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第10話

 まるで彼の方が年上のようだ。穏やかに諭されると逞しい腕が肩にかかって引き寄せられる。暖かく広い胸の中に抱き込まれたらもう駄目だった。涙はこらえようにもあとからあとから零れ落ちてくる。   日頃は自分でとめられるはずの涙腺が言うことを聞いてくれない。 「うっ……」 「俺、似てますか? その人に」 「え……」 「振り返った時、たまに俺のことを愛おしそうに眺めてる貴方の視線とか、電話をしている時、普段よりずっと声が甘くなるのを感じてました。この手とか……、大きさとか形、似てますか」  そうして握られた手をもう振りほどけない。 (見透かされてた……。朔と背格好が似てるって、低い声が少し似てて、手の大きさも、節高の長い指も)  それでも彼は面影に縋るような情けない自分ごと、好きだと言ってくれたのだ。 「ごめん……、ごめんなさい」 「いいんです。俺のどこを気に入ってくれたとしても、それで貴方が俺のことを好きになってくれるなら、妬けるけど、すごく苦しいけど。それでもいい。貴方は本当に、その人のこと、すごく好きだったんですね」 「うん」  朔に捨てられたとき、叔父たちは悪しざまに彼を罵り、透を慰めた。  だが彼の全てを憎むには透は長い間、彼を想い続け過ぎてしまった。  嫌なところもあったけれど、元々は優しい男だった。将来洋菓子店で働きたいという透の夢を応援したいとも言ってくれていた。  しかし透は心のどこかでいつも、彼はオメガか彼の家柄に相応しいアルファの女性のところに行くのではとそんな風に恐れていた。  彼の愛情を信じ切れず、別れたいと泣き叫び弱音を吐いたことだって何度もある。そのたび彼に引き留められて、だけどまた不安感から衝突することの繰り返し。  結局は向こうから別れを告げられたけれど、彼の愛を信じきれぬ心が、結果彼を遠ざけたのかもしれない。 「大好きだったよ。僕の青春は全部、あいつとの思い出しかないから……。元彼……、朔がね、一度だけ、花をプレゼントしてくれたことがあって。それがフリージアで」 「……店の名前ですね」 「うん。すごく、嬉しかったなあ。フリージア、香りが華やかで心地よくて。でもあれは、アルファとオメガの間ではフェロモンの香りに似てるって言われてるだろ? 僕に、早くオメガになって欲しいってそういう気持ちでくれたのかもって、そう思って。でも僕、オメガになれなかった。ベータのままだった。僕がこんなんだから、朔は……」  嗚咽を漏らす透の薄い背を摩る手は暖かく優しい。透は自らから伏見の胸に飛び込んでいった。彼の心音は心地よく、静かなリズムを刻んでいた。しかし不意に早鐘を打ち始める。 「違うよ、透さん。透さんは何も悪くない。それに店名にするほど愛した花なら、フリージアを嫌わないで。ただ貴方に愛でられたくて、愛して欲しくて咲いた花だよ」  心臓のリズムが彼の一生懸命さを表していた。そのひたむきさは、かつての自分にも似ていたかもしれない。ただひたすらに好きで好きで、思いを伝えあって抱き合うことは幸せだった。

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