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終章 光の勇者と神緑の魔術師 第四話 勇者と伴侶の新しい関係
一緒に暮らし始めて、ニコがハロルドの伴侶になってくれて、もう何度もこうして口付けを交わしている。
ニコの唇は柔らかくて、甘くて、口づけるだけでハロルドの脳みそはいつだって溶けてしまいそうだった。
角度を変えてハロルドがその薄い唇を啄んでいると、応えるようにニコがハロルドの唇を吸う。そのまま舌で唇を舐められて、ハロルドはニコの舌を自らの口腔内に招き入れた。
ニコの口づけは巧みだ。それまで何も知らなかったハロルドを手ほどきし、丁寧にそのやり方を教え込んだ。
慣れた様子ではないものの、決して初めてではなさそうなニコの過去に、嫉妬心がないわけではない。きっとこれまでも彼に触れて、より深く繋がった相手がいたのだろう。
しかし、ニコはハロルドよりもずっと年上なのだ。
ハロルドは彼の若い頃を知らず、出会ったときのニコはすでに手練れの魔術師だった。
そんな彼が伴侶として選んでくれたのは紛れもなく自分だ。ニコの最初の男にはなれなかったけれど、最後の男には絶対になってやると思っている。
そんなことを考えながら、ニコの口づけに必死で応えていたときだった。ニコの左手が不意にハロルドの上着の中に入って来た。
「に、ニコッ!?」
少しかさついた指先がハロルドの腹筋を辿って、胸元まで上がってくる。
その淫靡な空気に、ハロルドは思わず口づけを止めて身体を離してしまった。
「ハロルド」
「ニコ、んん、何、駄目だよ」
「何で?」
逃げるハロルドを追いかけて、ニコが再びハロルドに口づける。そのまま耳をべろりと舐められて、ハロルドの腰が大きく跳ねた。
「だって、さっき起きたばっかりで、病み上がりでしょ」
これ以上触られると続きをしたくなっちゃう、と言えば、すればいいのに、なんてニコが妖艶に笑う。
「病み上がりって言っても、怪我は何にもないんだぞ」
そう言ってニコは自らの着ていた上着をはだけた。
爛れた右半身と腹部の真ん中にあるつるりとした新しい皮膚。メアリー・アンの力で治癒した腹部には、確かにニコの言うとおり傷ひとつなかった。
「でも、体力とか……」
「三日も寝てたんだ。もう元気だよ」
ニコはぐっとハロルドを寝台に引き寄せた。そして衣服を脱ぎながら言う。
「騒がしくなりそうだから、しばらく出来なくなりそうだし」
大人しくしろ、とニコの手がハロルドの上着を脱がしていく。ボトムを止める紐を器用に片手で外して、そのままハロルドに乗り上げてくる。
「やるの?」
「うん。出来れば、今日は最後までしたい」
「え!?」
最後まで、という言葉にハロルドは大いに動揺する。
最近、ニコとは裸で触れ合うようになったけれど、最後――つまり挿入まではしたことがなかった。
そういう行為が久しぶりだというニコの身体を慣らすために、ゆっくり丁寧に後ろを拓いている最中だったのだ。
正直、ニコの身体はまだ準備が万全というわけではなかった。
指はようやく三本入るようになったし、ニコが中でそれなりの快感を拾っている様子もある。けれど、ハロルドのものはその体格に合わせて、長さと質量がある。きっと挿入にはひどい圧迫感と痛みが伴うだろう。ハロルドはニコには一切の痛い思いをさせたくなかった。
ハロルドはニコが自分のことを「家族」以上に見ていないことを知っている。ニコにとってハロルドは未だに幼い養い子で、守ってやらなければいけない存在のはずだ。
慈しんで愛おしんで、大切に大切にしなければいけないと思われている。
だからニコはハロルドの望みを何でも聞いてくれるし、ハロルドの愛を受け入れてくれたのだ。
そこにハロルドと同じような狂おしいほどの想いはきっとない。
故に、こうした伴侶としての触れ合いは、ハロルドだけが一方的に望んでいるはずだった。
その証拠にこれまで拒否はされなくても、彼から触れ合いを望んでくれたことなど一度もなかった。
それなのに、今日に限ってどうして。
戸惑う様子のハロルドを見て、ニコは苦笑する。
そして「そんな顔をするなよ」とハロルドの額に口づけた。
「ちゃんと愛してるよ」
「それは知ってるけど」
ニコがハロルドを愛してくれているのは分かっている。
九年も前から、ニコはハロルドを自らの命よりも大切に思ってくれていた。
「でも、別にニコはやりたいって思わないだろ」
ニコの愛は疑ったことはない。けれど、その愛に性欲は伴わない。
そのことを知っているからこそ戸惑うのだ。
しかし、そんなハロルドにニコは笑う。
「これまでは、確かにお前が望むようにしてやりたいってしか思ってなかったけどな。でも死にかけたときに後悔したんだ」
「何を?」
「もっとお前に『愛してる』って言えばよかったって」
「そんなの、言わなくても分かってるよ」
唇を尖らせて拗ねたように言うハロルドの髪を、ニコがあ~、もう! と言ってぐしゃぐしゃとかき混ぜた。乱された金髪の隙間から、ハロルドはニコを見た。
ニコは微かにはにかんで、言いにくそうに言葉を濁す。その見たことのない彼の様子にハロルドの胸は一気に高鳴った。
「難しいな、どう言えばちゃんと伝わるんだろう。俺はお前を家族だとずっと思ってるけど、これからお前が望む新しい関係を築くのだって嬉しいんだよ」
「新しい関係?」
「そう、ちゃんと伴侶としての、な。これまでの親子みたいなやつじゃなくてさ」
「……伴侶として」
つまり、それを端的に表したときにたどり着いたのが、性交なのだろうか。
突然のニコの言葉に戸惑うハロルドに、うーんと首を捻ったニコがさらに続ける。
「だから、その、なんというか、決意表明、的な?」
「決意表明で、俺に抱かれるの。ニコ」
「言い方が悪かったか?」
困惑するハロルドにニコが頬を擦り寄せてくる。
その甘えるような仕草が珍しくて、なんだか擽ったい。
――決意表明。
どうだろう。その言葉は嬉しいような、ちょっとずれているような、よく分からない感情をハロルドに齎した。
けれども、ニコが上手く言えない、と言いながらもハロルドに伝えようとしてくれている想いは何となく理解出来た。
「じゃあ、つまり、ニコはちゃんと俺のことをひとりの『男』として愛してくれてるってこと?」
「そりゃあ、そうだろ。じゃなきゃ、抜き合いだってしない」
やっぱり伝わってなかったじゃないか、と言うニコに、ハロルドは抱き着いた。
どうやらニコはハロルドが思っていた以上に、ハロルドの気持ちを受け入れてくれていたし、それに応えようとしてくれていたのだ。
ニコの右頬にある大きな火傷の痕をハロルドは自らの唇で辿る。
少しぼこぼことしていて引き攣れた薄い皮膚は、ニコが命がけでハロルドを守ってくれた証だった。
ハロルドが愛おしくて好きで堪らないと思う、ニコを構成する部分のひとつだ。
細い身体を優しく寝台の上に押し倒す。敷布の上にニコの美しい群青の髪が広がって、まるでそこに青い花が咲いているようだった。
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