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第三章 森の薬師ときこりの勇者 第二話 勇者と伴侶の夜*
メアリー・アンたちとはともに昼食を取った後、少し作業をしてから別れた。
彼女はニコたちの生活にはあまり介入しない。
食事だって自分たちで用意するし、小屋に来ることもない。幼いながらに弁えているな、と思うのだ。
メアリー・アンには王侯貴族特有の傲慢さがほとんどない。
ニコのことも薬学の師匠として素直に慕う様子を見せてくれる。
しかし、彼女は「勇者」を諦めることをしない。
そのことにニコはどうしても違和感を覚えてしまう。
幼いながらに美しく聡明な彼女は、きっと相手を「勇者」に限定せずとも婚姻の相手には困らないはずだ。
確かに、彼女の言う「王女が勇者と婚姻を結ぶ意義」はそれなりにあるのだと思う。
しかし、どうにもメアリー・アンは必死すぎるような気がしてしまう。
それは何故だろうか。
うーん、と頭を捻っていると、大きな手がニコの裸の肩にぽん、と置かれた。
「ニコ、なんか悩んでる?」
お湯、熱い? と問われてニコは首を横に振る。
ぱしゃり、とかけられた湯の温度は丁度良くて、ニコの火傷痕だらけの肌にも心地いい。
ニコは数日前に完成した浴室で、ハロルドとふたり風呂に入っていた。
たっぷりと湯の張られた浴槽は、なんとお湯を沸かせる竈付きで、しかも寒い冬に備えて浴室内から薪をくべられるようになっている。
いい匂いのする石鹸で身体を丁寧に洗った後お湯に浸かるのは、風呂が久しぶりのニコにとっては何よりの贅沢だ。
「悩んでるっていうか、メアリー・アン王女について考えてた」
「ふぅん」
洗い場で木の椅子に座っていると、石鹸を泡立てた手巾でハロルドが背中を洗ってくれる。
撫でるように優しく肌を滑る布の気持ちよさに、ニコは思わず目を細めた。しかし、心なしか背後からの視線が冷たい。
人前では優しくて大らかな勇者のくせに、ニコの前――特にニコの交友関係についてハロルドは厳しいのだ。
相手があのメアリー・アンだとしても、ニコの意識が自分以外へと向くのが嫌なのだろう。
その少々幼稚な悋気に苦笑して、ニコは左手を後ろ手に伸ばした。
背後にいるハロルドの頭を撫でれば、ハロルドは拗ねたようにニコの手にすり寄ってくる。
「王女殿下に焼きもち焼いてるのか? 相手は十二歳の女の子だぞ」
それも彼女はお前に求婚しているのに、と言うと、だって、と返ってくる。
「ニコは、ああいう一生懸命な子が好きだろ」
「まぁ、嫌いじゃないな」
事実、ニコは真面目で素直なメアリー・アンを気に入っている。
薬学の弟子としては大変優秀だし、意欲があり教えた以上のことを理解しようとする姿勢もある。
けれど、ハロルドが心配するようなことは何もない。
ただ一生徒として素直で可愛らしいと思うだけだ。
「お前が心配するようなことは何もないよ。そもそも幼すぎる」
「……俺だって、ニコにとってはまだまだ子どもだろ」
「否定はしないけど、ちゃんと子どもじゃないって知ってるよ。それとも、子ども扱いでいいのか?」
「よくない……」
後ろから抱きしめられて、顎を取られる。無理やり上向きにされた唇に噛みつかれて、ニコは仕方がないな、と嘆息する。薄く唇を開けると、すかさずそこにハロルドの分厚い舌が入ってきた。
先日、舌を絡める口づけを許してから、ハロルドはそれを頻繁に求めるようになった。
舌の吸い方も口内の愛撫の仕方も全てニコが実地で教えたのだ。その甲斐あってか、ハロルドの口づけは全てがニコ好みで心地いい。
浴室を作っているときから、ハロルドは完成したらニコと一緒に風呂に入りたいと言っていた。
それはきっとこういうことだったのだ、とニコが気づいたのは、初めて浴室でともに身体を洗い合い、キスをし合った数日前のことだ。
「ぅ……、ん、ぁ」
「ニコ、触っていい?」
散々口の中を嬲られて、何度も唇を食まれた。
粘膜が触れ合えば、枯れかけたニコの欲望もまた微かに熱を帯びてくる。もうずいぶん色事から離れていたニコですらそうなのだ。年若いハロルドではなおさらだろう。
深い口づけを何度か交わすうちに、昂った欲望をお互いで鎮めることも覚えた。
挿入はまだしていないけれど、ニコの傷だらけの身体に触れるのをハロルドはことさら好んでいる。
最初は当然戸惑いがあった。ニコにとってハロルドは元養い子で、彼が幼い子どもだった頃から知っているのだ。
伴侶となり、彼の全てを受け入れる覚悟を決めたとしても、その違和感は急には拭えない。
それを理解していたからこそ、ハロルドはゆっくり丁寧にニコの身体を拓いていった。
頑ななニコが怯えないように。もう自分は幼い養い子ではないと教えるように、ハロルドは執拗にニコに触れる。
今だって、一応の了承を取ろうとするけれど、ハロルドはニコが断らないのを分かっているのだ。
口付けで潤んだ目でハロルドを一瞥して、ニコはハロルドの懇願にゆっくりと頷いた。
触れ合うことは嫌いではない。ハロルドに大切にされていることがよく分かるからだ。
「じゃあ、家に戻ろ」
「ここでするんじゃないのか?」
「こんなところでしないよ。身体キツいでしょ」
そう言ってハロルドは浴室の隅に置いていた布でニコの身体を丁寧に拭き、そのままその布で全身を包みこんだ。
自分の方はずいぶんおざなりに拭って、ニコを抱きかかえて外に出る。
「ニコに触るなら、寝台の上がいい」
夏はこういうことが出来るからいいね、と無邪気に笑うハロルドは、しかし少々乱暴な手付きで小屋の扉を開けて寝台へとニコを運んだ。
ハロルド自身が新調した寝台には、たっぷりと新しい藁が敷き詰められている。
その上に清潔な布がかけられていて、いつでも柔らかくて温かい匂いがした。
そこにニコは裸のままでゆっくりと下ろされた。痩せたニコの身体の上に、逞しいハロルドが覆いかぶさってくる。
ニコの身体にはたくさんの傷がある。
かつて軍所属の魔術師として魔族と戦ったときの傷だ。その中でも最も大きく深い傷が、黒焔帝との戦いで負った右半身のほとんどを覆う火傷の痕だ。
引き攣れてぼこぼことしたニコの肌は痛々しく、乱暴に触れることは躊躇われるのだろう。
だから、ハロルドはいつもその大きな手で慎重にニコに触れる。
優しく、ゆっくりと、まるでニコの輪郭を確かめるように全身を撫でて、それからようやく口づけをしてその先を求める。
小さな洋燈の灯りだけが、ぼんやりとその秀麗な顔を照らし出していた。
「あっ」
「痛い?」
腹を撫でていたハロルドの手がニコの下腹部に差し掛かった。
肉がほとんどついていない薄い腹のさらにその下に、ニコの緩やかに勃ち上がった陰茎があった。
それを掠めるように触られて、思わず声が漏れた。
「痛くない」
ハロルドの問いに、ニコは首を横に振る。
余裕そうなハロルドの態度が妙に腹立たしくて、ニコもその逞しい身体に左手を伸ばした。
左の首筋から右脇腹にかけてくっきりとついた傷跡に手を這わせて、その傷を確かめる。
他とは違う、つるつるとしたそこは皮膚が薄く触れるとくすぐったいらしい。
これは、魔王に付けられた傷だという。ハロルドが魔王を討ちとった際、最後の切り合いで両者は深手を負ったのだ。
勇者の持つ聖剣は魔王の心臓を貫き、魔王の剣は勇者の首と胸を切り裂いた。
おそらく、ハロルドが何度も言う「死にそうだったとき」とはこのときのことだ。
実際、ハロルドは死にかけるほどの大怪我を負ったのだろう。
ハロルドとともに旅をした勇者一行の僧侶は、どんな傷でも瞬く間に治してしまうほどの治癒魔術の使い手だ。噂によると失った腕すら生やしてしまうらしい。
そんな僧侶ですら完全には癒せなかった傷だ。
どれほど深く、どれほどの呪いがかけられていたのか想像に難くない。
ニコはこの傷を見るたびにハロルドが生きていてよかった、と強く思う。同時に、彼が望むことはなんでも与えてやりたいとも思うのだ。
口付けを交わしながらお互いの身体にゆっくりと触れていく。
ハロルドの手のひらは体温が高く、とても心地がよかった。
彼と口づけ以上の触れ合いをすることになって、最初はもちろん少しだけ抵抗があった。
成長したハロルドにずいぶん慣れたとはいえ、その無邪気な笑顔を見ているとどうしても子どもの頃を思い出してしまう。
けれど、ハロルドはそんなニコの複雑な心境に気づいていたのだろう。
性急にことをすすめることはなく、こうしてゆっくりとニコと触れ合うことを望んでくれた。
若い欲望はきっとすぐにでもニコを暴きたいはずなのに、ハロルドは決してニコの嫌がることはしない。
それこそまるで繊細な硝子細工にでも触れるような手つきで、ひとつひとつ確かめながらニコの身体に触れてくるのだ。
ハロルドの指先がニコの下腹部に触れる。火傷の痕と正常な皮膚の境を人差し指でなぞって、腰の硬い骨を撫でた。
そのまま陰茎に触れたかと思えば、自らの腰をニコのそれに擦り付けてきた。
体格に見合った逞しいハロルドの陰茎が、ニコの肌に触れる。
興奮してそそり立った雄は、幼い頃とは比べ物にならないほど凶悪な見た目をしていた。
「ん……ッ」
二本の陰茎を大きな手がまとめて握りしめる。
溢れる先走りを塗り込むように、上下にしごかれてニコはその細い身体を震わせた。同時に、何かに耐えかねたようにハロルドがニコの唇を奪った。
それはまるで食らいつくような口付けだった。
ニコの薄い唇をハロルドの大きな口が噛みつくように覆って、口腔内を分厚い舌が舐め上げる。
「はぁ、あッ、ハロルド……」
「ニコ、ニコッ」
口付けの合間に名前を呼べば、同じようにハロルドがニコを呼んだ。
――ニコ、好き。愛してる。
何度もそう囁かれ、ニコは両腕を伸ばしてハロルドの首に縋りついた。
傷のあるハロルドの胸と火傷で爛れたニコの肌がぴたりと触れ合う。
手を動かしにくくなったらしいハロルドからは、不満げな視線を送られたけれどニコは身体を離すつもりはなかった。
湯浴み後の清潔な肌が、汗でしっとりとしていた。
ハロルドの手がニコの陰茎を容赦なく刺激してくる。柔らかい先端や敏感な裏筋がお互いのものと触れ合うと、大きな快楽が生まれた。胎の奥に慣れた熱を感じて、ニコはぎゅっと目を瞑る。
「あ、あ、あ、ハロルド、イキそう……ッ、手ぇ、はなせっ」
「駄目だよ、ニコ。このまま一緒に」
ちゅうっと唇を吸われた。滾る欲望が大きくなって、身体の中をせり上がってくる。
「ンん――ッ」
「ニコ……ッ」
達したのは同時だったように思う。
溢れるふたり分の白濁をハロルドが器用に手のひらで受け止めた。ニコはハロルドに縋ったまま、必死で息を整えていた。
「眠い?」
「ん」
とろとろと瞼の落ちてきたニコを見て、ハロルドが言った。
体力のないニコは一度達するとすぐに睡魔に襲われるのだ。
日中の疲れもあって、ニコはもはや指先ひとつ動かせないほどに眠たかった。睡魔に必死に抗いながら、ニコが何とか目を開けて頷けば、ハロルドが蕩けるような笑みを浮かべてニコを見ていた。
「おやすみ」
そう言ってハロルドはニコの額に口づけた。
温かな寝台に横たえられて、ニコはそのまま瞼を閉じる。
体に感じるのはほどよい疲労感と、射精したことによる解放感。それから、大きくて温かなハロルドの腕に抱き込まれる幸福感だった。
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