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リナリアを胸に抱いて16
※※※ ここから現代。本篇後の二人です。
「……くん、雷くん」
目が覚めたら、愛おしい番の顔が目の前にあった。
肩にふわりと暖かい、ガーゼのブランケットがかけられていた。どうやらいつの間にか眠ってしまったらしい。
今日は仕事が終わった後、透が雷のマンションに来てくれている。番になってすぐに透の店の近くに借り直した家だから、公園を挟んで向かいにあるほど『フリージア』に近い。
もちろん出来れば今すぐにでも透と一緒に暮らしたい。いつだって愛しい透がいなければ世も日も明けぬ心地だ。だけど互いの住処に転がり込むのは安易過ぎると、これからの二人の生活について熟考を重ねているところだ。とはいえ、日々どちらかの家で共に過ごしている。
このところ睡眠不足だったとはいえ、透が起きている時間に先に眠ってしまうなんてことは珍しくて、雷は苦笑した。
(透さんが番になって……。どれだけ安心しているんだ、俺は)
「大分寝ていましたか?」
「ふふ。三十分ぐらいかな。ハーブティ飲むかなって声掛けに来たら雷くん眠ってた。課題をやっている途中だったの? 難しい英語の専門書、沢山あるね。僕にはちっともわからないよ」
「ああ、これは……、また後にしますね」
ぱたんっと分厚い専門書を閉じた。透にはまだ言っていないことが山ほどある。
まず、雷は大学生ではない。透に伝えている大学で教授に頼まれ助手をしている。だが本来の籍はアメリカの医療研究所の博士研究員だ。フリージアでアルバイトをする際、透に近づきやすいようにあえて年齢に合わせて『大学生』であるということにした。
専攻は薬学だ。生物から物理まで幅広く学べるからと選んだ。ライフワークとして、在学中にバース性の転換についての論文を発表した。
伯父がベータからオメガに転換し、従姉妹たちを産んだということもあり、生きるサンプルが身近にいたことも大きい。
意味合いは大分違うがキャッチーに『人間のクマノミ化』などと呼ばれて一時アメリカで話題になったのだが、透はそのことを知る由もない。
アメリカに渡るとすぐ、雷は世界中に伝承されているオメガに転換する方法を調べていった。身体を冷やさない、子宮に働きかけるハーブを常用する、パートナーとなるアルファと共に過ごす時間を増やす、直接的に精を受けるなど様々だった。
誰もが持つ未成熟な子宮に一部のアルファが持つ強い性フェロモンを浴びせ続けることで、DNAに眠る『雌化するスイッチ』がオンになる。その状態で精を受けるとベータでも、あるいはアルファでもオメガに転換することができる。もちろんごく、稀であるがと付け加えられるが。
最後はDNAレベルでの、互いの相性の良さによることも大きい。いわゆる運命の番といわれるほど強く惹かれるもの同士の場合、成功する確率が上がるということらしい。
もちろん雷は透に対して出来うる手段はすべて使った。でも結局一番大切だったことは透が雷に対して心を開いて受け入れてくれたから、その一言に尽きるのではないかと思うのだ。
「透さん、ここに座って」
自らの膝を指さしたら、透は困った顔をして小首を傾げた。
「えー。僕、重たいよ」
「重たくないです。俺を癒すと思って、さあ」
てっきり背中から座るかと思ったら、少し天然なところのある透は大胆にもすらりとした足を開いて、大胆に正面から雷に跨ってきた。
驚いてきょとんとした顔をしたら、「え、違ってた?」と透は焦って顔を真っ赤にして立ち上がろうともがく。
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