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第6話
「私はアデル・ミラー」
「僕はカイン・ミラー」
ふわふわの灰色の髪に、理知的な輝きを秘めた蒼い瞳の美青年がふたり。お行儀よく座って、にこにことこちらを伺う様子は屋敷で飼っている猫を思い出した。
お転婆娘で、部屋のカーテンは爪痕だらけにするのが趣味なかわいい子だ。ふわふわの髪は長毛種のようだけど、色だけ見ればロシアンブルーを思わせる。ニコニコ微笑んでいるのを見ると、つい喉をくすぐってみたくなった。ゴロゴロ鳴ったりしないかな。
「……俺たちを乗せて、本当によかったのか?」
「なぜ? 貴方が困っているのなら、私たちが一番に手を差し伸べますよ」
眉を下げて、嘆息を飲み込んだ。
ミラー兄弟と向かい合って座る俺とノア。ふかふかの座席に、揺れもほとんど感じない馬車はウチと引けを取らない。むしろこちらのほうが乗り心地が良い気もしてきた。緊張で体が強張っているから、きっと帰宅した頃には腰が痛んでいるだろうけど。
ノアも口数少なく、手は繋いだままだ。不安げに眉根を下げて俺たちの会話を聞いている。
「僕たちは、ずっと貴方にお会いしたかったんです」
「……俺に? 申し訳ないけれど、俺はデズモンドに関することは何も、」
「そうじゃありません。デズモンドも、ミラーも、一族なんて関係なく貴方に――ノエル・デズモンドに会いたかったんです」
身を乗り出したアデル――双子の兄の方だ。ふわふわの髪は背の中ほどまで伸ばされて、うなじでひとつに青いリボンで結ばれている――に、ノアと繋いでいない方の手を取られる。白い手袋越しに彼の低い体温を感じて、ドキリと心臓が跳ねた。
他人の体温が苦手だ。嫌でもこの場に存在することを意識させられて、物語ではないのだと、夢ではないのだと自覚させられる。
――俺は、未だに夢なんじゃないかと思ってしまう。次に目覚めたら病院の天井なんじゃないかと、十数年ノエルとして生きてきたのに、どこかで現実として受け止め切れていなかった。
「ぁ、兄上を、困らせないでください……!」
ぎゅうとアデルが握りしめる手を抜き取ったノアに抱きしめられる。細く繊細な顔を顰めて、双子を睨みつける様子は子猫の威嚇のようで愛らしい。
揃いの蒼い目を丸くしてぱちぱちと瞬かせた双子はそっくり瓜二つの顔を見合わせて、苦笑いをこぼした。
瞬く速さや、表情を変える様子など、髪型の相違がなければどちらがアデルでカインなのか見分けられなかっただろう。
「天使君は、お兄さんのことが大好き?」
「天使じゃないですっ、ノアです!」
「うんうん。ノア君だよね。ほら、アデルが天使なんて呼ぶから拗ねちゃったじゃないか」
「ごめんね。ノア君が絵画から飛び出してきた天使のように可愛らしかったから、つい」
背を丸めてノアと目線を合わせて会話をする双子に、敵意や悪意は感じられない。嘘をついているとも限らないが、そういう風には見えなかった。
顔を見せる前の刺々しい皮肉と嫌味は鳴りを潜めて、どこまでも穏やかに接してくれる。裏があるんじゃ、と勘繰ってしまうけど、ふたりは純粋に「僕たちが親切にするのは貴方だからですよ」と言われてしまう。どんな表情 をするのが正解なのかわからなかった。
俺じゃなかったらふたりは手を差し伸べ、馬車に乗せることもしなかったんだろう。もし好感度が目に見えていたらマックスに違いない。それくらい好意的に接してくれるから印象操作しなくてもいいのは楽だが、何がふたりをそうさせるのだろう。
初対面のはずなのに、蒼い瞳には懐古の情が滲んでいて、どこかで会ったことあっただろうかと記憶を探るが答えは出てこなかった。
「……兄上は、僕の兄上だもん」
「そうだね。ノア君のお兄さんだ」
「僕が一番、兄上のことが好きなんだもん」
「そうだね、見ていてわかるよ。妬いてしまうくらい、君たち兄弟は仲が良さそうだ」
くすくすと含み笑いをこぼす双子からノアを引き離す。ぽかん、とチェリーピンクの瞳を丸くするノアを膝の上に乗せ、避難させる。
猫のようにふわふわくすくすしているけれど、一瞬眇められた瞳は獰猛さを孕み、愛玩猫ではなく侵入者を噛み殺す肉食獣のようだ。この可愛い弟が食べられてしまわないか不安になった。
「……ほんと、仲良すぎて妬いちゃいます」
「君たちも十分、仲が良さそうに見えるが」
「そりゃぁそうですね。なにせ、生まれた時から隣り合っていたんです」
「好きな食べ物も、嫌いなモノも――好きになる人も一緒だったのはさすがに驚きましたけれどね」
穏やかな声音には熱がこもっていた。
「……エインズワースのご令嬢か?」
「エインズワース? なぜ、今エインズワースが出てきたんですか?」
「今貴方と話をしているのは僕たちです。……まさか、エインズワースに好いている人でもいらっしゃるんですか?」
待て待て待て。俺は彼らの好きな人の話をしていたはずなんだが、どうして俺の好きな人の話になったんだ?
ただ俺は、原作CP厨として聞かずにはいられなかった問いをしただけだったんだが。そこでもしアリス嬢だのロリーナ嬢だのと答えられたら、胸の内に湧き上がるオタクな感情をどう処理したらいいか困ってしまったが。
穏やかな笑みを悲愴な面持ちに変えた彼らに首を傾げた。あくまでも冷静さを装って、ノエルらしく務める。内心では大混乱だ。
「君たちの話だ。エインズワース家には素晴らしいご令嬢が三人もいらっしゃるだろう。君たちと釣り合うのなら彼女たちの誰かかと思ったんだが……違ったか?」
「……アッ、そういうことですか」
「貴方の問いに答えるなら、私たちの好いている人はエインズワースのご令嬢でも、どこぞの貴族のご令嬢でも、市井の娘でも、ありません」
エインズワースでも、そのほかのお嬢様でも、町娘でもない……? それ以外でキャラ立ちしている登場人物っていただろうか?
薄れつつあるストーリーを思い出すが、そもそも、ミラー家の双子について言及されていることは少なかった。
「ミラー家の見目麗しい双子は、童話に出てくるとらえどころのない猫のようであり、ハートとスペードのようにとても仲がよかった」としか描写されておらず、ノエル よりも開示されてる情報は少なかった。
それゆえに二次創作界隈は賑わっており、夢小説だけでなく腐向けだとかTS物だとか、様々なジャンルでその人気を確立していた。『美形な双子』とはオタクにとって一種の宗教である。
「そう。違うならいいんだ。エインズワースは倍率が高いからね」
「倍率、ですか?」
「いや、なんでもない。気にしないでくれ」
危うく『俺』が出てしまった。
苦虫を噛み潰して首を横に振る。聞きたそうな顔をしているが、それ以上何も言わないでいるとふたりとも諦めたのか座席に深く座り直した。
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