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第5話
「――燃やしてしまえ」
退屈に飽いたジュシュの、乾いた声であった。
柳の枝に、赤い鱗の龍がからみついたような高殿である。建物のうちから生えだした茘枝 が枝をからませ、鈴なりにつけた実が、まるで龍の鱗に見えるというので朱鱗 殿と名がついた。
黒馬を歩ませたジュシュの一行が宮門を押し開いて進むと、真っ直ぐに朱鱗殿をめざして居を定め、占拠してはカロンの一双を自ら名乗り、その位に上った。
手には番の証である翡翠の割り符を見せびらかすのだから、誰もこれを追い出すことなどできなかった。
カロンの番とは、ジュシュのこと。その白犀の名は瞬く間に広まった。
白霧の朝のことである。
庭をうめつくす山茶花の赤い花の香りが、むせるようににおっていた。追い立てられた侍女らの細い手足が花びらをちらして、回廊や高殿には焦燥と混乱のため息が巡っていた。門の外を出てもまだ、少女たちのしきりにフィルを呼ぶ声が聞こえてきていた。
蝶も酔うほどの濃い花香は霞のように燻り、小さな四阿 に絡みついてまるで蛇のようである。赤い花びらの絨毯は朱鱗殿から苔をまとった茅葺きの四阿を貫く。小高く築かれた丘の上から、茂みや小径の脇にひそむ物々しい武士の姿を見おろしてフィルは息をつめた。
門の向こうには、カロンがいる。高く積まれた石垣が、朱鱗殿を囲んで宮城の動きもつかめない。
門前にはジュシュの連れてきた武士が絶えず立ちはだかっているらしく、人の出入りは禁じられているらしい。
ジュシュが朱鱗殿の主となってから、門が開いたのは一度だけだった。遠方に根付く一族と友好を結ぶ機会だとでもいって、宝庫を開けさせたとみえる。
拝謁から戻ってきた従者らの手には、せしめた財宝が抱えられていた。
そのほとんどは精巧な衣裳や金銀細工の釵で、匂やかな小箱や香炉にいたるまで、すべてカロンがフィルに贈ったものだった。
見覚えがないわけがない。それをわざわざフィルを呼びつけて翳を持たせ、手の届くところに目一杯広げるジュシュに、思わず力が入った。
持ち運ばれた衣に一通り袖を通し、釵をさして華を求めていたが、やがて飽きた顔つきでそういったのだ。
燃やしてしまえ、と。
「……どれも、お似合いですが」
フィルはたえきれず瞼を伏せた。
この麻衣だけで十分だと伝えても、薄ら日のような想いを綾に織り、縺れるような愛情を縫い取りに重ねて、そうして美しい衣が、まるで、余白をうめるように贈られたのだ。
そのすべてをこの手で処分しろというジュシュには、恨みを凌ぐほどの苛立ちに襲われる。
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