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小話②ハッピーメリークリスマス
「ハッピー・メリー・クリスマス!」
ポン、とクラッカーが鳴り、目の前をひらひらと色鮮やかな紙吹雪が散っていった。
「あ、アデル? カイン?」
ぽかん、と間抜け面を晒す俺の目の前には、陽気な被り物をした双子がいる。
メリークリスマス……?
この世界で、初めて聞くフレーズに一瞬眉を顰めた。すぐに、薄れてしまった前世の記憶の中から「クリスマス」が引っ張り出される。
十二月二十五日。クリスマスーーイエス・キリストの生誕祭とも呼ばれ、人々の間で宗教的・文化的に祝われる祝祭だ。
宗教的なところは、俺も詳しくはないが、世間一般ではサンタクロースがプレゼントをくれる日である。あと、チキンを食べる日。
クリスマスって、この世界に存在していたんだ!?
まず、驚いた。
あるって知ってたら、ノアにプレゼントを贈っていたのに!
次いで、後悔が押し寄せた。
「デズモンドではクリスマスを祝ったりしないと、リチャードに聞いたんだ」
「そもそも、クリスマスが存在しないんだろう?」
「……デズモンドでは、聞いたことはないな。どういう行事なんだ?」
ふたりが教えてくれたクリスマスは、俺の知っているクリスマスとほとんど相違なかった。
ただ、違う点と言えば――
「えっ、サンタクロースって実在してるの?」
「え? 実在しないと、プレゼントはどうするんだ?」
驚くことに、サンタクロースは実在した。
赤い服に、白髭を蓄えたサンタクロースがクリスマスの夜に各家を巡ってプレゼントを置いていくのだという。雪や冬の精霊の類と聞いて、白髭のおじいちゃんが精霊なのか、という驚きを隠せなかった。
サンタクロースがプレゼントを持ってくるのはミラー領で暮らす子供だけ。
きっと、ノアにもプレゼントが贈られるよ、というカイン。あまりにも俺が落ち込んでいたから、励ましてくれたのだろう。
「エレノアにも手伝ってもらって、私たちだけでパーティーをしようと準備したんだ」
「あまり大袈裟にはできないけれど、ノエルと、素敵な夜を過ごしたかったんだ」
「ふたりとも……」
「さぁ、中へどうぞ」
「料理はエレノアが用意をしてくれたんだ。その、ツリーも飾ってみたよ」
右手をアデルに、左手をカインに取られ、エスコートされていく。
部屋の中は、いつもと様子が違っていた。
キラキラと、飾り付けられた室内。テーブルにはターキーやシチュー、ローストチキンにケーキが並べられている。
空のグラスの隣には、有名なシャンパンがあった。
思わず手に取って、ラベルをまじまじと見る。季節で流通する本数が限られている、とてもレアなシャンパンだ。味も美味しいと話題に上がっており、一度飲んでみたいと思っていた。
――デズモンドが無くなり、その機会は無いだろうな、と諦めていたのに。
「これ、飲んでみたかったやつだ……」
「だと思って、入手したんだよ」
「……ありがとう」
「ふふ、礼を言われるのはまだ早いんじゃないか。プレゼント、渡していないし」
笑みを浮かべて、ふたりを見る。
とても優しい#表情__かお__#をしたふたり。
アデルは椅子に俺を座らせ、視線で言葉を交わしたカインは部屋を出ていった。
「プレゼントを、用意してくれたのか?」
「もちろん。サンタクロースがプレゼントをくれるのは子供だけだから。私も、カインも、ノエル、子供というには大きいからね」
「……俺は、いつもお前たちからプレゼントを貰っているようなものなのに」
「それでも、僕たちが渡したくて用意したんだ」
しっとりと、濡れた声で囁かれる。
戻ってきたカインは、小さな黒い箱を手に持っていた。蒼いリボンと、デコレーションフラワーで彩られた箱だ。
「メリークリスマス、ノエル」
「私たちからのプレゼントを、受け取ってほしい」
ふたりが俺に用意してくれたものを、要らないと拒否することもできない。
箱は大きすぎず、小さすぎない大きさだった。アクセサリーが入っているには大きすぎるし、何が入っているのか検討もつかない。
恐る恐る受け取って、ふたりを伺う。
「開けてみて」
こくり、と唾を飲み込み、リボンを摘む。
しゅるり、と解けた蒼いリボンは重力に従って膝の上へと落ちていく。
簡単に解けてしまったラッピングに拍子抜けして、箱の蓋を持ち上げる。
「これ……――オペラグローブ?」
収まっていたのは、白いシルクにレースが合わさったオペラグローブだ。ただ、通常肘丈まであるはずのグローブは手首までの短いものになっていた。
レースの柄が、ミラー家を象徴するものたちが組み合わさって編まれており、思わず苦笑いした。
「貴方の白魚の指先が、晒されるのが耐えられなかったんだ」
「日常使いできるように、丈も短くしてもらった」
「まさか、オーダーメイド?」
「既製品をプレゼントするわけないでしょ?」
相変わらず、俺のことになると金銭感覚がバカになるのだから。
溜息を吐いたら、不安そうに眉を下げるふたりに慌てて笑みを浮かべる。
「嬉しいからな!? ただ、なんでもかんでもオーダーメイドじゃなくていいんだぞ」
「だって、貴方にはひとつとして他人と同じものを身につけてほしくないんたもの」
「私たちのワガママなんだ。ノエルが、どうしても嫌だというなら……」
「あぁ、わかった、わかったから、そんな悲しい顔をしないで。俺は嬉しいんだよ。ほら、今日は祝祭なんだろ? せっかくの料理を食べないと」
ションボリと、顔の良さを全面に押し出してくるふたりに負けるのはいつものことだ。
俺への贈り物は、すべてふたりのポケットマネーから出されているようだし、ふたりがいいならこれ以上俺が口を出すのも野暮だ。
――それに、ふたりともセンスが良いから、プレゼントをすぐに気に入ってしまう。
このオペラグローブも、きっと明日から身につける。
プレゼントされたから、と大切にしまい込むより、俺が実際に使っていた方がふたりは喜ぶのだから。
「……クリスマスがあると知っていたら、アデルとカインにもプレゼントを用意したのに」
少しだけ唇を尖らせて言えば、ふたりは目を丸くする。
「用意、してくれたの?」
「……オレのこと、なんだと思ってるんだ。……恋人に、プレゼントをあげたいと思うのは普通だろ」
プレゼントするなら、揃いのアクセサリだろうか。ピアスとか、つけてくれていたならオレが嬉しい。
ブレスレットはきっと騎士としては邪魔になってしまう。指輪もありだが、まだ、その時ではないだろう。それに、俺が何か買い物をしても、ふたりには筒抜けなんだから。
プレゼントを渡す前からプレゼントの中身が筒抜けってどうなんだよ。来年は、そこらへんを対策しておかないといけないな。エレノアに協力してもらうのもアリかもしれない。
「……プレゼントなら」
アデルが、いつも俺の頬を撫でる指先を伸ばして、膝の上に堕ちたリボンを手に取った。
「なにを、――っ」
きゅ、と。
首に、リボンを巻かれて、結ばれる。
かぁっと顔が熱くなった。
「プレゼントなら、貴方がいるじゃないか」
「な、な、な……!」
これは、俗にいう、「俺はプレゼント♡」ってやつじゃないのか――!?
「ま、待てッ! せめて、食事をしてからっ」
「待てない」
「待てのできない犬は、お嫌いですか?」
くぅん、と耳としっぽ、ではなく眉を下げるアデルとカイン。
その#表情__かお__#をすれば俺が拒否できないと思って――
「ダメ、ですか?」
二対の蒼い相貌が、俺を見つめる。
背中からカインに抱きこまれて、アデルが俺の正面からキスをしてくる。
「ッ、お、おまえ、らッ」
くすぐったさと、燻る熱を煽られてしまう。
「ッせめて、寝室にしろよ……!」
合意ともとれる言葉に、ぱぁっと花を咲かせる。
嬉々として俺を抱き上げて温かな食事にパッと背中を向けた。
せっかく、温かい食事だったのに!
結局こうなるんじゃないか!
「一等大切にするから」
「どうか、誰にも盗まれないで。僕たちの宝物」
― 了 ―
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