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第7話

 窓から外を覗けば、デズモンドの騎士とミラーの騎士が並んで走るというありえない光景に気が遠くなった。  嗚呼、帰りたくない……きっと帰ったら、叱責されるんだろう。  母に怒られるのはまだいい。なんだかんだ言っても母は俺に甘い。恐ろしいのは、閣下と長兄、二番目の姉に知られることだ。  憂鬱を隠し切れない表情に、ノアが強く抱き着いてくる。  大きな声や物音が苦手な繊細で可愛い弟。聡く賢い弟も屋敷に帰ったときのことを思い憂いているのだ。 「……ノア、そんな顔でどうするんだ。イーディス嬢をダンスに誘うんだろう?」 「あ、兄上ぇ」 「おや、ノア君は末妹君が好きなのかい?」 「ちっ、ちがうもん!」 「では、嫌いなんだね?」 「……ちがうもぉん」  双子にクスクスと揶揄われ、瞳を潤ませるノアに助けを求められる。 「あまり、揶揄わないでくれ」と苦言を呈すれば、双子の矛先はこちらに向いた。  馬車に乗せてくれたことはありがたいが、後のことを考えれば彼らと慣れ合うつもりはない。 『俺』の望みは、ハッピーエンドを見ること。そこに俺がいようといなかろうと関係ない。俺は読者で、役者じゃない。  原作通りに進めば、ノエル(おれ)ノア(おとうと)も地獄逝き。俺は死にたくない。ノアにも、幸せになってほしい。イーディスじゃなく、政治的なことと関わりのない田舎貴族の心優しい少女と恋に落ちて結ばれてほしいと思うのは兄のエゴだろうか。 「貴方は誰かと踊るんですか?」 「俺はこの子の同伴で来ただけだ。まぁ、招待状をくれたイーディス嬢には挨拶も兼ねて、一曲お誘いをするつもりだけど。ノアとも、仲良くしてもらっているからね」  ――母からの『お願い』もあるし。 「それじゃあ、ファーストダンスはこの僕、カイン・ミラーがお誘いしてもいいでしょうか?」 「カインがファーストダンスなら、このアデル・ミラー、貴方をラストダンスにお誘いしたいです」  アデルが右手を、カインが左手を差し伸べてくる。いまさら、瓜二つの生き写しみたいな彼らは鏡映しなんだと気が付いた。  いや、そんなことどうでもよくて、現実逃避は俺の悪い癖だった。 「…………ちょっと、何言ってるか意味わからない」 「――坊ちゃん方、エインズワース邸に到着いたしました」  嗚呼! こんなにも第三者に感謝したことはない。 「ノア、降りよう」 「え? う、うん」  今がチャンスだとばかりに、ノアを抱き上げたまま扉が開かれた瞬間に馬車から降りた。  地面に足をつけ、後ろを振り返る。 「心優しきミラー家に感謝を」 「感謝を!」  俺の真似をして、にっこりと満面に笑む弟に口元が緩んだ。  ファーストダンスも、ラストダンスも、言っている意味がわからない。どっちも大切なダンスじゃないか――ご令嬢にとっては、だが。  彼らほど整った美貌なら、ダンスのお誘いも引っ切り無しだろう。  わざわざ俺を誘わなくたっていいものを。俺を体の良い虫除けにするつもりだったとかだろうか。素直にそう言ってくれれば協力してやらないこともなかったが、この『宝石』と言われる俺を虫除け扱いするのもなんだか腹が立つ。  再び背を向けて、玄関ホールへ向かうために足を踏み出した。 「またあとでお会いしましょうね」 「僕たちの美しき『宝石』の君」  耳のすぐそばで囁かれたような冷たい、熱のこもった声音に背筋が粟立った。  チラと肩越しに視線を向ければ、にこりと微笑んだ双子と目が合う。 「……厄介なのに目をつけられたかな」 「兄上? どうされたのですか?」 「いや、なんでもないよ。さぁ、受付を済ませて、イーディス嬢の所へご挨拶に行こう」 「はい!」

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