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第19話

 どうしてベータである自分にそんなことをいうのだろう。ぼうっと蕩けた頭でそう考えるが、身体からより一層力が抜けて、ぐしゃぐしゃに乱れたシーツに顔を埋めることしかできない。そんな透の顔の横に手を置いて、伏見は顔を横に向かせて愛おし気に唇を寄せた。 「ずっと、夢見てたんだ」 「あっあっあ!」 「俺の手で咲かせた、貴方の香りはどんなだろうって」 「ひう!」 「やっと手に入れた」  透の奥を苛んだまま大きく開いた口を、透のうなじにあて、ついに伏見は鶴首に強く噛みついた。 「いっ、ああっ!」  透は色っぽく背中をしならせながら鮮烈な痛みに耐えた。目の前が真っ赤になり、助けを求めて伸ばした手は伏見に捕まり、シーツに縫い留められる。 「透さん、俺の、番」 (番……! 僕が?)  今まで戯れ、あるいは独占欲を込めて朔に噛みつかれてきたことはあった。時と共に傷はいえ、しかし心には消えぬ落胆と切なさが刻みつけられた。  しかし今はその時とは何かが違う。  透の全身を包む花の香りに似たフェロモンに包まれ、恍惚とした心地に目が眩みそうだ。己の首筋に鼻先を当てている伏見が「たまらない透さんの香り」と呟いたことで、自分の身体に起った変化に興奮と少しの恐れからくる震えが止まらない。 「僕……、僕は……」 「俺の、番だよ。透さん……。愛してる、愛してる」  切なく愛を乞う男のものになったと思える何かが心にも身体にも生まれている。  透を護るように腕の中に包み込み、繋がったまま自らも寝台に横になる。透の媚肉に包まれたまま伏見は薄い腹を温めるように撫ぜて、今自分が傷付けたうなじを、獣が番に愛情を伝えるような仕草で舌で舐めとっていく。ちりちりと痛みが伝わるが、幸せが溢れて涙が零れてきた。 「すき……。好きだよ。伏見君。もっと、たくさん。いっぱい。僕をあいして」  伏見は背後で大きく息をのみ、一層強く透を抱きしめてきた。彼を正面から抱きしめたい気持ちに駆られたが、再び意識は遠のき幸せな温かさの中に蕩けて溶けていった。 ※※※  明るい日差しが窓から差し込んでいる。雪は止んだようだ。  窓から見える空は澄みわたり青く、普段より眩しく感じる。部屋の空調は掛かったままで、喉がひりひりとするのはきっと乾燥しているだけでなく、空が白むまで幾度となく彼と抱き合っていたからだろう。ちりり、とした首の痛みが彼と抱き合った夜を夢ではないと伝えてくれた。 (僕……。本当に……、オメガになった?)  嬉しそうに「そうだよ」と肯定して欲しくて恋人の姿を傍らに探す。 「伏見君……」  徐々に光に目が慣れると隣に眠っていたはずの青年の姿はなく、身代わりのように紫色のフリージアの小さな花束が薄っすらと甘い香りを漂わせていた。  透は小さなそれを目にすると息をのみ、再び大きく感情を揺さぶられる。 「うそ……、どうして?」  フリージアはレースの紙ナプキンのようなものと一緒に透明のセロファンで包まれ、明るい黄色の細いリボンが掛っている。可憐な花束は記憶のままの形を留めていた。 「おはよう、透さん。外もう、雪解けてますよ」

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