46 / 51

第45話

 ロリーナ編のメインヒーロー、『守護』の異能を持つクリオス第一王子とポーロス第二王子。  ローズブロンドの髪を緩やかに靡かせて、靴音を鳴らしながら俺とイザベラの間に立ち塞がる王子たちに困惑してした。  俺自身、彼らと接点はない。にっこりと友好的に笑いかけられる理由がわからなかった。 「怪我はないかい。ノエル・デズモンド」 「エッ、あ、はい。ありがとうございます、……! あっ、も、申し訳ありません、王子のお手を煩わせるようなことになるとは……!」 「かまわないさ。何と言ったって愛しいロリーナの、妹のお願いだからね」 「ロリーナの妹なら、私たちの義妹だろう」  は、として参列をしていたエインズワース家を見る。  護衛騎士は剣を持って儀式の間に入ることができないため、錫杖を手にした守護神官たちの後ろに匿われていた。  喪に服した黒のドレスに身を包んだイーディス嬢と目が合う。泣きそうな#表情__かお__#をするイーディス嬢の肩に手を添えるのは姉のロリーナとアリスだ。  こうして三姉妹が並んでいるのを見ると、確かにイーディス嬢はふたりの姉に比べて地味な顔立ちだった。  母譲りの腰までまっすぐに伸びたストレートヘアに、目じりの垂れた柔らかな春の陽射しを思わせる美女のロリーナ。  アリスは父譲りのくるくるの髪を結い上げており、ロリーナとは対照的につりがちな目は猫のような愛らしさがある。  ミルクティー色の髪に、ハシバミ色の瞳くらいしか共通点のない似ていない姉妹だった。 「さて、私たちが来た理由だけど、ミラー閣下より申告状をもらってね」 「俺たちに見届け人をしてほしいと」  血統裁判を開廷するよ、と笑顔で述べたクリオス王子に底知れない恐ろしさを感じた。  大聖堂の裏に、神衛騎士たちが訓練をする演習場がある。  デズモンドとミラーが対局に並び、王子たちが背中合わせに両家を見ていた。 「それでは、代表者一名、前へ」  ザ、と靴を鳴らして前へ出たのはセドリック・ミラーとアレクシア・デズモンドだ。 「私が出たかったのに」 「お前たちのどちらかが出るのかと思ってた」 「なんだかんだで、兄上は兄としての気持ちが強いからね」 「弟の尻拭いも兄の仕事なんだってさ」  不満げに肩を竦めた双子に挟まれたまま、向かい合う代表者たちを見る。  神の住まう大聖堂で血統裁判なんて! と血相を変える神官たちに、王子は国王陛下直筆サインの入った血統裁判の開廷状を投げて見せた。  国王陛下のサインに加えて、王家紋章の刻印入り書状は不可侵の大聖堂と言えども無視することはできず、今すぐにでも血統裁判を始めそうな王子たちに待ったをかけて、この演習場まで案内をしてくれたのだ。  ミラー家から長男が出るのも驚いたし、デズモンドからアレクシアが出るのも意外だった。  因縁がある、と言うが長男同士の因縁なんてアリス関連しか思い当たらない――のだが、なんと、今生でセドリックはアリスと深い関わりはないと言うではないか。  同じ三大貴族のエインズワース家も、離れたところで裁判の行方を見守っている。  物言いたげなイーディス嬢の視線を感じるが、話しかけられる雰囲気じゃない。  原作が破綻しているのはとっくに分かっていたことだけど、三姉妹がそろっているのに当て馬たちが暴走していないのも不思議だった。 「構えよ」  背中に棒でも入っているかのように真っ直ぐに立つセドリックと、姿勢を崩してラフな体勢を取るアレクシアは対照的だ。  第一王子の手に持った扇子が宙に投げられ、地面に着いた瞬間、裁判が始まる。 「どっちが勝つ?」 「兄上」  即答されて苦虫を噛み潰した。  次期聖騎士。剣聖と名高い、剣闘の麒麟児。  悪役は、ヒーローを際立たせるための役割でしかない。  扇子が――落ちる。  石畳を踏み込んで、火花が散る。甲高い金属音が響き渡る。 「――アレクシア、負けるつもりだ」 「は? どういう、」  どう見たって、アレクシアは本気を出していなかった。アイツの剣撃が、あんなに軽いわけが無い。セドリックに傷一つ付けられず、軽々と防がれるなんて、デズモンドの次の当主にあるまじき不甲斐なさだ。  一閃でグリズリーを断ち切れる実力があるはずなのに、アレクシアは簡単に一撃を防がれてしまっている。  決着はあっという間だった。  キィン、と白刃が飛んでくる。青い空をくるりくるりと鋼が舞って、目で追いかけたそれがギラリと牙を剥く。 「ぁ、」  ガキンッ、と。 「ノエル、怪我はない?」 「僕たちのノエルに傷がつくところだったじゃないか」  いつ、剣を抜いたのか。  それぞれ愛剣を手に、飛んできた白刃を地面に叩きつけた双子のこめかみには青筋が浮かんでいた。 「あ、あぁ、あり、がとう」  ぱちぱちと目を瞬かせて、何があったのか理解する前にアデルとカインによって解決された。 「……あっちも、決着がついたようだね」  ハッとして中心の二人へと目を向ける。  剣を握っていた利き手をだらりと重力に従って下ろし、ポタポタと赤い血を流すアレクシア。アレクシアも、赤い血が流れていることに、同じ人間だったんだと安心感を抱く。  武器を失ったアレクシアの首に剣を突きつけるセドリックは不可解に眉を顰めていた。 「……なぜ、手を抜いた?」 「貴様には関係ない」 「関係大ありだろう。血統裁判は勝ったものが正義で、負けたものが悪と定められる。なぜ、わざと負けるようなことを?」  ぐ、と押し付けられた剣が薄皮を切る。赤い線が滲んで、苦しげな声が溢れた。  あんなにも、ミラー家を敵視していたはずのアレクシアの瞳は恐ろしいほどに凪いでいる。 「俺は負けた。敗者に情けなど必要ないだろ。さっさと殺せ」  口を割るつもりは無い。頑なに口元を引き結んだ。  嘆息をこぼし、剣を振り上げる。 「――お待ちくださいッ!!」

ともだちにシェアしよう!