫は詳しい話までは伝えられていなかったが、性別に関係なく愛し合う者たちの尊厳を認めなければならないと教えられてきた。その理由が今まさに明らかになった。お前たちの尊厳を認めなかったために、我が先祖は大魔法使いの庇護を失ったのだ」
国王はジアの肩に重い手をそっと置いた。
「アルジアに償うことは叶わないが、ジアよ、お前が代わりに我らを許してはくれまいか」
「そんな……恐れ多いことにございます」
国王はジアの返答などとうに予想済みだったらしく、何も言わずに頷くとジョージアたちの後を追うように謁見の間から出て行った。国王陛下が退出するのを確認した臣下も次々と出ていき、その場にはジアとウィリアムの二人だけが残されたのだった。
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