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第6章

 王宮潜入作戦から三日。シャムスは毎正午、王立治療院へ足を運んだ。  昏睡状態のサーディクを見舞うために。  シャムス隊には雁人族の医者の仲間がおり、あのあとすぐ応急処置してもらった。彼いわく、「あと一時間遅かったら、見た目も言葉も元に戻らなかったデショウ」だそうだ。  そんな状態でありながら、露台でシャムスを守ったことで、裏切り者の汚名はそそがれた。 (実はそのあと齧りつかれたってのは、オレたちの秘密ね)  簡素な病室で、サーディクの寝台に見舞い花の向日葵を散らしながら、微笑みかける。  今日も碧眼は開かない。攻撃衝動で手がつけられないよりましとはいえ、昏睡も昏睡で傷つくのは自分だけでいいと内部を攻撃しているみたいで、心配だ。  ちなみにライルも大怪我をした。破滅を望んだようだが、ブーム家前当主に引き渡した。前当主はライルにグレアを浴びせられて居宮地下に幽閉されていたという。今回連絡がつかないのを不審に思った国軍が救出した。  シャムスなりにいったんの決着をつけた、と思う。もし再度相まみえても、同じように渡り合う。  首謀者の離脱により、ブーム派は投降した。彼らが補翼でなく利害関係だったおかげで、無事王宮を奪還できた。  サーディクの助けなしでは成し得なかった。  八年越しに恩人が判明してみて、ミドハトを手本とする気持ちは変わらない。サーディクは……躾係として一緒に過ごした時間も相俟って、憧れに加えて思慕が募る。恨まれているのに。  そっと病室を後にする。本当は昼夜問わず手を握ってあげたいけれど、目覚めて最初に目に入るのが恨んでいる相手では、治るものも治らない。  王宮では窓から治療院の方角を眺め、サーディクが意識を取り戻すよう、快復するよう、ひたすら祈った。  さらに三日後、サーディクが目を覚ました。  短い会話を交わすことができ、足の爪の治りも通常より早いという。今後は医者の監督下で限定的なプレイを行い、ダイナミクスを整えていく。  よかった。人心地ついたシャムスは、久しぶりに好物が一片喉を通った。  合いにいくのは控え、雁人族の悪友に「退院したらシャムスの執務室に寄るように」と伝言を頼む。  八年前は御礼を言えなかった分、今回の感謝はきちんと伝えたい。  そして、恋に決着をつけるつもりだ。  サーディクは優しい鳥人(ひと)だから、シャムスの世話役である限り、恨んでいる相手でも守ろうとする。これ以上心身の傷を増やさないよう、任を解いてあげると決めた。  コマンドに抗う訓練を進めると同時に好きになってもらう作戦は、終了だ。  サーディクに甘やかされたい。褒められたい。抱き締めてあげたい。  それよりもっと、傷つかないでほしい。幸せになってほしい。  まだ数日、心の準備ができると思った。だが予想に反して、その日の夜にサーディクが執務室にやってきた。  はじめて会った日のように、執務机の前で直立不動かつ真顔だ。背景を知ると、この表情の意味もわかる。それでも、顔を見たら気持ちが弾む。 「もう退院したの?」 「いえ。ですがこのとおり、体調は落ち着いていますので」  サーディクのほうは、早く事務連絡を済ませたかったのか。胸が軋むが、気を取り直して机から乗り出す。 「そっか。話はすぐ終わるよ。まず、助けてくれてありがと。怪我の補償は一生する」  白い私服の背中に畳んだ翼は欠けたままで、こめかみの傷は二本に増えている。シャムスのせいだ。 「翼は換羽時に元どおりになりますので支障ありません」 「でもする。あと、死んじゃえなんて言ってごめん。そんなこと思ってない。サーディクはオレが知ってる中でいちばん優しくて頼もしい鳥人(ひと)だ。……、」  だから世話役は今日で終わり。と言うのはやっぱり名残惜しくて、間が空いてしまう。  それを衝くように、 「私を罰さないのですか」  と問われた。戸惑いの滲む声で。  シャムスの頭はたちまち疑問でいっぱいになる。 「なんでサーディクを罰さないといけないのさ」 「此度の王宮占拠事件を引き起こし、王宮で働く者たちを閉じ込めました。殿下をライルのプレイや暴力に晒し、傷つけました。殿下や国王陛下の信頼を損ないました……」  サーディクが口早に並べ立てる。それで深刻な顔をしていたのではあるまいな。 「待って。サーディクはオレを守ってくれたんでしょ。いつだって助けに来てくれた。父上たちもわかってる。八年前の件はオレを恨んで当然だし……あ、サーディクがもうひとりの恩人だって、羽の感触で思い出せたよ」 「きみを恨んでいたんですよ。なのに、」  つい「ふふふん」と笑ってしまったシャムスに、サーディクが切り返す。  溜め息を吐き、小さく首を振り、眉を顰めて目を細め、歩み寄ってきて執務机に両手を突いた上で、降参とばかりにつぶやいた。 「どうしてそんなにまっすぐなのですか……」  シャムスは、金茶色の羽根をそわそわと揺らすしかない。こんな感情露わなサーディクは見たことがなかった。  「まっすぐ」が言動の話なら、とつぶらな瞳でサーディクを見上げる。 「サーディクに憧れたからだけど? 前にも話したよね、大事な鳥人(ひと)を守るところをお手本にしてきたんだ」 「私がきみを恨めなくなったのは、私のせいだと」 「えっ、うん。オレを恨んでないって言った?」  それなら話が変わってくる。都合のいい聞き違いではないかどうか、確かめる。 「まっすぐ前向きで、家族や友人や臣下、行き合った民や裏切り者、猛禽のためにすら勇敢に羽を広げて立ち向かうきみを、恨める者などいません」  サーディクは、一音紡ぐごとに、真顔から微笑みへと替わった。  そう言えば、初対面のとき「変わりませんね」と言われたっけ。褒め言葉だったらしい。  それにしても、解禁されたサーディクの笑顔はかっこよ過ぎて、直視できない。代わりに机に膝を乗り上げ、サーディクの首に両手をきゅっと回す。 「サーディクは裏切り者じゃない。とにかく感謝してるし、罰さないよ! むしろサーディクがこの八年間で捨てたものを、八倍、ううん、八百倍にしてあげる」  高らかに告げた。サーディクは冷たくあしらったりせず、「参った」という顔でシャムスを抱き締め返してくれる。天にも昇る気持ちで、実際に羽ばたきが止まらない。  世話役の任を解かないでよかった。本当は一生シャムスの躾係でいてほしい。 「恨みの半分は、誤解でもありました。殿下がサブドロップで私たちを憶えていなかったとは」 「ごめん。でも、『助けたのは私です』って、なんで教えてくれなかったの?」 「あのような事件で、まさか忘れられているとは思いませんでしたので。私は一日も忘れたことはなかったのに」  サーディクが、くしゃりと銀髪に指を差し込む。  独りで悩まないでほしいし、サーディクの心に触れたい。シャムスは金茶色の羽でやんわり愛しい鳥人(ひと)を包み込んだ。  サーディクは悟ったような笑みを浮かべ、続ける。 「いざ世話役を仰せつかってみたら、殿下は立派な王を目指していました。それに対して私の、仇のライルに与してでも殿下に応報させるという考えは、友を守りきれなかった自分の弱さから目を逸らしているだけではないかと思い始めたんです」  サーディクの黒銀の羽が萎れる。ライルを仇と知った上で手を組んだのを、悔やんでいる。 「まっすぐな殿下が眩しくて、直視できませんでした。殿下の目には私の弱さやつまらぬ復讐心も見抜かれてしまいそうでした。殿下に笑い掛けられる度、罪悪感を覚えるようにもなりました。こんなふうに慕われる権利はないと」  どうやら、ただの躾係だと言い聞かせるようだったのは、シャムスにではなく自分自身にだったらしい。こうして話してくれなかったら、ついぞ知らなかった。  知ることは信頼につながる。サーディクが堅い口を解いて話してくれているのは、ライルと決別して本心を隠す必要がなくなったからだけではないのでは、と期待が生まれる。  これはしてもいい期待だよな? 「オレが眩しかったの? オレの名前、古い言葉で『太陽』って意味なんだ。似合うでしょ」  シャムスが得意げに言うと、サーディクが何度目かの眩しがるような仕草をした。中庭で、お互い見惚れていたのかもしれない。 「それに、つまらなくないよ。悪友が片翼をなくしたってなったら、オレも根に持つ」 「ですが、当のミドハトは幸せを掴んでいました。私ばかり過去に囚われ、生きる目的を今さら変えられないと思考停止してしまった」 「ミドハトが前に進めたのは、サーディクが代わりに怒ってくれたからだよ。でもさ、オレをライルから守ろうとしなかった? だから諦めきれなくて……」  仮後宮に囚われた際、サーディクはシャムスとライルのやり取りから目を背けて――今思うと、割って入るのを我慢しているように見えた。はっきり逆らう前の時点で。  サーディクが居心地悪そうに言う。 「殿下が他のドミナントに見られたり、触られたり、従わせられたりするのは気分がよくなかったんです」  対照的に、シャムスはみるみる顔を耀かせた。期待が確信に変わる。  シャムスは他の(おとこ)なんか興味がないことを、知ってもらわなければ。 「オレ、サーディクしか見てないし、触られたくないし、従わない。サーディクが大好きだよ。オレの頑張りに気づいて、認めて、褒めてくれたのはサーディクだけだ。オレが目指すべきはサブミッシブらしい王だって気づかせてもくれた。もっと頑張るから、いちばん近くで見ててほしい。サーディクと、パートナーになりたい」  想いをぜんぶ言葉にする。それでもこの気持ちを表しきれない。腕にぎゅうっと力を込め、甘えるみたいに羽根を擦りつける。  逆に言えば、サーディクが無表情でも事務的でも惹かれたのは、頑張るサブミッシブに対する優しさが、腕や羽に透けていた。  おそるおそるサーディクを窺う。  サーディクの口もとはわずかにほころび、でも、碧眼には薄っすら水の膜が張っていた。「友人もパートナーも必要ない」と言い放った夜の表情と重なる。今度は錯覚じゃない。 「サブミッシブから自由を、誰かを愛する権利を取り上げようとした私が、サブミッシブを愛していいはずがない」  ああ――サーディクはまだ自分を許せないのだ。それでシャムスを惑わすような言動になった。でも、「許せない自分」が存在する時点でもう、心は動いている。  恋愛を制限して管理しようとしたのも、もとはといえばサブミッシブを理不尽なコマンドから守るためだろう。この鳥人(ひと)はサブミッシブを守り愛したいドミナントだと、出会った日のケアで感じた。  父が彼を恩人と知らずに世話役に選んだのだって、単に口が堅いからではない。思えば運命的なめぐり合わせだ。  シャムスはにかりと笑ってみせた。 「オレが許してあげる。オレに出会って考えが変わったってことは、オレを愛するために出会ったってことだよ。ね?」  シャムスに対する罪悪感は、シャムスだけが取り除いてあげられる。  次の瞬間、視界が白と銀と少しの黒で埋まった。サーディクの胸板に押しつけられる。踵がふわりと浮く。 「愛しています。きみの豊かな愛が、私を溶かしてくれました」  サーディクの感極まった声を、燃え上がる体温を噛み締める。今度は忘れないように。  叶わないと思った恋が――叶った。 「傷つけたことは、一生かけて償います」 「オレは許すって言ったでしょ。やり直し」  サーディクの腕を、羽先でぺしんと(はた)く。たちまちなめらかな羽に搦め取られ、金茶と黒銀が睦み合う。 「一生かけて甘やかします」  甘く囁き直された。王命でなく自戒も解いたサーディクがいったいどれだけ甘いのか、見当もつかない。 「むふふん、……ん?」  照れて手で顔を覆ったつもりだった。それが、濃赤の長衣に同じ色の雫が落ちる。  無意識に手首の皮膚を噛み切っていた。――プレイ不足によるサブドロップ(自傷)の兆候だ。  振り返れば、父にケアしてもらったりサーディクのラプターを癒したりはしたものの、通常のプレイはサーディクとの顔合わせ前夜以来できていない。訓練もコマンドに抗う前提だった。 「っ、プレイしましょう」  サーディクは血相を変えてシャムスを横抱きにした。自傷防止に自分の羽先をシャムスの口に押し込み、廊下――ではなく部屋の隅の本棚に突っ込む。  ただでさえ欠けた翼を焦りで制御できなかったかと思いきや、本棚がズズッと横にずれた。煙突のような穴が口を開けており、迷いなく飛び込む。 「はひほへ(なにこれ)!?」  鳥人(ひと)ひとり通れるくらいの空間が、壁の内部にあるなんて。それも王宮最上部まで通じている様子だ。 「古い隠し通路です。ルシュディー殿が『役に立つ』と教えてくださいました。王や王太子が、正妃の目を忍んでパートナーとの逢瀬を重ねるための通路のようです」  なるほど、両親には必要ないから知らなくて当然だ。屋外からも出入りできるが階段状ではないので、獣人族の手引きにも使えない。図らずも謎が解けた。  ぐんぐん上昇し、廊下を使うより早く辿り着いたのは、側妃用の私室だ。  ライルとの最終対決で掻き回したので、ぴかぴかに掃除して寝具も一新した。廊下の突き当たりに位置しており、秘密のプレイの場所にはおあつらえ向きと言える。  寝台に、性急ながらも丁重に下ろされた。露台から注ぐ月の光が、ふたりの横顔を縁取る。慣れなさより楽しみが勝る。  サーディクと、抗わなくていいプレイができる。性的な――愛欲のこもったコマンドをふんだんに使って。  サーディクはこほんとひとつ咳払いし、寝台に片膝を乗せた。 「サブドロップを防ぐのみならず、私がきみをどんなに愛しているか示すために、プレイします」 「うん。ふふ、サーディクってお堅いよね」 「[Shut up(しずかに)]」 「ん、……」  任務ではないのに、律義さについ笑ったら、「やんちゃな口にはこうする」とばかりに口を塞がれた。先にコマンドで、次に唇で。  表面を押しつけるのみで、すぐ離れていく。もっとしてほしくなる。サーディクと出会う前は知らなかった、情欲が溢れ出す。サーディクの碧眼も満更でなく濡れている。  シャムスは座ったまま、ひとつに括られた銀髪を引き寄せた。 「新しいセーフワード決めない? 『死んじゃえ』って言いたくないから、『ライル』とか」 「プレイ中に他の(おとこ)の名を出すのですか。正直、あの雄がきみに不躾に触ったりコマンドを出すのがいちばん気に障りました」 「じゃあ、セーフワードにぴったりだ」  サーディクの嫉妬を聞いて、不謹慎にも顔がにやける。ライルの一方的なコマンドに耐えた甲斐があった気がしてくる。  サーディクは「そうとも言うかもしれません」と、しぶしぶセーフワードを受け入れた。編み上げ靴を脱ぎ、寝台に胡坐を掻く。 「では、いただきます。[Give(ください)]」  「いただきます」は、気持ちの通じ合ったふたりの時間が始まる合図だ。  定番の[Kneel]ではなく、足を寄越せと命じられる。編み上げ靴を履いたままの足を伸ばして、差し出す。サーディクは恭しい手つきで靴紐を解いた。 「[Kiss]させてください」  露わになった足の甲に唇を寄せられた。  手の甲へのキスが忠誠なら、足の甲へのキスはより深い忠誠と、背徳が感じられる。  目を伏せるサーディクを見て、シャムスの中で「オレのドミナント」という思いが強くなった。彼の頼もしさも優しさも、過去の孤独も、独占欲も、他の鳥人には譲らない。 「次は? 何でも言うこと聞いてあげる」 「おさらいしていきますか。[Kneel(おすわり)]」  シャムスは足の爪を隠す座り方に変え、喉笛を晒した。サーディクが相手なら、もうただ怖いだけではない。 「『よくできました(Well done)』」  サーディクはすかさずシャムスを褒めた後、頬と喉に指先を這わせた。  つかず離れずの力加減が悩ましい。褒め言葉によってじゅわりと浸み出した快楽を持て余す。 「傷は残っていないようですね。あのときは息が止まるかと思いました」  サーディクのほうは、さんざんシャムスを煽った末に、安堵の息を吐く。ラプターだったとはいえ牙歯を剥いたのを気にしている。 「そう言えば、牙歯、もっと削らないの?」  自然に折れないほど伸びてしまった場合、治療院で削ってもらえる。サーディクの牙歯は、ぎりぎり口を閉じられ、発語の邪魔をしないものの、依然長い。  にもかかわらず、サーディクは首を横に振る。 「戒めとして、このままにします」 「ふうん? まあ牙歯が長くてもかっこいいけど。てかオレ、サーディクになら傷つけられても別によかったよ」  シャムスが顎を上げたまま笑うと、サーディクは眩しそうにした。狙ったわけではないが、彼好みの振る舞いらしい。覚えておこう。  サーディクが神妙に続ける。 「……私とライルは似ています。誇り高いサブミッシブを好む。ただ、ライルはその誇りも身体も傷つけたがります。私は、私にだけ甘えさせたい。それは知っていてください」  サブミッシブからの信頼を、甘えさせる形で感じるという。甘えたいシャムスと相性抜群だ。  シャムスはサーディクにしなだれかかった。 「似てないよ。サーディク、後宮管理官ですらやりにくそうだった」 「あれは無理やりなったんです。サブミッシブたち、とりわけきみが気がかりで」  サーディクはさらりと明かしつつ、羽先でたしたし敷布を打つ。シャムスが思う以上に、彼はシャムスに執着しているのではないか……?  また、じゅわりとシャムスの身体が美味くなる。  甘やかされ、褒められるのが好きだ。ただサーディクに限って傷つけられてもいい、つまり。 「ね、オレどうしたらいいか、ぜんぜん知らないんだ。サーディクに、躾けてほしい」 「私もそういう気分です。[Strip(脱いでください)]」  サーディクの声色が雄っぽく変わり、ぞくりとする。  [Strip]は、服を脱ぎ去って野生に戻るコマンドだ。シャムスは立ち膝になり、長衣を勢いよく捲り上げた。翼に引っ掛けて、白大理石の床にバサリと落とす。絹の下衣も同じように脱ごうとして、サーディクに止められる。 「[Attract(ゆっくり)]でお願いします」  コマンドを受け、シャムスは時間をかけて腰紐を解いた。下衣の裾を持ち上げる。徐々に露わになる日焼け肌を、サーディクがじっと見つめてくる。視線の熱で火がつきそうだ。  秘部を覆う白い腰布も取り払う。コマンドを実行できた達成感と、自分だけ生まれたままの姿という羞恥から、シャムスのまっさらな性器は兆しかけている。 「……どう?」 「『Well done』。ですが、少し痩せましたか」  目ざとい。  サーディクが昏睡の間、サーディクと離れていた間も、食欲がなかった。何も答えられないでいると、叱るのでなく手当てするみたいに抱き寄せられた。 「私でいっぱいにして差し上げます。私の服も[Strip(脱が)]してください」  今夜ははじめての生殖(セックス)もするんだ、と予感して頬を染める。  親密なコマンドを使っていくと、プレイは生殖とほぼ同じものになる。身体が満たされることで心が満たされ、心が満たされることでもっと身体が満たされ……と環を描くのだ。  白い長衣に手を掛ける。サーディクは腰を浮かせたり万歳したり、翼を畳んだり開いたりと協力してくれた。  下衣も脱がせる。サーディクの肢体から目が離せない。胸筋や腹、太腿を直に見るのははじめてだ。翼の付け根の周りもしっかり筋肉がついている。今朝まで臥せっていたとは思えない。  鼠蹊部で結ばれた腰布を、するりと外す。サーディクは堂々としている。 「これ、ほんとにオレのとおんなじ?」  お目見えした性器は、体格差を考慮してもシャムスのよりずっと太く大きい。まだ勃ち切っていないのに血管が浮き、黒い下生えさえ成年(おとな)っぽく見える。思わず触った。 「こら。まだコマンドを出していません」 「ねえ、サーディクの味見したい」  どんどん口に溜まる唾液を呑み込み、ねだる。口淫は悦ばれる行為だと知っている。  なのにサーディクは腰を引いた。 「殿下はそのような俗なことはしなくてよろしい」 「『殿下』はナシ! プレイ中は名前で呼んでよ」  主従だからと制限をつけたくない。寝台の中では立場が逆転して構わない。ほら、と口を大きく開けてみずみずしい舌をちらつかせれば、サーディクも陥落する。 「では少しだけ、[Lick]。苦しくなったり、いやだと思ったらすぐセーフワード……の前に、どうにか知らせてください」  シャムスは返事もそこそこに、うつ伏せになった。片膝を立てて座るサーディクの股間に、顔を埋める。サーディクならぜんぜんいやじゃない。むしろサブミッシブとして尽くしたい一心で、つるりと丸い先端にしゃぶりつく。サーディクの体臭が鼻に抜けた。 「お陽様みたいないい匂いがする」 「私の好きな香ですよ。目覚めるきっかけになればとミドハトが差し入れ、医者が焚いてくれたそうです」  いったん口を離して報告すると、サーディクがシャムスの短髪をわしゃわしゃ掻き回す。 「きみこそ蜂蜜の、誘うような香りがしますが」 「ほんとに、さっき、湯浴みしただけだし……」  サーディクと会うのでわざわざ身支度したのは否めない。というか、鷹人族にもちゃんと蜂蜜の催淫効果があるんじゃないか。 「前は香、使ってなかったよね」 「……あの雄や配下の者に香りが移って密通がばれないよう、焚くのを控えていました」 「あー、オレが部屋で羽根見つけたとき焦ったでしょ。好きなもの、ないんじゃなくて我慢してたんだね。これからはぜんぶ我慢しなくていいよ」  サーディクの性器が、懺悔の念からか少し元気をなくしてしまったので、シャムスは再度頬張った。先端をもぐもぐしてみる。頭上でサーディクがかすかに笑った気配がする。 「悦いやり方わかんない……」  請け合ったのに情けない。金茶色の羽根が萎れる。  だがサーディクは嬉しそうに声を弾ませた。 「私が躾けて差し上げます。段差のところに唇を引っ掛けるように出し入れしてください」  言われたとおりにすると、鈴口から苦くて甘い体液が溢れ出した。肉汁みたいにきりがない。出し入れするとき口の端から垂れそうになって、こくんと呑み込む。先端の段差に歯も当てれば、サーディクのものが大きくなった。ふふふん、とすぐ有頂天になる。 「ふひ(つぎ)は?」 「先端を、頬裏や上顎に擦ってください。根もとのほうは手で触ってもらえますか」  サーディクがさっきより上擦った声で指示する。  シャムスは敷布をずり上がって、より深く咥え込んだ。口に収まりきらないぶんは手で包み、盛り上がった血管や裏筋を辿る。 「んんっ、」  奉仕する間、絶えず頬や耳を撫でられ、サーディクのために頑張ろうという気持ちになった。目についた下生えを指先に絡ませれば、咥内でサーディクのものがぐぐっと上向く。 「……ぅえ、ひもひ、い(気持ちいい)」  おかげで上顎の窪みにぴったり嵌った。上顎は以前キスしたとき好きだと思ったところだ。性器は舌とはまた違った感触で、シャムスも快楽を拾う。頭を揺らして何度も擦りつけた。 「『Well done』。殿下、離してください」 「んっ、む、……っふ、……ゃ」  気持ちいいのと名前を呼んでほしいのとで、抵抗する。サーディクだってこんなに勃たせて、悦くなっている。 「ぴゃっ! ぁん、ウェルダンじゃないー、まだレアだよ」  不意に翼の付け根をくすぐられ、口を離してしまった。無意識に肩甲骨を盛り上がらせていたらしい。  口淫のご褒美の余韻で、びりびり身体が痺れる。でも足りない。不満を表明したら、 「もっと悦くして差し上げますから。『Present(こちらへ向けて)』」  と次のコマンドを与えられた。もっと悦く、という彼の言葉を信じよう。 「こう?」  いちばん美味しいところを見せるべく、シャムスは座って膝をゆるく曲げ、左右に開いた。自分の肉のない胸と下腹部、いつの間にか濡れそぼった性器が改めて目に入る。 「(おんな)のひとより美味しくないかもだけど」 「私は小ぶりで歯ごたえのあるほうが好みです」  サーディクは雄っぽい笑みを浮かべ、身を乗り出してきた。シャムスの足の間に陣取る。  まず手首からもう血が出ていないのを確認したのち、少し浮き出た肋骨に齧りつく。大きな掌はシャムスの臍の辺りで円を描いた。せっかく秘部をよく見えるようにしたのに、サーディクの舌も手も羽先も、敏感な粘膜に届きそうで届かない。 「好物は後に取っとかないで、最初に食べて」  むずかるようにサーディクの頭を抱き込めば、ぱくりと乳首を食まれた。薄桃色の突起を舌で舐め転がされ、ここも性感帯だと覚え込まされる。 「あっ、……ぁあ、」  サーディクの舌の動きは煽情的過ぎて、違う意味で「適切に管理」しないといけない類のものだ。きつく吸われて腰が砕け、後ろ向きに倒れた。金茶色の翼にぼふんと包まる。  サーディクも追ってくる。もう片方の乳首を口に含み、唾液をたっぷりまぶす。濃く色づき、芯が通っても離してくれない。じんじん熱を持って、その痺れもまた性感に変換される。 「……ぴぁ、ん、こんなの、知らない、……っ、ぴぃ、……ぴいぃ」  サーディクはさらに、シャムスの腋のくぼみ、鎖骨、肩の丸み、内腿、膝など、全身にやわく歯を立て、舐め吸った。本当に食べられているみたいだ。自分のとは思えない声が出る。  骨盤を浮かすと、会陰にちゅっとキスされた。 「もっと、気持ちいの、して。他のドミナントには秘密のことして、いっぱい褒められたい」  脇の下から伸ばした羽を、サーディクの引き締まった腰に添わせる。サーディクはたまらずといったふうに頬をほころばせた。 「きみは初心な反応なのに快楽に素直で、大変可愛い」  褒められた。うっとり浸っていたら、サーディクがなぜか「困った」という顔になる。 「どうしたの?」 「殿下は、」 「な・ま・え。プレイしてる間、オレはおまえのシャムス。ね?」 「……シャムスは」  なおも主張してやっと、サーディクが折れた。 「『可愛い』と言われたくないと、陛下に伺っています。控えてきましたが、プレイ中は特に可愛くて、口をすべらせない自信がありません」 「ごめん、名前呼んでくれたのが嬉しくて内容飛んじゃった。もっかい言って?」  「殿下」もつけずに呼ばれたのははじめてで、親密な響きに浮かれる。  ただ、サーディクの機嫌を少々損ねてしまったようだ。ぐっと圧し掛かられ、耳に流し込むように繰り返される。 「百回『可愛い』と言って差し上げましょうか?」 「ぴゃ……サーディクなら、生殖でだけは、何回でもオレを可愛いって言っていいよ」 「……。では存分に」  サーディクは一瞬真顔になると、いったん起き上がって銀髪を高い位置で結び直した。空蹴球中本気で動くときの仕草なのを思い出し、ぎゅんと心臓が加速する。 「足を自分で抱えてください。もっと[Roll(開いて)]。『Well done』」  翼の付け根の下に枕を置いて、仰向けになる。膝裏を掴んで胸に近づけ、サーディクを待ちわびる体勢を取った。ちょっと、いや結構、恥ずかしい。サーディクの視線がねちっこくて、まだ一度も触られていない後腔がひくひく震える。 「[Kiss]。なるべく唾液を絡めてください」  休む間もなく、黒銀のなめらかな羽先がシャムスの口に忍び込んでくる。 「んむっ、……、……っ」  口淫で気持ちよかったところをひととおり愛撫された。サーディクは羽をしゃぶられるのが好きなのかなと思ったら、そのしっとり濡れた先端で、後腔の縁をなぞられる。 「ぴぁあん、うそ、」  まさかと思ったときにはもう、しゅるりとナカに入り込んでいた。  身体の内側を撫でられ、蜜が溢れ出す。サブミッシブの雄は、性的なコマンドが心地いいと、愛液が分泌してくる。すべりがよくなり、羽先が内壁の襞を広げるように蠢く。 「んん、ぁあ、……っぴ、ぅ、~~っ」  当たり前だが、この器官をこんなふうに触られたことはない。羽でもけっこう圧迫感があって、膝裏を持つ指に力がこもる。 「[Look(こっちを見て)]。唇を噛まないで。そう、いい仔です」  強く瞑っていた目を開ける。サーディクが励ますように手に手を重ねてくれた。唇にも優しいキスがもたらされる。サーディクの牙歯は尖っていて、隣の歯との段差をずっと舐めていたくなる。  見つめ合いながら舌を絡ませるうち、全身がとろけていく。その隙に羽がさらに奥へともぐり込む。 「ぴっ!? 今の、なに」 「ここですか。後でたっぷり可愛がりましょうね」  腹側の一点を押し上げられたとき、シャムスは小さく跳ねた。何だかすごく気持ちよかったような……。サーディクだけ得心顔で、その個所を通り過ぎて羽を進める。 「ふ、ぅ、今度は、引っ掛かる」 「きみは覚えが早い。奥に官能を生む括れがあります」  何それ? と思ったけれど、括れとやらを弾かれる度、「ぴぃんっ」と声が出た。サーディクのほうがシャムスの身体に詳しいくらいだ。  彼の手で、羽で、コマンドで、シャムスは食べ頃になっていく。もっと美味しくなりたい。 「もっと躾けてよ」  取り上げられたきりのサーディクの性器に、金茶色の羽を纏わりつかせた。ぽわぽわした先端で鈴口をくすぐる。サーディクの腹筋が力んだ。 「こら、[Stop]」  羽の動きを止め、上目遣いで「コマンドに応えたからご褒美」と催促する。  サーディクは片眉を上げ、シャムスの手を片方移動させた。腹の間で寄り添う互いの性器をまとめて握らせ、シャムスの手ごと扱き始める。 「ぴ、ゃ……っ、うぅん、これ、ごほ……び?」  シャムスは背を弓なりに反らせ、翼の付け根を枕に擦りつけた。  性器を扱くと同時にナカも擦られ、すでにわけがわからないくらい気持ちいい。腰をかくかく揺らめかせ、サーディクの手に性器を押しつける。 「そんなに可愛く動いて、ご褒美が足りなかったですか」 「う、ん……サーディクの、が、欲しぃ」  もはや取り繕えず、本能で求める。自分がこれほど肉欲が強いとは知らなかった。今までよく制限なしのプレイも生殖もせず平気でいられたものだ。  サーディクはシャムスの浅ましさに呆れたりせず、熱っぽい息を漏らした。 「わかりました。これはきみのものですから」  シャムスのナカに埋めていた羽を引き抜く。愛液の透明な糸が引いた。  その感覚もまた官能的で、シャムスは小さく啼いた。こんなに敏感になってしまって、後が怖い。  サーディクが上体を起こす。自分の性器を――シャムスのためのものを、根もとから二、三度扱く。完全に勃ち上がって上反りし、先走りが月明かりを反射して光る。 「[Open]、[Look]。よく見てください」  縁に指を引っ掛けて広げた後腔を、凝視させられる。元気を通り越して凶悪とも言えるサーディクの性器が、シャムスのうるんだ後腔にぴとっと吸いついた。とても受け入れられる気がしないが、サーディクがいるので脚を閉じられもしない。  支配される――視覚と熱と音でそう理解するとともに、サーディクが腰を前に押し出す。 「ぴ、っいいぃい! 待って、むり……、待ってっ」 「いちばん太いところが通れば気持ちよくなります、頑張ってください。きみならできます」  「待って」も「むり」もセーフワードではないからか、サーディクは待ってくれない。 「だ、って、おっき、ぃ」  羽とは比べものにならない質量だ。シャムスは腰をくねらせて逃げようとしたものの、サーディクの両手に脇腹を掴まれ、引き戻される。 「ぴ、ぃ……、ぴい、ぃ」  汗ですべって、自分の足を抱えていられない。爪でサーディクを引っ掻かないようにだけ、気を付ける。 「こわれちゃう、っ、よぉ」  敷布をぎゅうっと握り、サーディクが挿入(はい)ってくる痛みをやり過ごす。ふたりの身体に押し潰された羽が暴れ、目じりに涙が滲んだ。それに気づいたサーディクが動きを止め、唇を寄せてくる。 「……今夜はこれでやめておきますか? コマンドはずいぶん達成しましたし」  サーディクが頑張れというから頑張っていたのに。シャムスは口を尖らせた。 「サーディクのかたち、覚えられるなら、痛くても、いい……って、言ったでしょ。躾係、なんだから、オレが無理とかだめって言っても、やめるな」 「御意」  サーディクが忠実に征服(かいほう)を再開する。  彼はライルには敬称をつけなかった。唯一シャムスの(しもべ)にして、支配者なのだ。  隘路をぎちぎち割り開かれる。痛いのは好きじゃなかったのに、サーディクから与えられるなら、痛みすら取りこぼしたくない。 「はぁ……、ぁ、来て……、……っ」  サーディクは、(おとこ)を知らないシャムスの秘部に自らの形を刻み込むみたいに、ゆっくり腰を進めた。サーディクが通れるぶんだけ身体が拓く。  不意に、シャムスの会陰を、サーディクの下生えがくすぐった。体毛もなめらかだ。 「おく、当たって、る……?」 「ええ、ここが最奥ですね。すべて挿入(はい)ったのもわかりますか? よく頑張られた」  奥まで隙間なく埋めながら、後腔の縁を指で辿られる。腸壁がきゅっと締まった。サーディクを離したくないと、気持ちも身体も一致する。  一緒に、悦くなりたい。にかりと笑ってみせた。 「ふふふ、ん。サー、ディク、動いていいよって、言わせて」 「[Say(許可を)]」 「サーディクも、気持ちよくなって……っぴゃぁん!」  シャムスが許可を出すや否や、サーディクは一度思いきり最奥を突き上げた。 「きみのそういう、献身的で可愛いところがたまらない」  感じ入ったように呟く。かと思うと今度は腰を引き、性器の張り出したところで、さっきシャムスを跳ねさせた腹側の一点を抉る。  途端、脳天から足の爪の先まで快楽が()け巡った。 「あっ、ぴぁ、……ねえ、……オレばっか、……だめ、だめ、っやだぁ」  今度は気持ちよ過ぎて懇願するも、もちろんサーディクは聞かない。シャムスの声色を聞き分け、制止は聞かないのが彼の甘やかし方だ。そうやって快楽を教え込む。 「たっぷり可愛がると、約束しましたから」  結合が解けてしまうぎりぎりまで性器を引き抜いては、最奥まで押し込みきらず、腹側の一箇所を突く。上反りしているから一度も外さない。執拗に狙われ、慣れるどころかより大きな快楽が生まれる。  そういうふうに、躾けられている。 「ぴぃいっ、悦いの、止まんない、ょ……どうしよ、っ、ぴゃあん」  サーディクに植えつけられた信頼という名の被支配欲が、満たされる。寝台の木脚が軋むのより大きな声で啼き喚く。 「きみは啼き叫んでいても可愛いから、困ります」  快楽に悶えるシャムスを見下ろすサーディクの碧眼が、ぎらぎらと燃えていた。官舎でも垣間見た、雄の顔だ。自分がこの顏をさせていると思うと達成感でいっぱいになる。  もっと気持ちよくなりたい。もっと気持ちよくしたい。替えが利かなくなるくらい。  身体がなじんだのと、心が望んだのとで、もうまったく痛みはない。サーディクの逞しいおしりに手を添わせ、引き寄せる。 「奥も、可愛がって、躾けて」  サーディクは誘われるまま、黒銀の羽を広げた。天蓋がないから引っ掛からない。  その羽を羽ばたかせると、胸から腰にかけてうねりが生まれ、挿入の深さも変わる。 「ぴ、あぁあ~ッ!」  奥の括れをまとめてぶち抜かれることになり、シャムスはまた大きな声を上げた。  サーディクもたまに吐息まじりの声を漏らす。感じているのはシャムスばかりではない。  サーディクの性器に太いところと細いところがあるように、シャムスの内壁も通りやすいところと引っ掛かるところがある。その引っ掛かりでねっとり粘膜を擦り合わせるのが、何より気持ちよかった。そこにはサーディクしか辿り着けない。 「ぴぃ、奥、……いい仔、?」 「ええ。素直で、可愛くて、躾け甲斐があります」  生殖における「可愛い」が、プレイの誉め言葉みたいに作用して、快楽に浸る。  サーディクは性器の形はもちろん、突く強さや間隔も絶妙だ。シャムスの愛液とサーディクの先走りが掻き混ぜられ、じゅぷじゅぷといやらしい音を立てる。 「それ好き、すき、やめないで、っ」 「いいですよ、と言いたいところですが、自分だけ達しましたね?」  サーディクが抽送を中断する。暴れ過ぎて抜けたシャムスの羽根で白濁を掬い、口に運んだ。  性器を触られてもいないのにそんなはずはない、と下腹部を見やる。まさに断続的に吐精している最中で、言い逃れできない状態だった。ナカをたくさん擦られて、イってしまった。 「ごめん、なさい……お仕置き、する?」  くしゃくしゃの敷布を引き寄せ、泣き顔を半分隠しながら訊く。サーディクは何かに耐えるように目を瞑ったのち、 「可愛いから許しそうになりますが……、次は私がいいと言うまで達さない。そういうプレイにしましょう」  と提案してきた。  シャムスは気づいたら吐精していたので、はっきり言って自信はない。でも、うまくできたらとびきりのご褒美をくれるに違いない。こくこく頷く。 「オレ、サーディクとのプレイ、大好き……。続き、しよ?」  足を、サーディクの汗ばむ腰に絡める。サーディクは小さく溜め息を吐き、がばりと覆い被さってきた。挿入の角度が変わり、シャムスは細く高く啼く。 「[Stay(まだ)]ですよ」  顔の横でぎゅっと手をつないだ。サーディクは羽ばたきの頻度を抑え、シャムスごとゆるゆる身体を揺らし始める。 「ぴ、ぃ~……っ、……ぴ、……~ッ!」  足の爪が天を向いたことで、最奥にサーディクの性器が届く。ナカをまんべんなく刺激された。シャムスも内壁を収縮させ、サーディクのものを抱き締める。 「はあ……どんどん美味くなりますね、シャムス……」  密着したので、サーディクの息遣いがよく聞こえる。サーディク自身の体臭が嗅ぎ取れる。サーディクの汗がシャムスの肌に染み込む。  心も身体も、身体の内も外も、サーディクのものになっていく。彼のサブミッシブになっていく。感情すら明け渡すのは怖いけれど、それほどまでにサーディクを信頼できるのは、心地よくもある。  サーディクの翼が起こす温風を味わっていたら、ふっと浮遊感に包まれた。いつの間にか、サーディクと一緒に雲の間を飛行している……? 「ぴ? ぁれ、サーディクしか見えないし、聞こえない……」 「おや、[サブスペース]に入ったのですか。はじめてでそこまで到達できて、偉いです」  サーディクが動きを小さくして、シャムスの顎下を撫でてくれた。褒められたシャムスと同じくらい、サーディクも嬉しそうだ。  [サブスペース]は、ドミナントによって導かれる、精神的な縄張りのようなものだ。天敵もなくふたりきり、カラーを身に着ける以上の、絶対の安心感を得られる。  猛禽を祖に持つサブミッシブであるシャムスは入りにくいと言われていた。でも今夜は生殖と同時のプレイだからか、すんなり入れた。 「サーディクが、連れてきてくれたん、でしょ……」  頬をゆるませ、充足に浸る。  かつて捕食者と被食者だった者同士が心を通わせると、こんなご褒美があるのか。  もっともシャムスとサーディクはどちらも捕食側だが。もし鷲と鷹だったら、大空で行き合っても縁が結ばれることはなかった。だが今は――。 「オレ、サブミッシブに生まれて、よかった。サーディクに甘えられるし、何回も食べてもらえる」  シャムスは満面の笑みで、サーディクを見上げた。  自分のダイナミクスを変えたいと願ったことはない。でも、サブミッシブらしく生きられていなかった。サーディクと出会って、サーディクを愛して、本当の自分になれた気がする。  対するサーディクは、悩ましげに目を細め、 「……確かに、きみが可愛くし過ぎないよう、念入りに躾けられてよかったです」  などと言い出す。 「へ、なんで? サーディクは甘えてほしいんだよね。だったら、ちょうどい、ぃあぁっ」  話の途中で声が裏返った。サーディクが急に強く性器を突き入れてきたのだ。しばらくゆるやかな快楽が続いていたぶん、反動で喉が反る。 「[Listen]。可愛いことをし過ぎると、こうなりますよ」  サーディクは身体に教えるとばかりに腰を振りたくった。そう言えばお仕置き中だった。羽ばたきも激しくなり、敷布の端が舞い上がる。軍人の体力はすさまじい。 「サーディ、ク、すご……つ、よぃっ、~~っ!」  ナカを擦られる度、甘い突風が全身に吹き抜ける。  肌のあちこちを齧られ舐められ吸われ、シャムスは悲鳴じみた嬌声を上げた。喉笛も腹も見せ、足をめいっぱい開き、翼を背に敷いた体勢では、逃げられない。 「ぴゃう……、っ可愛過ぎて、……ごめんな、さいぃ」 「それが可愛いと言っているのです。本当に……、食べたくなる……っ」  ぱんっぱんっと肌のぶつかり合う音が響く。お仕置きでおしりを叩くのは、この行為を模しているのかな、なんて思う。  視界がゆらゆら揺れた。片手をサーディクの頭に回してしがみつく。  すっかり乱れた銀髪のあわいに、二本傷が見えた。シャムスのせいでついた傷だと思うと、申し訳ないのに嬉しくもある。恨みの痕でなくシャムスを守った証となるようにと願って、口づけた。 「サー、ディク。大好き。……ごめん。……大、好き」 「[Stop]。また謝ったらお仕置きします」 「ん、ごめん。――ぁ」  もう謝らないと伝えようとして、あっさりコマンドを破ってしまった。  次の瞬間、サーディクの羽先が、シャムスの性器に巻きつく。奥を捏ねる腰遣いと連動させて扱かれた。くちゅ、ずちゅっと前からも後ろからもひっきりなしに粘着音が起こる。 「ぴぃっ! いぁ、んっ、イくっ、……イっちゃうぅ!」  身体中熱く痺れ、度を超えた快楽に苛まれる。これがお仕置きなら――良い仔にはなれない。 「さっき決めたでしょう? 私がコマンドを出すまでだめです。頑張ったらご褒美をあげます」 「……ぴ」  でもご褒美をぶら下げられ、足の爪を丸めて耐えた。  長くは持つまい。大好きなサーディクと身体をつなげ、性感が生まれる部位はすべて彼の支配下なのだ。 「ぴいいっ、イ……んっ、ん。ぁ?」  もう無理、というところで、サーディクが律動をゆるめる。 「ゃ、……なんで、……いぃいッ」  焦れてシャムスのほうが腰をグラインドし始めたら、まためちゃくちゃに突き下ろされる。  何度もその繰り返しで、おかしくなりそうだ。 「サー、ディク、味見じゃなくて、残さず食べて……っ、美味しいから……、」  快楽と充足のソースにひたひたに浸りきって、世界でいちばん美味しくなっている自信がある。これを逸したら腐ってしまう。啼き過ぎて枯れた声で頼み込む。 「おねがい」  結果的に、今夜いちばんのおねだりになった。  シャムスの腹の中で、大きいサーディクのものがさらにふくらむ。サーディクが指と羽先でシャムスの頬を撫でる。 「よく頑張りました、私のシャムス。[Cum(逝け)]」 「ぴっ、いぃいいい――っ!」  待ちに待ったコマンド。堰き止めていた絶頂に身を委ねる。解放の強さで、敷布から背が浮いた。  死ぬほど気持ちいい。でもまだとっておきのご褒美を与えられていない。  容易く開かない最奥に、印を刻まれたい。シャムスがただひとり支配を許した、美しく逞しいドミナントを見上げる。 「サーディク。一緒に、来い」 「御意に」  サーディクはまだ小刻みに痙攣しているシャムスの下半身を引き寄せた。彼も絶頂の縁ぎりぎりにいたらしい。数回捏ね上げたのちに胴震いし、最奥にどぷぷっと大量の精を注ぐ。  ナカを濡らされる感覚にシャムスはまたも達して、ぴぃぴぃ啼きながら宙を蹴った。 「[Stay(そのまま)]」  サーディクは達しぱなしのシャムスをがっちり押さえ込み、最後の一滴まで出し切るべく、鈴口を腸壁に擦りつけてくる。 (オレ雄なのに、孕みそう……)  そして優越感と満腹感、満たされたそばからの飢餓感を浮かべ、熱い吐息を漏らす。 「――『Well done』、ごちそうさまでした」  その本能的な仕草も表情も声も、シャムスしか知らない。  シャムスは今まで知らなかった、決して忘れることのできない、幸せに包まれた。

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