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小話①いい双子の日

 はらはらと、花びらが風によって舞い上がる。 「んで、双子のどっちが本命なわけ」 「ブッ……!?」 「うっわ、きたないなぁ……ほら、早く口から出たもん拭きなよ」  ミラー邸の鮮やかな花園を望みながらガーデンテラスで俺は#兄__・__#と仲良くお茶をしていた。  デズモンド家の三男・リチャード。  貧弱極めている俺とは違う、鎖を引きちぎれる筋肉バカである。  あのアレクシアに次ぐ剣の腕前を持ちながら、『駒鳥』シリーズではヒロインをストーカーする妄想変態野郎として描かれている。小説を読み、リチャードが初登場したときは根暗で引きこもりのような貧弱な男(俺のことじゃない)をイメージしていたというのに、中盤で剣の実力を披露されて思わず読み返したギャップの持ち主である。  暗い赤毛に、深紅の瞳。秋の暮れを思わせる雰囲気をまとうリチャードはデズモンドの血を引いているだけあり端整な顔立ちをしている。垂れた目尻に太目の眉は愛嬌があり、ぴょんぴょんと跳ねた癖毛は大柄な長毛種みたいだ。よく、ミラー家の長男・セドリックにブラッシングされているのを見かける。髪を梳かれているのではなく、あれは猫とか犬のブラッシングだった。  ミラー式だとかデズモンド式だとか関係なく、紅茶にシュガーをドバドバ入れて、ミルクではなくハチミツを三匙も入れている超甘党なリチャードは、底に甘味が沈殿しているだろうカップに口をつけて、事もなげにそう言ったのだ。 「ほ、本命……?」 「まさか、双子の両方と付き合っているわけじゃないだろう? もちろんお前が抱かれる側でしょ」  なぜ、俺が抱かれる側なのが決まっているんだ。もしかしたら違うかもしれないだろ、と余計なことを言いそうになった口を噤んで、顎先から伝う紅茶をハンカチで拭う。  デズモンドが壊滅して一か月。ミラー家にきょうだいが保護されて一か月だ。ガーデンテラスから見える位置でノアは末妹のエイダと、見守るメイドと共に花遊びをしている。  ――こうして、きょうだいと穏やかにお茶ができるとは思ってもいなかった。穏やかで、平和な毎日だ。血のにおいを嗅ぐこともなく、絶望の中を足掻く必要もない。ぬるま湯に浸かっているような、恐怖を忘れてしまったような日々だ。 「……この話、兄さんは興味があるのか?」 「なかったら聞かない」 「その、ひとつ確認なのだけど、――ロリーナ・エインズワース嬢のことはどう思ってる?」  なぜエインズワース嬢は出てくるんだ? と首を傾げる兄から疑問以外の感情を感じられなかった。小説では粘着質ストーカーだったのに、そのかけらも見られない。『登場人物のリチャード』であれば、俺がロリーナ嬢の名前を出しただけで感情を暴走させていた。 「彼女がどうかしたのか?」 「……いや、なんとも思っていないのなら別にそれでいい」 「なんだよ、気になるなぁ」  フン、と鼻を鳴らしてクッキーをつまんだリチャードはそれ以上言葉を重ねることもなく、奇妙な沈黙が流れる。  紅茶を飲んで、クッキーを摘まんで――先に沈黙に耐えられなくなったのは俺だった。  安定した精神状態を乱すには十分な問いかけだった。それに加えて、俺はリチャードとそれほど交流がない。デズモンドで、この#兄__・__#がどんな生活をしていたのかも知らないし、わからない。ミラーに来てからも、俺はもともとアデルとカインとノアとしか接することはなかった。  リチャードを保護すると声を上げたのは長男のセドリックで、普段もセドリックの居住区寄りで活動をしていたから早々顔を合わせることもなかった。たまにセドリックについて外へも出ているようだったし。  半分血の繋がったきょうだいとの、関わり方がわからなかった。 「どっちが、」 「ん?」 「どっちが、本命とか、そういうのはない。俺は、アデルもカインも、ふたりとも愛してる」 「――……そう」  自分から聞いたくせに、とても静かな相槌だった。もっと、男同士だとか、三人だろとか、言われると思っていたのに、目の前で頬杖をつくリチャードは落ち着いた雰囲気で、俺の言葉を噛み締めて飲み込んでいた。 「別に、いんじゃねーの。男同士も、三人でのお付き合いも。俺の言えたことじゃない」 「気持ち悪い、とは思わないんだな」 「はは、所詮他人事だから」  カラカラと笑い声をあげたリチャードに、強張っていた肩が緩んだ。俺は、否定されることを恐れていたのかもしれない。緊張の糸が緩んで、乾いた唇を紅茶で濡らす。  どっちのほうが好き、だとかそうじゃないんだ。アデルとカインだから、好きなんだ。片方が欠けてもだめ、ふたりじゃなきゃ、ダメなんだ。 「双子は、一緒にいないとだもんなぁ」  口から出そうになった言葉を、リチャードに取られた。驚いて兄を見れば、酷く穏やかなのに、どこか悲哀を感じさせる眼差しで小さくぽつりと言葉が落ちる。 「セシルも、一緒にいたかっただろうな」 「セシル……?」  また、だ。また、『セシル』  一体誰なんだ。どうして、俺から#欠けている__・__#?  きゅ、と喉が締まって、とたんに呼吸を忘れてしまったかのように息苦しくなる。 「セシルって誰?」と問いかけようとした言葉は、俺を迎えにきた双子によって遮られた。 「コレとお茶会するって聞いてない」 「せっかく、ノエルが好きそうなケーキを買ってきたのに」  ぶすくれた様子の双子に苦笑いして、「コレ呼ばわりかよ」とぼやくリチャードから愛する双子へと意識を切り替える。 「おかえり、アデル、カイン」  腕を広げてそういえば、ふたりしてむすっとしながらも「ただいま」と返事をして抱きしめてくれるのだから可愛い。  のろけだなんだと砂糖を吐きそうな#表情__かお__#をするリチャードだが、そのカップの中身の方がよほど甘ったるいからな。 「で、私たちの可愛い可愛いノエルは浮気をしていたのかな?」 「えぇ……お前たちの中ではきょうだいとのお茶も浮気にカウントされるのか」 「きょうだいとは言っても、血が繋がっているのが半分でしょう」  ああ言えばこう言う。何もやましいことなんてないのに。眉を下げてリチャードを見れば、げんなりしていた目と視線がかち合い、なぜか親指を突き出された。任せろということか? 不安は拭いきれないが、どうにかする術があるのならと黙ってリチャードを見守った。 「こいつが双子だったら、どっちがどっちと付き合ってたんだろうなって話してたんだよ」  …………話してないが!?  ギョッとして、リチャードを見る。双子の方はもう怖くて見れなかった。 「……それで、ノエルはどっちと答えたので?」 「そりゃぁ……直接聞いたらいんじゃねーの?」  筋肉バカのリチャードに任せた俺がバカだった!  がしり、と連れ去れらる宇宙人のごとく両脇をアデルとカインに固められて、有無を言わさずに連行される。俺の今日の予定はこのままノアとエイダと遊ぶはずだったのに!  今日のこの後の予定どころか、明日も丸つぶれになってしまうじゃないか!!  見えなくなった双子と弟の背中に、ぽつりと呟く。 「…………藪蛇だったか?」 「――ここにいたのか、リック」  意識の外側からかけられた声に、背後にキュウリを置かれた猫のようにリチャードは飛び上がった。 「アンタ、それ、やめてくれよ」 「ふふ、なんのことだ?」  セドリック・ミラーは麗しいその顔に、リチャードが好む甘ったるい微笑みを浮かべ、飛び跳ねる癖毛を落ち着かせるように手のひらで撫でる。  むず痒い、照れくさい感情に唇をきゅっと浅く噛み、そっぽを向くリチャードは気まぐれの猫そのものだ。 「……おかえり、帰ってきてたんだな、セド」 「あぁ、ただいま。早くリックに会いたかったんだ」 「そういうの、やめろよ」 「どうして?」 「いや……普通に恥ずかしいだろ」  双子の弟たちが飼っている猫と子猫のきょうだいであるこの赤毛の猫がようやく懐いてきたのを感じて嬉しくなる。  ラフな格好でガーデンテラスでお茶をしていたリチャードの向かいは空席だ。ついさきほど、双子が猫となにやら言い争いながら部屋へと引きずり込んでいくのを見た。どうせまたしょうもないことに嫉妬しているのだろう。 「リックは子守りか?」 「は? ……あ、あぁ、そういう……いや、メイドが見てるし、俺はいらないだろ」 「じゃあ、私の相手をしてくれる?」  テーブルの上に置いていた手に、手のひらが重ねられる。上から指を絡められて、息が詰まった。  背丈はそれほど変わらないのに、セドリックのほうが手は大きかった。無骨で、かさついていて、剣を握る騎士の手だ。 「……まだ、昼間だけど」 「たまには違う雰囲気もいいだろ?」  美しい花園で、子供たちが戯れているそばで匂い立つ夜の艶に、口内に広がった唾を呑み込んだ。  テーブルに置かれた手を絡めとられたままに引かれて、拒否も抵抗もままならないうちに花園から連れ出されていた。  ― 了 ―

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