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リナリアを胸に抱いて10

二人でソファーに並んで腰かけ、ゲームをしている最中に珍しく母が帰ってきた。普段は職場近くにあるマンションで寝泊まりしているようで、こちらに居つかない。母はついにこの家での役目を終え、出ていく準備を着々と進めているようだった。 最近、やっと運命の相手と再会できたと、そちらには足しげく通っている。嬉しそうな顔を隠そうともしないのが、逆に清々しい。明るい色の服を着て、前に会った時よりずっと華やいだ雰囲気を醸し出していた。母は気持ちに余裕が生まれたのか、機嫌よく透に挨拶をし、興味深そうに二人を見た後、また仕事に戻っていった。  そんな母を見送る時、少し前だったら自分では制御しようもない寂しさに襲われていたものだが、今はどうとも思わない。 (透さんが隣にいるからなのかな……)  透の身体に少しだけ寄り掛かると、彼も逆に身体を傾けてくれる。その重みと温みが、冷房で冷えた身体に染み入る。 「透さんのその服さ、全部兄さんが選んだやつだろ」  ゲームすら、コツを掴んだら雷には造作もないことだった。すぐに得手になった雷と違って、今の一言で動揺した透はすぐさまゲームオーバーになってしまう。 「分かってるよ。似合ってないだろ」  いかにもハイブランドの服で恋人を着飾らせそうな、気障な高校生。兄の選びそうな服だと思った。 「兄さんの好きそうな感じ」  少し嫉妬が混じってしまったかもしれない。雷だって透に似合いそうな服を選んで着せてあげたい。からかうと透は真っ赤な顔で反論してきた。 「僕が着てきた服、どっかいっちゃったんだ。朔が用意してくれた部屋のクローゼットにある服、どれでも着ればいいって言われたんだけど、……これ、なんか女性ものっぽく見えるよね。一応男性用みたいなんだけど、あんまり着ない色の服と素材だからちょっと恥ずかしいんだ。料理もしにくいし……。僕、普段は叔父さんのお古のTシャツとパンツとかシンプルな奴しか着ないし、うちそんなに裕福な方じゃないから、こういう生地も柔らかな服、なんかちょっと、僕には分不相応っていうか……」 「その色、透さんに似合ってるよ、綺麗だと思う。でも……」  雷は目線を真っすぐ画面を見ながら付け加えた。 「別にブランドの服じゃなくても、あんたなら何着ても綺麗なんじゃないかと思う」  お世辞を言ったつもりもなく、何気なく呟いた言葉だった。  透の明るい髪色、光に透けるとビー玉みたいに淡い色の瞳。飾り立てなくてもこの人は内面からにじみ出た柔らかさで、十分美しいと思う。 「へっ……。今どきの小学生、すごいなあ。雷君も将来イケメンになりそうだね。朔の弟だし」 「兄さんと、僕は違うから。……ゲーム飽きた。もうやめよ」  むっとして雷は口を曲げる。兄と比べられることは普段は何とも思わないのに、この人に言われるとついムキになってしまう。

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