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第48話

 ひらひらと花びらが街中を舞い、花の甘い香りがあたりを包み込んでいる。  鮮やかな花の街・フルールリーチでは年に一度のフラワーフェスティバルが開催されていた。街の住民たちはフェスティバルの間、体のどこかに花を飾るのだ。  花の女神の誕生を祝福するお祭りらしいが、女神なんて人間が都合よく作り上げた偶像でしかない、とか考えてる俺はひねくれてる。 「おにいさん、花はいかが?」  籠いっぱいの花を抱えた女の子に声をかけられる。 「……白と、青、あと赤い花をちょうだい」 「ありがとうお兄さん! ひとつずつ、でいいのかしら?」 「うん。ありがと」  三輪を受け取って、少女の手のひらにコインを多めに落とした。  周りを見渡せばこの少女と同じように花籠を持った少年少女が歩いている。籠の中いっぱいの花を売り切るか、ある程度の売上がなければ帰れないんだろう。  情けだとか、同情とかじゃない。この子の売ってくれた花がとても状態がよかったから、それ相応の対価を渡しただけ。 「えっおにいさんっ、これじゃ多いわっ!」 「俺はこの街に住んでないから、花の価値がわからない。これらは、それだけ価値があると思ったんだよ。貰ってくれると俺が嬉しい」 「……ありがとう! 優しい天使のおにいさん!」  泣きそうな笑みを浮かべて、大きく手を振って駆けていく少女に小さく手を振り返した。  赤い花をコートの胸元に差して、花びらの降り積もった石畳を歩く。  白い花はアデルに、青い花はカインに付けてやろう。  フェスティバルの間は出店も多く、食べ物や飲み物だけじゃなく、子供向けの遊べる屋台も出ていた。  アデルは食べ物を、カインが飲み物を買いに行っているのだが、いつまでも戻ってこない。せっかくのデートだから一緒に行くと言ったのに。  どうせ買いに言った先でナンパされてるに違いない。 「迷子の子猫ちゃんはどこだろうなぁ」  適当に歩いていれば、そのうち向こうからやってくるだろ。  指先で二輪の花を揺らしながら、ゆっくりと街並みを堪能する。プライベートで街を訪れることはなかったから、こうして自分の足でゆっくり歩くのもいい。  屋台の並んだ商店街から、大きな噴水のある広場に向かう。広場には楽器隊がいて、音楽に合わせてダンスを踊るカップルもいる。リア充の空間だった。  なーんで、アデルとカインがいないのに来てしまったんだろう。  ぐるっと広場を見回すけど二人の姿は見当たらない。宛が外れたなぁ。 「素敵なお兄さん! よかったら一緒に踊りましょう!」  くるくるくる、スカートをふわふわ風に揺らした女性に手を差し伸べられる。 「えっ!? 俺……!? いや、俺は、人を探しているから」 「それなら踊っていれば見つけてくれるんじゃないかしら!」  さぁ、と善意と好意を乗せた笑みで引いてくれない女性に頬が引きつる。  フルールリーチの住人は良くも悪くもポジティブで、ついでに押しも強い。正義感が強い、とも言えるのかな。きっと彼女は、俺がひとりでキョロキョロしていたから心配して声をかけてくれたんだろう。 「お嬢さん、この人は私たちのパートナーなんだ」 「ダンスも僕との先約があるからね」 「あら、素敵なお兄さんたちだわ! てっきりおひとりだと思ったのだけど、素敵なパートナーがいたのね!」  ぱち、とまん丸い瞳を瞬かせた女性は気を悪くした風でもなく、満面の笑みを浮かべて「お幸せに!」と手を振って踊りの輪の中に戻って行った。 「……遅い」 「ごめんよ、サンドウィッチ屋が混んでて」 「僕もドリンクを探してたら、思ったよりどこも混んでて」 「ナンパされてたわけではないと?」  意地悪く呟いた俺に、頬を緩ませてチークキスをした。 「嫉妬?」 「ダメか?」 「ううん、可愛い」  鼻を鳴らして照れ隠しをして、両手の塞がったふたりの腕を引いていく。  落ち着いてランチにするなら、この広場は少々騒がしい。「どうしたの?」と首を捻る双子を連れて、広場を通り過ぎ、住宅街を抜けていく。  ざぁ、と風が吹き抜けていく。 「わ、ぁ……フルールにこんなとこがあったなんて」  住宅街を抜けると、一面の花畑に出た。白や淡い色の花々がそよいで、遠くから楽器の音が流れてくる。 「あ、忘れるところだった」  胸にまとめて差していた白と青の花をそれぞれの胸ポケットに差してやる。位置をちょっと調整すれば、花も#咲__わら__#ってこちらへと向いた。  今日はふたりとも明るいグレーのコーディネートだから、胸元の花が彩りになって良いじゃないか。 「幸せだ、俺」  右にはアデルがいて、左にはカインがいる。  青空の下で笑いあえている。  こんな日が来るなんて思ってもいなかった。 「僕だけの天使様」 「私だけの天使様」 「――俺がお前らの天使なら、お前たちは俺の神様だよ」  デズモンドから連れ出してくれてありがとう。  ふたりのおかげで、俺も(わら)うことができる。  フルールリーチにはフラワーフェスティバルにちなんだ伝承がある。  花の女神像の前で愛を誓う相手へ花を贈ると幸せになれるという、ありきたりな伝承だ。  俺は神様なんて信じてない。 「愛してるよ、アデル、カイン」  だって、俺の神様はアデルとカインだもの。  ――感極まって抱き着いてきたふたりによって、ドリンクはひっくり返るしサンドウィッチは潰れてしまうんだけど。 「う、わぁっ!? こらッ!! お前ら……!!」 「ふ、ふはっ、」 「あははっ……!」  目尻に浮かんだ涙を見つけて、花畑に押し倒されながら溜め息を吐きだした。  こうして、モブはモブなりに幸せになりました。  ― 了 ―

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