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第26話

     かくして、栄一の中では「エロ動画の出演者とテレビに出ている芸能人は別人」だという事になり、衝撃的で混乱を伴う興奮で且つ非現実で、何とも形容のし難いモヤモヤとした気持ちにも一応の整理はつけられたかに思われた。  事実としては動画の出演者とテレビに出ていた芸能人は同一人物であって、別段、売りにしていたわけではなかったようだが彼女も元セクシー女優だという過去を全くもって隠してはいなかったのだが、その時の栄一の頭からはすっぽりとその情報は抜け落ちてしまっていた。いや、知らなかったわけではない。知ってはいたはずなのだが、都合良く忘れてしまっていた。ズルい言い方になってしまうかもしれないが人間の脳みそとはそういったものなのだろうと思う。 「嘘吐け。お前ら。違うじゃねえか。動画とテレビので胸の大きさが全然、合ってないし。小さかったのが大きくなったんなら急成長したのかもだけれども、逆に小さくなるとかはありえないだろう」  黙っていれば良かったものの、一応の整理を確たるものにでもしたかったのか、栄一は悪友共に語ってしまった。すると悪友の一人が、 「ああ。胸に入れてたシリコンを抜いたんだってよ。前に本人がテレビで言ってた」  事も無げに答えてくれてしまったのだ。 「え? しりこん? 何? 胸に入れてた?」  いとも簡単に「別人」説が否定されてしまった事よりも、また別の未知なる衝撃に栄一は面食らう。まだ「痩せて胸が小さくなった」だのと言われた方がマシだった。それならば栄一の「別人」説が否定されるだけで済んだものを。  もっとも、彼女は「スレンダー巨乳」のセクシー女優で、顔付きなどは動画の中よりもテレビの中の方が健康的にふっくらとしていたから「痩せたせい」などと言われれば「いや。痩せてはいない」と言い返して、実に不毛な水掛け論になっていたかもしれないが。 「AV女優のおっぱいなんて全部、偽物に決まってんじゃん。シリコンじゃなくてもナントカ注射とか脂肪注入とか」  すぐ後の中学生時代にエロ魔神の異名を誇る事となる悪友の一人がしたり顔で教えてくださった。今にして思えばそれも暴論だと分かるが、当時の藏重栄一少年はその暴論をまるまる信じ込んでしまった。  色々な意味で純真だった。  作り物のおっぱいだ。人の形を模した偽物だ。洋服屋のマネキンや女児が遊ぶ着せ替え人形と同じ。そのようなものに栄一は性的興奮を覚えてしまったのだ。  皆で動画を見ていた時にはワーキャーと騒ぎ合っていただけだったが、恥を忍んで正直に、正確に告白をするならば、その日の夜に栄一は動画を思い出して自慰行為にふけってしまっていた。  生まれて初めて見たエロ動画だった。リアルタイムに見ながらではなかったもののそれを思い出しながらの行為だ。それほど経験があったわけではないにしろ今までで一番だったかもしれないくらいに気持ち良く達する事の出来てしまったアレが、マネキンや着せ替え人形の裸を思い出しての自慰行為だったのだと気が付いた瞬間の罪悪感、そして絶望感たるや。思い出したくもないが忘れられるものでもなかった。  変態だ。そんな自分を否定したいのか、それ以来、女性の大きな胸に性的な反応はぴくりともしなくなってしまった。一言で言えばトラウマだ。  女性の膨らんでいる胸には異物が埋まっているに「決まっている」としか思えなくなってしまった栄一の精神的外傷は月日を経て癒されるどころか次第に悪化をしていき、今では膨らんでいる胸そのものを異物と感じるようにまでなってしまっていた。  藏重栄一は女性の膨らんだ胸に対して拒否感は勿論、気を抜くと嫌悪感すら抱いてしまう事もあった。それが非常に自分勝手な感情だという自覚はあった。相手の女性に対しても失礼だと分かっているから、そんな思いはひた隠しにして、誤魔化そうともしてきた。  エロ動画が十八歳未満閲覧禁止とされている理由は、こんなところにもあるのかもしれない。精神的に未成熟だった少年が見て良いものではなかったのだ。  もしかしたら、中には一部の人間を優遇する為の不当な法律もあるにはあるのかもしれないが、基本的には、日本国で定められている法律にはきちんとした理由や理屈があるものだ。  十八歳未満閲覧禁止の成人指定と近しいもので言えば未成年者の飲酒禁止がある。  令和の時代となって成人年齢が十八歳に引き下げられても、アルコールの摂取に関しては変わらずに二十歳からとされている理由は、医学的にみて未発達な脳や性ホルモンに対して酒精が悪い影響を及ぼしてしまうからだという。  そもそも「酒に酔う」とは、この酒精によって理性を司っている大脳新皮質の活動を低下、麻痺させる事で、それまで抑えられていた大脳辺縁系の活動が活発になり、本能行動や情動行動を引き起こしやすくなっている状態を言うらしい。俗に言う「気が大きくなる」というやつだろうか。  脳が成長中である未成年時にアルコールを摂取する事で、この大脳新皮質に深刻な悪影響を与えかねないともいう。考えてみれば、成長しきった理性を一時的に緩める行為と成長途中の理性の形成を妨害するような行為が同じであるわけはないのだ。  酔いから覚めた時、大人であれば回復するであろう大脳新皮質の活動も、元からその正常時には達していなかった子供の場合はどうなるのか。未成年者がアルコールを摂取し続けた場合、極端な事を言えば理性の乏しい、困った意味での本能的な人間に育ってしまうのではないだろうか。  だから。女性の膨らんだ胸に対するそのトラウマを栄一は、 「罰のようなものだと思っています」  と受け止めていた。単なる自業自得なのだと。 「あれ以来、女性の大きな胸は全部、嘘のように感じてしまうというか、もう二度と騙されたくはないからって、一人で勝手に身構えてしまっているというか、結局は、我が身可愛さの保身みたいなものなのですが。次第に控えめな胸であっても、もっとずっと薄い胸から豊胸をして、その大きさになったんじゃないかなんて思ってしまうようになってしまって」  止まらない栄一の言葉をまるで遮ってくれたかのように、 「騙すっていう事なら私やミトや、あの喫茶店の従業員達は全員」  と奈月が口を挟んだ。 「それとこれとは話が別です」  力強く言い切った栄一に、奈月は「ああ、そう」と軽く気圧されていた。  そんな奈月の様子を目の当たりにして、栄一はふと我に返る。 「あの。すみません。変に熱くなってしまっていました」 「うん。まあ、大丈夫」と奈月は気を遣ってくれた。栄一は、 「変態だとは思われるでしょうが。前回、その、貴方のむ、素肌を見てしまった時に俺は凄く興奮をしてしまって」  その気遣いに対する誠意でもないが、白状をしてしまった。 「だから、もう二度とあんなふうに肌を見せたりはしないでください」  あの時でさえ「好き」になってしまったというのに、ラブホテルの一室だなんて、こんな場所で素肌を見せられてしまったらもう、一滴の酒も飲んではいないのに理性が完全に吹っ飛んでしまいそうだった。カノジョを押し倒してしまう。襲い掛かってしまうに決まっていた。 「俺にとって奈月さんの胸が平らな事はただの魅力でしかなくて、男性だという証明にはならないんです」  奈月は、 「うーん」  と困り顔を浮かべた後、 「わかった」  と小さく呟いた。栄一はほっと息を吐く。それと同時に強過ぎない力で奈月の腕を掴んでいた栄一の手はふわと解かれて、その細い腕にそっと触れているだけの状態となっていた。 「よく見なさい。いや、よくは見なくても良いんだけど。認識だけはしなさい」  栄一にしてみれば唐突に、やや早口でそんな事をのたまった奈月は、つい先程までTシャツを掴んでいた両の手を自身の下半身へと滑り落とすと実に器用に、左の手でスカートの裾を持ち上げたのと同時に右の手でもって穿いていた下着を膝上の辺りにまで下ろしてみせたのだった。

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