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第7章

 一度身体を離したものの、すぐまた躾けてもらいたくなって、翼の付け根を入念に愛撫できるよう四つん這いでもう一回。  露台の柵に腰掛けたサーディクに跨り、翼を羽ばたかせながらもう一回。  さらに、いろいろな体液を洗い流すべく入った湯浴み場で立ったまま一回、プレイと生殖(セックス)をした。  二回目以降、サーディクは庇護欲と食欲と性欲の区別がつかなくなったみたいだった。シャムスも、すみずみまで可愛がられた末にサーディクのコマンドで達するのがあまりに気持ちよく、これからはプレイ単独では済まなそうだ。  くたくたで下衣も纏わず、でも満たされて、寝台にうつ伏せの大の字になる。 「我慢しないサーディク、すごかった……」 「これでも抑えたほうですが。とにかく、サブドロップやラプターの心配はお互い当分なくなりました」 「え、でも明日もしたい。だめ?」  やはり裸で傍らに寝そべるサーディクに、羽を擦り寄せる。  サーディクは眉を顰めた。だめだっただろうか。 「……。殿下の名前は『太陽』という意味とのことですが、私の名前も古い言葉から取っています」 「そうなの? なんて言葉?」 「『約束を守る者』です」  [Cum]のコマンドを出すときと同じ低く甘い声に、シャムスの身体が熱くなる。 「じゃあオレが満足するまで毎日でも、プレイも生殖もしてくれるってことだ。約束したもん。ね?」  一生甘やかす、を拡大解釈した。さすがに窘めらるかと思いきや、 「心の底からそうしたい」  至近距離にある碧眼が、切実にシャムスを求めている。夜明け前にもう一回おかわりか。 「ですが、私にはできません」  シャムスは耳を疑った。こんなに深く信頼し合って身体のかたちを覚え込ませた後で、何を言い出すのだ。「なんでだよ」と掠れ声で問い質す。 「立派な王になるのでしょう? 私でなく正妃を迎え、生殖に励まなければなりません」  サーディクは急に事務的な、臣下然とした態度になる。  以前、彼はシャムスを補翼すると誓った。シャムスの耀かしい未来を邪魔したくないらしい。シャムスも一時(いっとき)はその件で悩んだ。でももう、迷いはない。 「オレはサブミッシブだから、ドミナントの正妃を迎えれば確率は高くなるっていっても、必ずドミナントの仔を授かれるとは限らないよ。それに」  歴代のドミナントの王と同じにしなくていいのだ。 「オレの仔に王位を継がせなくてもいいと思ってる。王の資質のある鳥人(にんげん)を家や種族問わず集めて、誰がいちばん相応しいか民のみんなと決めるとか、どう? それなら、オレがサーディクひとりを愛するのも認めてくれるんじゃないかな」  サーディクは感心したような顔になった。ただ「私には過ぎた名誉です」と怯む一言も口にする。それでいて、黒銀の羽はシャムスの日焼け肌を撫で回し続けている。  さしものシャムスも、この意味がわからないほど鈍感じゃない。 「大転換ではあるから時間は掛けるよ。てか、ドミナントの雌にならオレを食べられていいわけ」 「……味わわせたくありません」  サーディクが憮然と言う。野生に近い姿で寝そべる今、こぼれ出たのは本音だろう。 「だったら、『適切』なコマンド、わかるでしょ」  シャムスは琥珀色の瞳で、サーディクを照らすように見つめた。  シャムスを想うゆえに身を引くという自己犠牲が、どんな状況になってもシャムスから離れないという忠愛に移りゆく様を、つぶさに見つめる。  ついにサーディクが身を捩り、シャムスを抱き竦める。肌が、息が、ぴたりと合う。 「私に約束を[Present(ください)]」  単純に何かを言わせる[Say]ではない。約束とは、ふたつとない心そのものだ。サーディク自身も同じものを捧げたがっている。 「サーディク、何があってもオレを愛し抜け!」  シャムスがにかりと笑うと、サーディクも笑ったのが触れ合う胸の振動でわかった。まったく、頑固なのはシャムスを愛することだけにしてほしい。 「もちろん、立派な王になるべく不当なコマンドに抗う訓練も続ける。それにも付き合ってね」  甘く考えていないことを付け足せば、サーディクは「ふむ」と思案顔になる。 「殿下はまっすぐな強さで、ライルをも御したでしょう。もはや訓練の必要はないかと。ダイナミクスだけでなく尊敬や忠誠でも、鳥人(ひと)は従います。実際、私はドミナントですが殿下に跪くのを厭いません」  では、サーディクは世話役でなく個人的な躾係ということか? 早くも気がゆるみかけた。  一方のサーディクは、吹っ切れたのかどんどん饒舌になる。 「肉食の猛禽を祖に持ちながらサブミッシブとして生まれた殿下は、捕食本能を抑えて共生しやすいよう進化してきた鳥人の象徴だと思います。殿下が王になれば、より共生が進み、皆が自由に愛し合えるようになる予感がします。鳥人に留まらず獣人・魚人の歴史の中でも意味のあることと言えるでしょう」  正直、シャムスはそこまで壮大に考えてはいなかった。でもサーディクに言われたら現実になる気がして、「ふふふん」とはにかむ。  どんな種族でも、どんなダイナミクスでも、夢を叶え、愛し合える未来を想う。 「捕食したりされたりの時代から時を経て姿かたちが変わって、違う種族間でも通じる言葉を得て、ダイナミクスっていう第二の性も得た。今は、お互いに守ったり守られたりできるよね。オレがサブミッシブの王として愛と希望でいっぱいの国に導くには、サーディクが必要だよ。ね?」  歴代のドミナントの王と違い、王命を出してもシャムスのダイナミクスは満たされない。サーディクとの定期的なプレイは、心身を安定させて統治に取り組むのに欠かせない。  そして、サーディクと愛を育むことは、サーディクとの関係を広く受け入れてもらう土台になるはずだ。両親が仲睦まじさで以って民に受け入れられたように。 「まずは父上と母上に、サーディクを紹介、しぴぃ……」  世話役として選んだ(おとこ)とパートナーになると告げたら、父はどんな顔をするだろう。  紹介の日取りを決めたかったが、呂律が回らない。  サーディクの体温となめらかな羽に包まれ、サーディクの声を聞いていたら、眠たくなってきたのだ。蹴球で培った体力もとうに尽きている。 「このまま寝て構いませんよ。目覚めたときも変わらず抱き締めていますから。……ところで、もしよかったらですが」  とろとろと瞼を下ろすシャムスに、サーディクが甘く囁いてくる。 「今度、王立公園を再訪しましょう。ご存知ないかもしれませんが、噴水真上で口づけたふたりは永遠に結ばれると、民の間で信じられているのです」 (知ってるし、その言い伝えはオレの曾祖父(ひいおじい)様とパートナーが起源だし)  半分眠っていて口は動かない。シャムスとサーディクで新たに永遠を代表するカップルになればいいかと、意識を手放す。  サブミッシブの誇りと悦びを持って生きる姿を見せ、みなに認めてもらおう――。  シャムスは、王立公園の中央広場に組まれた演説台に立った。  ちょうど噴水の前だ。濃赤の生地全面に金の刺繍が入った長衣と金の装飾具を合わせ、王太子然としている。ただ、普段は贅沢しないので慣れない。  もともと通例として成年の挨拶をする予定だった。サーディクと心身ともに結ばれてから二週間後、舞台が整った。民に伝えたいことがたくさんある。  本当のダイナミクス、王太子としての意気込み、サーディクへの想い。  実はサブミッシブだと、空蹴球仲間にひと足先に打ち明けたら、「なぜ言ってくれなかった、みずくさい」と詰め寄られた。誰もシャムスを「出来損ない」とは言わない。さすが悪友だ。  ちなみに、「サーディクを射止めた」と続けたら、「何よりである」「むしろやっとデスか」「蜂蜜効果、宣伝に使お~」と口々に返ってきた。恋心はばればれだったらしい。  サーディクのほうは、シャムスの演説までは自隊の面々にも伏せるはずが、残業せず早く帰るようやたらと気遣われたという。感情が顔に出やすくなったせいだ。  そのサーディクは今、両親やルシュディーとともに傍らに控えている。翼の毛並みは一層艶めき、黒い軍服が凛々しい。目が合って微笑むと、牙歯が覗く。  一見怖いが、優しいのを知っている。  シャムスは前に向き直り、広場を埋める民を見渡した。場所柄、カップルが多い。もう彼らをうらやむきりじゃない。一飛(いっぽ)前へ、羽ばたく。 「今日は集まってくれてありがとう。成年を機に、みんなに伝えたいことがある」  今朝、サーディクが顎下を撫でてくれた心地よさを思い出し、力に変える。めいっぱい息を吸い込む。 「まず、オレのダイナミクスはサブミッシブなんだ」  ようやく広く知らせられて、胸がすく。  ただ、聞かされたほうはびっくりだろう。ブーム派もあまり言いふらさなかったようだ。うねりのようなざわめきが起こる。。  空蹴球仲間と同じ反応ばかりではないのが自然だ。失望も受け止める覚悟はできている。 「殿下は、困っている民のもとに駆けつけ、守ってくださいました!」  広場から声が上がった。ミドハトの婚約者だ。  母が婚約者ともどもミドハトを王宮に招き、シャムスも交えて話し込んだ。結果、ミドハトは判断力を買われて下士官に採用され、国境の守備に関わることとなった。  他にも、「民と一緒に肉を食う気さくな方さ」とか「僕おやつもらった」という声が続き、和やかな雰囲気になる。サブミッシブという一面以外も見てくれている。 (じーんとしちゃうな。さすがナスラーン王国の民って、誇らしくもある)  シャムスはさらに、サブミッシブならではの王になりたいこと、未来に不安も感じるかもしれないが取り組みを見ていてほしいことを話した。父が何度も頷くのが視界の端に映る。 「オレの姿を見て、みんなも自分を諦めないで生きてほしい。……?」  そこで、サーディクがひらりと台に飛び乗った。段取りにはない。どうしたのだろう。 「以上のお話を踏まえ、殿下を補翼するパートナーを紹介します」  シャムスはつぶらな目をますます丸くした。  サーディクとの関係も隠し立てするつもりはないが、「好きな鳥人(ひと)がいる」くらいのところから話し始めようと思っていたのだが。  サーディクが跪く。黒銀の羽先を身体の前に回す。何やら包みを持っている。  うやうやしく開くと――カラーが、現れた。 「ぴ!?」 「何があってもお支えし、お守りし、不当に従わせず、全力でお褒めし、満たします。国軍少将サーディクの忠愛を、永遠に受け取ってください。[Say]」  曾祖父がパートナーに贈ったカラーの意匠を基に、太陽の模様を組み込んだ革の首環。毎日一緒にいたのに、つくり進めていたのは一切気づかなかった。  間違いなくシャムスのカラーと、愛しさいっぱいに微笑むサーディクとを、交互に見る。 「受け取るに決まってるよ!」  感極まって抱き着けば、今日いちばんの喝采が湧いた。みんなの笑顔も、触れてわかったサーディクの鼓動の速さも、一生忘れない。 「ふぉふぉ。あと十年は長生きしたいものですな」  ルシュディーがにんまり笑っている。  サーディクは、おごそかな手つきでシャムスの首にカラーを装着した。項できゅっと編み紐を結ぶ。サーディクとの間に結ばれた愛が、より強固になったように感じた。  さらにシャムスを抱き留めたまま、噴水の真上へと羽ばたく。 「殿下と一緒に頑張っていくのは、私です」  周囲の空と同じ色の瞳が、近づいてくる。情熱的に口づけられた。  シャムスはひとしきりサーディクの舌の温かさと牙歯の感触を味わったのち、ちょっと目のやり場に困っていた民に向かって、叫ぶ。 「よーし、パートナーとの婚約祝いに、シャムス杯空蹴球大会を開催する! みんな、チームつくって」  サーディクは「ふたりきりの時間を過ごすのではないのですか?」という表情だが、 「八百倍にするって約束したでしょ。空蹴球なら趣味と友人、両方つくれるよ。優勝チームの褒賞は、王太子からのキスにしよっかな?」  と告げれば、 「それなら負けられません」  と黒銀の羽を広げる。  尖った牙歯を持ち、こめかみに二本傷がある鷹人の少将は、空蹴球の巧さと王太子への忠愛ぶりで、ナスラーン王国民の間でたちまち評判となった。 (了)

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