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第44話
何か事件が起こるわけでもなく、祈りを捧げ終わるとまた来た道を戻り、扉の外に出た俺は熱すぎる抱擁に迎えられた。これでヤンデレスイッチが入ったら恨むんだが。
「仲がよろしいんですね」
にこりと微笑ましくしているがお前のせいだからな? 舌先まで出かかった文句を寸でのところで飲み込んだ。
一言も発さない双子の頭を撫でて、それぞれの額に首を伸ばしてキスをする。閣下がドン引きした目でこちらを見るものだから心が痛かった。貴方の息子さんたちですからね。
「あらあら。そういうところは貴方にそっくりですね」
「イヴ……!?」
聞き捨てならない言葉が聞こえたんだが。厳格なミラー閣下に、似ている、と? 俺の聞き間違いじゃない。だってセドリックも父親を二度見していた。
口元を大きな手のひらで覆い、白い頬を赤らめて視線をうろつかせる閣下。か、かわいい……!? とか思っていたら抱きつく腕に首を絞め殺されそうになった。口に出していないのにどうしてわかる。
「ゴホンッ。それで、弔いの儀式はいつから?」
「ノエル・デズモンド様とノア・デズモンド様が儀式の場に行き次第、始められます。すでに禊ぎはすんでおりますので、順番に鐘を鳴らすだけです」
「順番に?」
「はい。ほかのご兄弟様はそろっておりますよ」
今日の夕飯はなんだろう、と言うかのように呟かれた。
重苦しい緊張の中、きょうだいが出迎えてくれる。
「遅かったじゃない、お人形ちゃん、天使ちゃん」
黒と、赤の衣装に身を包んだ悪の一族。デズモンド家の子供たち。イザベラ、アレクシア、リチャード、ミーシャ、メルヴィン、エイダ。ベアトリーチェと、サーシャの姿はない。
「こちらにおいで。ノエル。ノア。父上と母上たちに別れを告げよう」
やけに落ち着いたアレクシアの声。
このまま近づいて、殺されることはないはずだ。弔いの儀式を行う間は穢れを持ち込んではならないとして、有無を言わさず扉の前で剣の類を没収されている。王族も貴族も平民も、例外なくだ。
きょうだいたちが並んだ目の前に、棺が五つ。閣下と、その妻である夫人たちの遺体が納められている。
ミラー閣下たちがどうするのか目で訴えてくる。行くな、とカインが言うけれど、これは弔いだ。そして、決別でもある。
ノアの手を引き、きょうだいたちの間に並んだ。イザベラが憎々し気に睨みつけてくるが、ほかのきょうだいはそうでもない。リチャードが無反応なのは想定内だけど、アレクシアやミーシャまで反応がないのは意外だった。
「それでは、弔鐘を」
神官の響き渡る声の後、鐘が鳴らされる。
純金の、片手で持てる大きさの鐘だ。ベルと言ってもいいかもしれない。リィン、リィン、リィン、とイザベラから順番に鳴らしていき、小さな鐘は俺の手元にやってくる。
リィン。リィン。りぃん。
響き渡る鐘の音に、喉が引き攣った。震える手で、ノアに鐘を手渡す。
親族が鳴らすの鐘の音とともに、死者の魂は行くべきところへと向かっていく。
「――セシルの時を、思い出させるなぁ」
ぽつり、とリチャードの呟きが大きく耳に響いた。
セシル? そんな、名前の子、いただろうか。
顔を向けても、リチャードはそれ以上何か言うこともなく、黙って棺を見つめていた。
やがて、弔鐘が鳴り止むと神官から百合の花を五輪、手渡される。どういう意味があるのか俺はわからない。セラフィーナならわかるんだろうか。
イザベラから順に、一輪ずつ百合の花を供えていった。
弔鐘は親族だけだが、花は誰でも供えられ、そこでようやく、俺はエインズワース家がいることに気が付いた。
エインズワース閣下と夫人、三姉妹。ミラー家も順番に花を供え、全員の手元から白百合がなくなると、神官たちが棺の中に甕いっぱいの聖水を流し入れ、祈りが捧げられる。
「冥福を祈ります。これにて、弔いの儀式を終了いたします」
一瞬の沈黙の後、カツン、とヒールを鳴らす音が響いた。
ハッとして顔を上げれば、美貌を憎悪で歪めたイザベラが、目の前で手を振り上げていた。
「――……よくも、よくも、このあたしに屈辱を与えたわね!!」
甘んじて受け入れようと、衝撃に備えて目を閉じた。バチンッと、弾ける音がして、いつまでたっても襲ってこない衝撃にそっとまぶたを持ち上げる。
衝撃を受けたのは、赤く腫らした白い手を押さえたイザベラだった。
「大聖堂内での争いがご法度でずよ、デズモンド嬢」
「なんで、……なんで、王族がここにいるのよ!」
パッと声の聞こえたほうを振り返る。
華やかな美貌の王子がふたり。血統裁判の見届け人がやってきた。
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