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第39話

 ミラー家では、月に一度、情報連携などを兼ねたお茶会が開かれる。  嫌々言いながら準備をする双子を呑気に眺めていた俺は、まさかミラー閣下直筆の招待状を渡されることになるとは思わなかった。  ミラー家が勢ぞろいの中に、デズモンドの俺とノアが混ざる光景が想像できず、招待状を見なかったことにしたくてしかたなかった。  テーブルに乗った招待状を燃やそうとするアデルをカインが必死に止めていた。閣下直筆の招待状を燃やすのはヤバイだろ。  デズモンドでそんなことをしたら、躾けをすっ飛ばして処刑エンドまっしぐら。アデルの胴と頭がふたつに分かれているのを想像してしまう。確かにそれは洒落にならない。 「いいかい、父と母とは会話をしてもいいけど、兄と妹とは口を利いたらいけないよ」 「はいはい」 「今からでも体調不良にならないか? そうすれば、さすがにあの人たちも諦めるだろ」  俺がミラー家の人間と接触しないようにアデルとカインが手回しをしているから、直筆の招待状まで出してきたのだ。  不自然なくらい、俺は人と会わない。時折顔を合わせるのもかつて蒼薔薇の館にいた使用人たちくらいなもので、俺の行動範囲(といっても与えられた部屋と浴室とトイレくらい)に立ち入り禁止令を出していたと知ったのもつい先日だった。  当たり前のように用意をされた衣装を着て、重苦しい空気の中、お茶会の開かれる会場へと向かう。  口酸っぱく、あれはダメ、これはダメ、それはいいよと喋る双子に辟易する。  マナーに関しては問題ない。何と言ったってデズモンド閣下の『装飾品』だったんだもの。  あっちこっちと夜会やらパーティーやらへと社交界を連れ回されているうちに、領地運営は何それ状態だが、社交界のマナーやルールなら自分でも驚くほどに磨き上げられた。  ふたりが口を出しているのは、誰それと会話をするなだとか、デザートは私たちが取り分けるからね、とかそういうことだ。  嬉々として俺専属の召使いになる双子を目にして、ミラー閣下は激怒しないかだけが心配だった。「お前が誑かしたんだろう!」とか言われたらどうしよう。むしろお宅の息子さんたちに誑かされたんですけど、とか言えばいいのか。 「アデル様、カイン様。皆様おそろいでございます」 「僕たちが最後?」 「急いで準備したんだけどね」  急がなければいけなくなった原因は、時間ギリギリまで俺のクラバットの結び方に悩んでいたからだろうが。  シンプルなのでいいと言っているのに、カインによってボリュームのあるリボン結びにされた。ダンスパーティーや夜会の時ならいいが、どう考えてもお茶会には相応しくないリボン結びである。食べたり飲んだりするのに、ボリュームのある形は邪魔なだけだ。  髪を結わえる青いリボンもアデルとお揃いだし、明らかな牽制と匂わせだった。  ガチリと緊張するノアの手を握って笑いかける。  マリアが大事に大事に囲って俺が盾になっていたから、こうしたきちんとしたお茶会にノアが出るのは初めてだった。  イーディス嬢のダンスパーティーもノアが出席した片手で数えれる数少ないパーティーだ。あの時は、大好きなイーディス嬢に会えるから、と浮足立っていて緊張も忘れていたんだろう。  ――あれ、そういえば、ノアはイーディス嬢のことが好きなんだよな? 「兄上……」 「ぁ、……大丈夫、何も怖いことなんてない。美味しいお茶とお菓子がノアを待っているだけだ。それに、怖いことがあってもアデルとカインが守ってくれるよ」 「でも、ミラー家で一番強いのは、ミラー閣下ですよね」  うるうると今にも泣きだしそうなノアの額にキスをする。ぴり、と両脇から圧が放たれるけど、これくらい許してくれよ。 「ノア。お茶会で失敗しない方法を教えてあげる」 「失敗しない……?」 「そう。自分が主役だと思うんだ。自信を持って、胸を張る。視線を上げて、目を見るのが怖かったら相手の眉間を見ればいい。あとは、笑顔」 「笑顔」 「ノアは、俺とよく似てとっても愛らしいからな。ニコニコ笑顔を浮かべていれば、相手も毒気を抜かれて優しくしてくれる」  これは、連れまわされた社交界で学んだことだ。  初めの頃は笑顔を浮かべる余裕もなかった。  自信もなくて、常に下を向いていた。  そんな俺に喝を入れたのは、とあるご婦人だ。  顔が良いのだから、胸を張って前を見なさい、相手を見て微笑むだけでその相手を威圧できるのよ、貴方の美貌は貴方にとっての武器なのだから有効活用しなさい。  気高く、美しい貴婦人だった。美貌だけじゃない。内面から滲み出る、彼女の自信が輝いて見えた。  彼女とはそれっきりの縁で、名前もわからないから探しようがないのだけれど、俺にとっては革命そのものだった。  たった一度の出会いと叱責だったけど、心に刻んで、今でも忘れないように実践をしている。 「俺がね、ノアのように自信がなくて緊張していたときに言われた言葉なんだ。前を向きなさい、それだけで視界が開けてくるから、ってね」 「僕も、そうしたら、兄上のようになれますか……?」 「なれるさ。お前は俺の弟なんだもの」  パチン、とロードナイトの瞳が光にはじける  ク、と顎を引いて、視線を上げたノアの顔つきはさきほどとは違っていた。弟の成長が嬉しい。このまま、俺がいなくてもノアは生きていけるくらい、強くなってほしかった。 「ふたりとも、いいかい?」 「嗚呼、待たせた」 「僕も大丈夫です!」 「そうか。良い顔つきになったね、ノア君」  扉の前で待ってくれているふたりに追いついて、息を整える。 「旦那様、奥様方。アデル様とカイン様、お連れのお客様がいらっしゃいました」  この扉の向こうに、ミラー閣下たちがいるんだと思うと自然と息が上がりそうになった。 「安心して、ノエルに指一本触れさせないから」 「もちろん、ノア君にもね」  パチン、とウインクをするふたりの茶目っ気に、笑みがこぼれた。そうだな、アデルとカインがいるっていうのに、俺がどうして緊張する必要がある。  ノアに言ったことを思い返して、開かれる扉の向こうに視線を向けた。

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