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第34話 王家の悲願

「はっ!」  気がついた時、ジアは海岸ではなく、お城の自分の部屋の寝台の上に仰向けに寝転がっていた。 (さっきのは一体何だったんだ? 夢なのか?)  しかしなぜ自分がよく知りもしない大魔法使いとその弟子の夢を見たのかさっぱり分からない。 (ていうかアルジアってジョージアの息子だったのか? もしそれが本当なら、さっきのはただの夢じゃなくて、何か意味のある暗示かもしれない。だって俺は二人が親子だったなんて話聞いたことがないんだから)  さっそく起きあがろうとしたジアだったが、下半身に激痛が走って思わず悲鳴を上げた。 「痛った!」 「うう……」  ふと見ると、自分の腰に腕を巻きつけて眠っている金髪が目に入った。ジアが身じろぎした時に一瞬起きかけたが、軽く唸り声をあげただけで再び眠りに落ちたようであった。  自分にくっついて眠っている乱れた姿のウィリアムを見て、ジアは夢に落ちるまでの記憶が蘇ってさあっと青ざめた。 (やっっっっっっっちまった!)  記憶の中では口付けまでだったが、下半身に感じるこのひりつくような痛みは、間違いなく最後まで致したことを物語っていた。 (やばい、打首になる! い、いや、別にいいのか。みんなこれを望んでいたわけだし。いやでも宝箱を開けるのが目的だから、こんなところでしたって何の意味もないだろ。王族に対する不貞行為の罪……いや、やられたのは俺だし、いやでも誘惑したのは俺なんだよな……)  その時、慌ただしく廊下を走ってくる足音が聞こえた。嫌な予感通り、その足音はジアの部屋の前で止まってドンドンと激しく扉を叩く音に変わった。 「ジア様! いらっしゃいますか? 開けてもよろしいでしょうか?」 「ぎゃー! ちょっと待ってください! お願い開けないで!」 「……何だ? 何事だ?」  騒がしい物音にウィリアムもようやく目覚めたらしく、目をこすりながら起き上がった。 「あ……殿下、お、おはようございます」  乱れた様子のジアと自分に気づいても、ウィリアムは特に驚いた様子も見せずに上品なあくびをした。 「外にいるのはアルバートか?」 「で、殿下もいらっしゃったのですね? ということはもしや……」 「こんな朝早くに一体何事だ?」  アルバートは一瞬黙った後、神妙な声で要件を告げた。 「殿下、宝箱が……宝箱の蓋が開きました」 「何だと?」  ジアとウィリアムは驚いて顔を見合わせた。 「宝箱の前でやらないと開かないんじゃなかったのか?」 「殿下、それは詰まるところ、そこで致されたということでしょうか?」 「悪い、切羽詰まっていて移動する時間がなかったんだ」 「!!!」 「違うんです! これには深いわけが……」  ジアが悲鳴を上げたが、二人とも宝箱に気を取られてジアの羞恥心にまで考慮している余裕はないようだった。 「それで、中身は見たのか?」 「それが、何かの薬の瓶のような物が入っていたのですが、一体何の薬か分からないのです」 「分かった。とりあえず俺たちも行ってみよう」  ウィリアムは寝台から素早く立ち上がると、恥じらう様子も見せずにパンツ、ズボン、シャツと乱れた衣服を一つ一つ整えた。一方のジアは、痛みを何とか堪えて立ち上がったものの、足の間からつうっと垂れるものを感じて再び赤面した。 (何てこった! 中出しされたのか? いや、別に女じゃあるまいし、何も心配することとかないんだけど……) 「大丈夫か?」  けろっとしているウィリアムを見ていると何だか少し腹が立ってきて、ジアはむすっとして答えた。 「大丈夫ですよ。ただ俺、何も覚えていなくて……」 「実は俺も覚えていないんだ」 (何ぃ?!)  だからこの王子は何の恥じらいもなくこのようにけろっとしていられるのか? ジアは記憶は無いとはいえ、体に残された痕跡で肉体関係があったことを生々しく感じているが、挿れただけの相手は記憶がなければ本当に何も無かったのと何ら変わりないはずである。 (そりゃ記憶が無いのに越したことはないんだろうけど、なんて言うか……これって不公平じゃないか?)  ジアは痛みを堪えながら、半分意地で身なりを整えた。 「おい」  不意に声をかけられて、ジアは不機嫌そうに振り返った。 「何ですか?」 「お前、ズボンに血がついてるぞ」 「えっ?」  ジアが慌てて下着を脱いで確認すると、確かに白濁した粘液と混じって血痕のようなものが残されていた。 (こんの、ど下手くそがあぁぁ!!!)  ジアは思わずウィリアムをきっと睨みつけたが、彼は向こうを向いていて気が付かないようだった。洋服ダンスを漁っていた彼は目的のものを探し当てたらしく、満足げにこちらを振り返った。 「ほら、あったぞ」  無駄に上質な生地のパンツとズボンを渡されて、ジアは怒る気力も失せてしまった。 「本当は入浴してから行きたいところだが、時間がないからせめて汚れた衣服だけでも替えていこう」 「……」  ジアがむすっとしながら着替えて部屋を出ようと扉の前に立った時、背後からウィリアムがジアの腰に手を回し、耳元に口を近づけて囁いた。 「無理させたみたいで悪かった」 「!!!」  そのまま扉を開けて先に出て行ったウィリアムの後ろ姿を、ジアは一瞬魂が抜けたように呆然と見送っていた。 (……って、何も覚えて無いくせに!!!)  ジアとウィリアムが駆けつけた時、謁見の間には大勢が集まって騒然となっていた。 「あの、宝箱ってこの部屋にあるんですか?」 「そうだ。お前が最初に俺と顔を合わせた場所だ」 (いやまさかとは思うけど、あの時あわよくばそのまま宝箱を開封させるつもりだったんじゃないだろうな……)  ジアがブルっと身震いしていると、二人に気づいた騎士団員の一人が大きな声を出した。 「ウィリアム殿下とジア様がいらっしゃったぞ!」  途端に騒然としていた間が静まり返り、その場にいた人々が次々と跪いていく。人々が姿勢を下げたことによって、部屋の奥にポツンと置かれた宝箱の周りに立つ国王陛下とエドワード、それにアルバートの姿を見ることができた。 「父上」  ウィリアムが人々が開けた道を通って国王の前に跪くと、父王は厳かに頷いた。 「ウィリアムよ、よくやった」 「いえ、父上、私にも何が起きているのかよく分からないのですが……」 「務めを果たしたことはお前たちの顔を見れば分かる」 (いや、何で分かるの!?)  思わず両手で自分の頬を触ったジアを見て、エドワードが吹き出しそうな表情をした。 「しかし父上、この瓶の中身は一体何なのでしょうか?」  ウィリアムの問いに、国王は重々しく首を振った。 「分からない。限りなく貴重なものであることは間違いないはずなのだが、何の説明も同封されていないのだ」 「父上、もしかして不老不死の秘薬なのではないでしょうか?」 「もちろんその可能性もあるが、よく分からない薬を人の体で試すわけにはいかない」 「そんな! 宝箱の開封は我が王家の長年の悲願だったというのに……」  王家の三人があれやこれやと議論するのを聞きながら、ジアはふと先ほど見た夢のことを思い出した。 (いやまさか。いや、でも何だろう。嫌な予感がする……) 「……あの、ウィリアム殿下」  遠慮がちなジアの声に、議論していた三人がさっと振り返った。 「どうした?」 「あの、実は俺、目覚める前におかしな夢を見たんです」 「おかしな夢だと?」 「父上、ジアは魔法使いではありませんが、ドラゴンの卵を引き当てたりサキュバスの正体を見抜いたりと、時々不思議な力を発揮するのです。彼が不思議な夢を見たと言うのはかなり考慮すべき事案かと」  エドワードにそうお墨付きを付けられるとジアは逆に言いづらくなってしまったが、言い出したものを今さら引っ込めるわけにもいかず、仕方なく先を続けた。 「俺はよく知らないんですけど、このお城に来て初めて知った大魔法使いジョージアとその一番弟子のアルジアの夢で、アルジアは実はジョージアの息子だったらしいんですけど……」 「何だって?」  驚いて大声を上げたのは王家の三人ではなくアルバートだった。 「それを知っているのは私だけのはずだ。なぜそれを貴方が知っているのですか?」 (やはりあれはただの夢じゃなかったんだな。ということはこの薬は……いや、そうでない可能性だってあるけど……)  長年の王家の悲願だったという宝箱の開封。その中身がまさか、男性でも妊娠できる魔法の薬かもしれないなんて。ジアには口が裂けても言えなかった。 (どうしよう。もちろん違う可能性だってあるけど、あのタイミングであんな夢を見たのにはきっと理由があるはずだ。なんて言えばいいんだろう?)  ジアが血が滲み出そうなほど下唇を噛み締めたその時、静まり返った広間に高らかな女性の声が響き渡った。 「その薬の正体が知りたいかい? ならばそれを作った張本人が説明してやろうじゃないか」

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