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第20話
ふいに寝室の扉が開かれて脱いだコートを腕にかけ、コンビニのビニール袋を手にした伏見が朝日を浴びながら微笑んでいた。あまりに爽やかな男前ぶりに目がくらみそうだ。
「朝食を買いに行ってました。角のパン屋さんやってなかったから駅前まで……。身体は平気ですか?」
「平気だけど、それより、これ!」
花束を手に飛び起きようとしたが下半身に力が入らず、同時に首の辺りに違和感とぴりっとする痛みを感じて指先で探る。
「いたっ」
「ごめん。かなり何度も噛みついてしまった。貴方が本当に俺のものになってくれたんだなあって思ったら嬉しくてしょうがなかった。貴方に俺の証を沢山つけたくて夢中になってしまって、とても手加減できなかったんだ。ごめんなさい」
また今朝はいつも通り礼儀正しい伏見だが、透に向ける表情は夜の名残りを残して甘い。
「伏見君、ねえ、これ」
再びベッドから起き上がろうとしてふら付き落ちそうになった所々赤い花の咲いた真っ白な裸の身体を、伏見はレジ袋を取り落すほど慌てて抱き止めた。
「無理しないで。いや、ごめん。俺が無理をさせたから。今日は一日中ずっとベッドにいて。俺が何でもするから、なんでもわがまま言って」
蜂蜜のように甘い台詞と温かな腕の中、花の香りは寧ろ彼から強く漂ってきて、戸惑う透は瞳を潤ませて伏見に縋りつく。
「この花束、どうして? なんで……」
伏見の穏やかなだけでない、なにか秘密を隠し持っているような微笑みに透は釘付けになる。
「昨日急いで何軒か花屋を周ったけど、その色のフリージアは置いてなかったんです。閉まりかけた店でなんとか見つけて包んで貰いました。貴方に贈りたくて」
(だから伏見君、あんなにずぶ濡れになってたんだ)
店の喫茶スペースにいけたフリージアはいつでも黄色か白のそれだった。紫色のフリージアは思い出の花束だけ、知っているのは透と朔の二人だけだったはずだ。しかしどうして彼がこのことを知っているのか。
「フリージアの香りは黄色が一番強くて、フェロモンに似ていると言われているけど、それは関係ない。フリージアにはそれぞれ花言葉があるんだ。黄色は無邪気、白は純潔」
「紫は……」
愛おしそうに外気で冷やされた両手を透が吐息を吹きかけ暖めると、感極まったような表情をみせた伏見が児戯のように愛らしい口付けをしてきた。彼はきらきらと美しい瞳の中に透だけを映してくる。
「『憧れ』だよ。透さん。小さな俺にはそれが精一杯で、寂しそうに眠るあなたの傍にこの花を贈ることしかできなかった」
「伏見君……。君が……、君だった……」
花束の送り主は、朔ではなかったのだ。思い起こされる記憶の糸を辿ると、柔らかく高く凛とした、少年の声がする。
『透さん、ゲーム一緒にしよう! そのあとパンケーキ作って』
蘇ってくる記憶の中、青年の笑顔と華奢で幼く愛らしい少年の目元が重なる。黒目がちの丸い瞳を持つ子リスのように愛らしかった少年は、凛々しく美しい青年となった。
『フリージアを嫌わないで』
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