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第25話
「いや。鈴木はそんな」と、何かしらのフォローをしてやろう、鈴木の友達として、フォローしてやらねばと口を開いた栄一だったが果たして何を言えば良いのだろうかすぐには何も思い浮かんではこなかった。
「私が鈴木君をお断りするにあたってはさ、後付けの理由はいくらでも作れるだろうけどね、きっと、ただ何となくなんだよ。私は何となく鈴木君には惹かれなかった」
奈月は「それだけ」と困り顔で微笑んだ。
「漫画やドラマの恋愛モノだと『嫌い』が『好き』に裏返る事は定番で。『好き』の反対は『興味が無い』だから『嫌われてる』なら頑張れば『好き』になってもらえるかも、みたいな考えで来られると本当に迷惑で。うん。そう。『嫌い』というか『迷惑』なんだよね」
照れ隠しでもなければツンデレでもない様子で奈月は言っていた。
「今でも十分に迷惑なんだけど。このままエスカレートしていって、またストーカーとかになられても困るし」
「どうしたら、鈴木君には諦めてもらえると思う?」という奈月の訴えには真剣味を感じられた。本気で困っているのだろう。この事を相談する為に、親しくも無い男とラブホテルに入ってしまえるくらいの本気だ。
「鈴木が言うには、奈月さんに恋人でも出来れば自分は運命の相手じゃあなかったと諦められるとか」
「運命の相手って」と奈月は、その言い回しに対して軽く引っ掛かった後、
「この状況はアレだね。私が藏重君に恋人の振りとかをお願いするパターンだ」
少しだけ楽しそうに笑った。
「それこそ少女漫画の王道だよね。ちょっと古いかもしれないけど。あ、藏重君的には馴染みがないかな。少女漫画とか読まないよね、普通の男性は」
「えっと」
恋人の振り? 少女漫画の王道? 少女漫画を読んだ事があるか、ないか? 何に対して何と応えれば良いのか、ほんの数瞬、言葉に詰まってしまった栄一に、
「あの。真面目に取らないでよ。冗談。恋人の振りなんて頼まないからね」
奈月は明るい声を掛けてくれた。何故だろうか、栄一にはその声が少しだけ明る過ぎるようにも聞こえていた。
「何度も言うけど。わ、俺は男で。君は同性愛者じゃないでしょう」
確かに。栄一は鈴木のように「カノジョが男でも構わない。好きだ」などとは思えない。が、
「正直に言えば。俺はいまだに奈月さんの事を女性だとしか思えていません」
それでも栄一は「奈月」が「好き」だった。
つい昨日、鈴木の強い想いに引きづられるようなかたちで自覚した気持ちだったがその感情は決して嘘やその場の勢いではなかった。
「えー」と奈月は棒読み気味に非難の声を上げてくれた。
奈月は、
「こないだも見せたと思うけど。俺、男だから」
しょうがないなあとばかりに着ていた白いTシャツに手を掛ける。
「わ。だ。待。待ってください」
無意識的に生唾を飲み込みながらも栄一は慌てて奈月の両腕を掴んで、その動きを強引に止めた。咄嗟だった栄一の行動に奈月も、
「なになになに」
と戸惑いの色を見せたりしていたが、栄一としては、その何百倍も戸惑っていると言いたかった。
明らかに、奈月はその身の衣服を捲り上げて、また先日のように素肌を晒してくれようとしていたのだ。
「止めてください」
栄一が言った。耳に聞こえたその声色は酷く弱々しくて、どちらかと言えば注意のつもりだったのに、まるで懇願をしているみたいだった。我が事ながら情けない。
「何。どうしたの。何度も言うけど。男同士で。男の裸なんて」
「俺は奈月さんを男性だとは思えていないんです」
悲痛な叫びが栄一には聞こえていた。誰の言葉だ。俺の声だぞ。今の栄一にはもう自身の声色をコントロールする事さえ出来なくなってしまっているようだった。
「だから。私が男だっていう証拠にぺったんこな胸を見せようと思って」
「無理なんです」
藏重栄一の戸惑いは尚も続いていた。
「はい?」と奈月が不思議そうな顔をする。
「平らな胸を見せられても。それが男性だという証拠にはなりません。むしろ」
「むしろ?」
「俺は平らな胸の女性が好きなんです。薄い胸にしか性的興奮を覚えません」
何の告白をしてしまっているのだか。
「ロリコン?」
そう思われて当然だ。栄一にもオカシイという自覚はあった。だから今の今まで、鈴木にも誰にも明かした事がなかった本当に秘密の性癖だった。しかし、
「それは違います。俺はロリコンではありません」
奈月の言葉は揶揄ではなかった。非難とも聞こえなかった。それが「ただの質問」であったからこそ、栄一は素直に答えられた。きっぱりと明言をする事が出来た。
「単純に薄い胸が好きなだけ、というか、実は豊かな胸が苦手なんです」
栄一はすんなりと吐露をした。
今から十年近くも前の事、藏重栄一が生まれて初めて見たエロ動画の出演者がいわゆる「巨乳」だった。しかし、それは胸の内部にシリコンを仕込ませた「虚乳」でもあった。
ここで豊胸手術に関する賛否を問いたいわけではない。ただ単純に当時の藏重栄一少年はその事実に強過ぎる衝撃を受けてしまったというだけの話だ。
十年近く前の当時からみてもその動画は幾らか古いもので、出演者の女性はその時期、元セクシー女優の肩書きでテレビのバラエティ番組に頻繁に登場していた「芸能人」だった。栄一はそれを、エロ動画を見た後で知る事になる。
栄一と一緒にエロ動画を見た悪友共はその事を知っていて、言うなれば「芸能人の裸が見られる」との思いが先にあったが、その芸能人を知らなかった栄一にしてみれば「動画の中で物凄くエロい事をしていた女性が普通の顔をしてテレビに出ている」という事に驚くと同時に混乱さえしてしまっていた。
その混乱の最中、栄一はふと気がついてしまう。
「胸が無い?」
テレビの中の女性は明らかに巨乳ではなかった。巨乳ではなくなっていた。服装のせいでそう見えているわけでもなかった。薄着だった。忘れもしない。夏場の生放送だった。もしもあの黄色いTシャツの一枚だけであれだけの「着痩せ」が出来るならそれは手品か魔法だ。
「何だよ」
何故だか栄一少年は安堵してしまった。
「やっぱり、あの動画のヒトとテレビに出てるヒトは別人だったんだな」
普段から、テレビに出ている芸能人の胸ばかりに注目していたわけではなかった。それでも彼女の胸に違和感を覚えられた理由は、もしかしたら無意識的に間違い探しのような事をしてしまっていたのかもしれない。あのエロ動画に出演していた人物がテレビの中で普通の顔をしているわけがない、そんな事があるはずはないと栄一少年の中の常識は訴え続けていたのかもしれない。
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