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第21話

彼はどんな気持ちで何も知らない透にそう告げたのだろう。純粋な愛だけを込めた贈り物。その思い出を歪め踏みにじるような言葉を紡ぐ透の話を、どんな気持ちで聞いていたのだろう。  申し訳なくて涙ぐむ透の目じりに伏見は唇を押し当ててきた。慰める仕草の優しさに触れると、余計に涙が止まらなくなる。 「ごめんなさい。知らなくて。花束の思い出も、あんな風にひねくれて解釈して、君の真っすぐで綺麗な思いを……。僕は、本当に、愚かだ」 「泣かないで。透さん。帰国してすぐ、貴方のお店を探して『フリージア』なんだってわかった時、俺はすごくうれしかったから」  伏見はベッドの縁に腰を下ろすと、大切な宝物のように透の薄い身体を抱きかかえた。 「君、ライ君だよね。そうだ、君の名前。伏見雷君。こんなに大きくなって……」 「そうだよ。透さん、やっと思い出してくれた?」  逞しいアルファ性を持つ若者に成長を遂げる前、当時の彼は寧ろ同級生の間でも身体が小さく細かったように思う。 「苗字が……。ああ、そうだった。すぐに気づいてあげられなくてごめんね」  朔の両親は高校生の頃に弟の小学校の卒業を待って離婚をしていた。弟は確か母親に引き取られて海外に渡ったと聞かされていた。当時一緒に遊んであげていた弟分を失って、透は寂しい気持ちになったものだった。 (似ているわけだ。朔の弟だったんだもの) 「今、だから朔に似てるんだって思った?」 「思った」  正直にそう話せば、伏見は切なげに男らしい眉を寄せて彼もまた素直に心情を吐露し始めた。 「俺たち顔は全然似てないけど、親にも骨格とか雰囲気とか特に声が似てるって言われてるから。透さんが俺の姿を見ながら兄貴のこと思い出してるんだと思うと、すごく嫉妬してたよ。貴方はほんと、綺麗で優しくて、それでいて罪深い人だよね。まだ小学生だった俺を、あんなに夢中にさせてさ」 「まさか小さな君が僕を思っていてくれるなんて知らなくて、ごめん」 「そういうところが罪深いよ。俺はずっと、貴方に焦がれてた。兄さんとの事後の部屋で一人で置き去りにされて泣いてる姿見て、俺なら絶対に貴方を泣かさないのにって、俺は自分の年の差が、小さな身体が、貴方の元を離れなければいけない運命が、全て歯がゆかった。こんな風に貴方を抱きしめたかったんだ」  小さな身体いっぱいに溢れる感情を秘めていた幼い伏見を想うと、透も彼に駆け寄って抱きしめてあげかったと思った。 「おませだね、雷君。そんな風に思ってたんだね」  そんな風に笑うと、伏見は色気を含んだ眼差しを向けた後、身体をよじって腕の中にいたはずの透は再びベッドの上であおむけに押し倒された。もう子どもだとは揶揄えないような艶っぽい口づけに蕩ける透に、降り注ぐ甘い香りはフリージアのそれに似ている。 「俺はもう子供じゃないよ。貴方を護れる。こんな風に、貴方を愛せる」  この声で囁かれると弱い。そんな顔をしたらまた、兄の影に瞳の奥が焦れた伏見がいじらしくて可愛い。

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