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第43話
華やかな光の街・ルスティカ。鮮やかな花の街・フルールリーチ。ふたつの賑やかな街で彩られる王都は、人々の明るい笑顔と活気で溢れている。
ガラガラと車輪を鳴らす馬車を引くのは、整った真っ白な毛並みを靡かせ闊歩する白馬だ。穏やかな気性ながら、走らせたら誰も追いつけないと言わしめるミラー家の騎馬である。
二台の純白の馬車を護る青装束の王立騎士団員と白装束のミラー騎士団員は、人々の注目を浴びながら中心部に位置する大聖堂へと向かった。
大聖堂と大聖教会は似て非なる組織だ。
セラフィーナが所属する大聖教会は「民人に寄り添う」組織であり、これから向かう大聖堂は「神に寄り添う」組織だ。
数百年前は同じ組織だったが、方向性の違いで分裂、対立とまではいかずともいがみ合う関係になってしまっている。
「兄上、大聖堂ってどんなところですか?」
二台目の馬車に、双子と乗っていた俺はノアの質問に首をひねる。
「ノアも、行ったことがあっただろう? 覚えていないか?」
「あれ? そうだったっけ……」
記憶の中の大聖堂は、とても居心地の悪い空間だった。
人の好い笑みを浮かべる神官たちに、どこもかしこも真っ白な壁や床が続く廊下。高い天井はやけに音が響いて、自分の足音がどこか遠くから響くのが子供ながらに恐ろしかった。
大聖教会の聖女は人々のために祈りを捧げるけど、大聖堂の神官はよくわからない神に祈りを捧げるのだ。
当時は「大いなる白山羊に祈りを」と言われてもよくわからないままに祈りを捧げたが、きっと今もよくわからないまま祈りを捧げることになる。
「――アレ、誰の、弔いだったんだ」
マリアとはぐれて、真っ白な空間を歩き回った。右も左も、前も後ろもずぅっと同じ廊下が続いていて、まるで鏡の中を歩いているようで、動けなくなったのを覚えている。
純金の鐘を鳴らしたのも覚えているのに、誰のための弔いだったのか、思い出すことができなかった。
眉を顰めて首をひねるが、ぽっかりと、そこだけの記憶が抜け落ちている。
「私たちも、一度だけ行ったことがあるよ」
「大おばあ様の弔いだったな」
「真っ白で、不気味なとこだった」
「だよな。白すぎて、気持ち悪くなった記憶がある」
あの白すぎる空間を不気味に思っていたのは俺だけじゃなかった。げんなりと肩をすくめる双子にほっと息をこぼす。
思い出せない、ということは俺にとって大した記憶じゃないってことだ。無理に思い出すこともせず、抱いた違和感をそのまま忘れてしまった。
「お待ちしておりました。ノエル・デズモンド様。ノア・デズモンド様」
「お待ちしておりました。チャールズ・ミラー様。イブ・ミラー様。セドリック・ミラー様――」
ゲームのNPCのようなテンプレートの挨拶をする神官たちに、嫌悪感が足からよじ登った。
王都に着くなり、待ち構えていた神官たちによって大聖堂まで誘導された。拒否も抵抗も許さないとばかりに、左右を神官に固められ、歩くことを強制された。
息を落ち着かせる間もなく、にっこりと張り付けた笑顔の神官によって祈りの祭壇へと連行されて、神に祈りを捧げた後、弔いの儀式が行われる。
「待て。なぜ、行先が違う? 祈りを捧げるだけなら一緒でいいだろう?」
会話もなく、進めていた足を止めれば、後ろを歩いていたミラー一家は俺たちとは違う部屋へと連れていかれるところだった。
「恐れながら、信仰する神が違うからでございます」
「初めて聞いたぞ」
切れ長の瞳を瞬かせるミラー閣下は驚きをあらわにしており、俺たちも同様だ。そもそも、俺は神なんて信じていないし信仰もしていないが、祈りを捧げる神が違うというのは初耳だった。
原作でも大聖堂は大聖教会といがみ合っている謎の組織、くらいしか書かれておらず、信仰神や組織の内情について考察するスレが乱立していた。
「デズモンド家は大いなる白山羊に祈りを」
「ミラー家は大いなるヘラジカに祈りを」
「ヤギに、シカ……? もしや、家紋か?」
閣下の疑問にそれ以上答えることなく、笑顔を浮かべて「さぁ」と促され、無理やり足を進めさせられる。
強引な態度に舌を打つが、ぴくりとも笑顔を崩さない神官はまるで人形のようだった。
閉まりきる扉の隙間から「後でな!」と声を投げることしかできなかった。アデルとカインが暴れていなければいいんだけど。
「ずいぶんと、強引だな」
「祈りを捧げれば、すぐにお戻りになれますよ」
「……俺は神を信仰していない」
「ノエル・デズモンド様がそうであっても、古き神々はそうではございません。デズモンド家は、大いなる白山羊の神を崇めなければいけないのです」
お話にならなかった。にっこりと、笑みを崩さない神官に嫌気がして、つながらない会話に溜め息を吐く。さっさと祈りを捧げて出てしまおう。
「兄上……なんだか、怖い……」
「大丈夫。ほら、手を繋ごう」
花の顔 を白くするノアの手を繋いで、先導する神官についていく。ちら、と振り返った扉はぴったりと閉じていた。
窓のない通路は汚れもチリもない白で、自分たちがぽつんと浮いて見える。
ざわざわと産毛が逆立つ恐怖を奥歯を噛み締めて堪え、ノアの小さな手をギュッと握り締めた。
「さぁ、この先に大いなる白山羊がおわします。祈りを捧げるのです」
通路を抜けると、祭壇のある部屋に出た。不自然なほど白い真四角の部屋の真ん中に、果物や花が供えられた祭壇があり、黒い箱が一番高いところに収められている。あの箱には何が入っているのだろう。
「大いなる白き山羊よ。彼の一族が祈りを捧げます」
神官というよりも、どこかの宗教の熱心な信者のようだ。
膝をつき、両手の指を絡めて目を瞑る。祈りを捧げる。祈りって何だ。願いを唱えるのも違うだろうけど、どうせ神なんていやしない。
流れ星に願い事を言うように、心の中で、唯一の願いを唱えた。
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