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リナリアを胸に抱いて14

透にはあの夏以降殆ど会えていない。透はベータのままだったが、兄の執心は異常なほどに増していった。雷や他の使用人が透に近づこうものなら、怒りをあらわにし、彼を自分の部屋に閉じ込めてしまうからだ。   たまに雷が一方的にみかけた時、透は兄と喧嘩をしたのか小さな顔を真っ赤にして涙をこぼしていた。駆け寄って兄を突き飛ばし、透を抱きしめてあげたかった。しかし自分にはその資格がない。まだ小さな自分の身体が、年齢が恨めしい。  一目だけでも透に会いたかった。度々無意識に彼らの部屋の前まで足を向けたが、そのたび透の苦し気な声、嬌声、泣き声が聞こえてきてやるせない気持ちになった。  雷が透に近づくことで兄が警戒心を深める。兄には雷が透へ抱く特別な感情がばれているのだろう。  あの日今まで誰にも心を開かなかった弟が、透に大人しく抱きしめられていた。もしくは透の心が一時でも自分から反れたことへの苦々しい妬心ゆえかもしれない。  兄は余計透を雁字搦めにし、時には学校にも行かせないほどだった。そのせいで透と大切な家族との溝は深まるばかりだ。 (僕ならあんな愛し方はしない。絶対に透さんを泣かせたりしない。透さんが大事にしているものごと、彼を包み込んで愛してあげたい。僕が透さんを守ってあげたい)  しかし、現状雷にできることなど高が知れていた。雷は阻まれればより燃え上がる想いに無理やり蓋をして、透と接点を持つことを止めた。  その代わり、学校で少しずつ、周りの人間に関心を向けてみることにした。  無視をせず、笑顔を見せれば人は簡単に雷に好意を向けてくれた。人から愛されない、疎まれるばかりだという思い込みを取っ払えば、意外と相手も心を寄せてくれると気が付いた。それはあの夏、透が教えてくれたことだ。   寒い冬を終え、また薔薇の芽が伸びてきた春。卒業を機に、雷は母と共にこの家を出ることになった。 (透さん、会いたいよ。またあの笑顔が見たい。僕も少しは、笑顔が上手くなったよ)  学校ではせっかく仲良くなれたのにと、沢山の同級生に涙で見送られた。  どうしても最後に透に会いたかった。その気持ちが通じたのか、出発の日、兄は早朝に父に呼び出され、家を後にしていた。  兄の部屋の鍵は開いていて、透は涙に濡れた顔のまま乱れた寝台で眠っていた。白い顔が前よりもっと小さく、とても儚く見えた。 「このまま、貴方を攫って行ってしまいたいよ」  僕と一緒に、空を飛んでずっと遠くまで。  夏よりずっと大きくなった雷は、もう彼を抱き上げることができるかもしれない。起こそうかと迷ったが、彼と言葉を交わしたらきっと決心が揺らぐ。どうしても透の傍に居たくて、そのために日本に留まろうかとまで思っていたからだ。  でも、母と共に海外に行くと決めた。そこで沢山学んで早く自立した大人の男になる。雷はそのまま声をかけることを止めた。 (さようなら、透さん)  

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