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第17話
「兄上! あ、アデルお兄さん、カインお兄さんも!」
部屋まで送られ、出迎えてくれたノアは頬を紅潮させて嬉しそうだ。
「ごめんね、ノア君。話が盛り上がってしまって、お兄さんを引き留めちゃったんだ」
「うん、いいよ。兄上にお友達ができて、僕、嬉しいから」
それは言外に俺は友達がいないと言っているのかい、弟よ。確かにその通りなんだが。
悪の貴族に友達なんてできるわけないだろ。おこぼれにすり寄ってくる寄生虫か、俺の美貌目当ての変態しか寄ってこないんだ。友達なんてこっちから願い下げだ。
「……ノア君は、とってもいい子だね」
「そうだろう。うちで一番自慢の弟だ」
「兄上~!」
天使の笑みで駆け寄ってきたノアを抱き上げた瞬間、空気が一瞬だけひりついた。ふたりを見れば、気まずそうに目を反らすものだから呆れてしまう。
こいつら、弟にも嫉妬しているのか。
「ノア君、おやすみ」
「うん! おやすみなさい、お兄さんたち!」
「貴方も、ゆっくり休んでくださいね」
「おやすみなさい」
ノアにチークキスをして、俺にはリップ音を立てて両頬にキスをして去っていった双子に、今度こそ溜め息を深く吐き出した。溜め息を吐いたら幸せが逃げると言うけれど、溜めすぎも毒だ。ちょうどよく適度に吐き出さなくては。
バタンと閉じた扉に内鍵を閉めて、ノアを抱き上げたまま寝室へ向かう。
俺とノアなら並んで眠っても問題ない絵面だ。あの双子も、一緒に横になって眠るんだろうか。ベッド、ひとつしかなかったけど。
「兄上」
「なんだ?」
ベッドに降ろして、靴を脱がしてやる。その間にノアは自分でシャツを脱いで、寝間着代わりに小さなガウンを羽織った。
靴を揃えてベッドの横に置き、俺もまたさっき着なおしたばかりの服を脱いだ。
「あのふたりは、兄上のことが好きなんですね」
「……どうして?」
「それに兄上も!」
ニコニコ、ニコニコ。
今日で一番の笑みを見せてくれたノアは可愛らしいが、何を言いたいのかわからない。
「あのお兄さんたちなら、僕、いいと思います。きっと、兄上のことを幸せにしてくれる。ミラー家と言えば、騎士ですから、守ってくれますね」
ふわふわ笑うのは眠い証拠だ。
うとうと舟を漕ぐ弟の丸い頭を撫でて、拙い言葉に耳を傾けた。
「僕、ちゃんとわかっています。兄上が、ぼくのことを守ってくれようとしてるの。……ぼくが、父上や、ははうえの夜会にいっしょに連れて行ってもらえないのは、あにうえが……」
聡い子だ。とっても賢くて、いい子。我儘も言わず、俺の意図を汲み取ってくれる可愛い子。
「あにうえが、ぼくを、みていないのも――」
小さく、夢心地のつぶやきを最後にノアは眠りへと落ちていった。
「……は、俺が、ノアを見ていない……?」
ノア。ノエル の可愛い弟。
乃空 。『俺』の生意気で憎たらしい弟。
もう、顔も思い出せない。けどノアとは似ても似つかない容姿で、いつもガールフレンドを取っかえ引っ変えしてる、しょうがない奴だった。
そのとばっちりを俺が食うこともあったけど、なんでか憎めない、可愛らしい 弟だった。
髪色も、目も、年齢も、何もかもが違うのに、名前だけが同じ。重ねるわけがないのに。重なるわけがないのに。
――俺は、自分で気がついていないうちに、ノアと乃空を重ねていたのか?
『俺』は『ノエル』になった。そうずっと思ってた。夢だったらいいのに、目が覚めたら実は病院で、なんてことも考えた。
けれど、それは本当に『俺』なのか?
猛烈な吐き気に苛まれる。今まで見て見ぬふりをしてきたことを考えさせられる。
嘔吐感を飲み込んで、せり上がってきた酸っぱい液も飲み込んで、水差しからコップに注いだ水を一気に飲み干した。
「……俺は、ノエル・デズモンドだ。ノアの兄で、マリアの息子で、駒鳥シリーズのモブキャラ。それ以上でも、それ以下でもない」
自分自身に言い聞かせる。繰り返し呟いて、ベッドで眠るノアを見た。
まろい頬に、幼くあどけない寝顔だ。
「……ノアは、ノアだ。オレの大切な弟なんだよ」
ノアも、乃空も、どちらも比べられない、俺にとって大切な家族だった。
「おやすみ、ノア」
今日はもう、眠ってしまおう。起きていたってろくな事にならない。深く思考の澱みにハマってしまうだけだ。
さらり、と白に近い金髪を撫でて、ノアの隣に潜り込んだ。
明日、デズモンド邸へ帰らなければいけない。――馬車が到着するよりも、誰かが起きるよりも早く、俺たちはアデルとカインに攫われるのだ。
ノアは怒るだろうか。勝手に話を決めてしまった。怒るだろうなぁ……それで、「兄上は仕方ないですね」って年に似つかわしくない苦笑いを浮かべるのだ。
出会って一日も経っていないのに、俺はすっかり双子への警戒が緩んでしまっていた。
満更でもないと、彼らの甘やかな言葉を受け入れてしまう自分が気持ち悪かった。
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