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第27話
「はい。証拠ッ」と小さく叫んで、下ろしていた下着を元の位置に戻そうした奈月の腕を、栄一はぎゅっと強く掴んだ。掴んでしまった。
「ちょ、ちょっと。待って。離して。ちょっと。ねえ」
「どうして。こんな。今のは奈月さんが悪いですよ。俺、言ったのに」
責任転嫁も甚だしいが、栄一自身に「やってしまっている」という自覚があるからこそ、相手の奈月を責めるような言動をとってしまっているのだろう。
藏重栄一は、自分がそんな事を言ってしまうような男だったなんて、今、はじめて知ってしまった。最低だ。でも。止められない。止まらない。
「うん。うん。言ってたよね、ぺったんこの胸でも興奮しちゃうから見せるなって。だから胸は見せてないじゃん? 見せたのオチンチンだよ? 何で男で同性愛者でもない藏重君がオチンチンを見て興奮しちゃうの? 違うでしょ。ねえ。落ち着いて」
奈月の説得を軽く聞き流しながら栄一は、
「コレ、本当にチンコなんですかね?」
と違う事を考えてしまっていた。
「ちょ。待って。ねえ。藏重君。ねえ。さすがに恥ずかしいから。そんな見ないで」
「そんな事を言われても。見せたのは奈月さんじゃないですか」
「そうだけど。そうなんだけど。見過ぎで。こら。ねえ。こっちを向いて。見たまま話すな。じっくり見るな。凝視はするな」
奈月の言葉を無視して、というか、その言葉も耳には聞こえていたが頭にはまるで入っていなかった栄一は結果的に奈月の要望を完全に無視して、
「俺、エロ動画は一度しか見た事が無くて。当たり前だけれどもアレにはモザイクが掛かっていたから。だから。女性の股間が本当の本当はどうなっているのか知らないんですよね。ええ。聞いた事くらいはありますよ。でも。実物を生は勿論、映像でも写真でも見た事が無いから。もしかしたら聞いた話は全部、嘘かもしれないっていう可能性があって。奈月さんの股間にチンコが付いていても、それが『奈月さんは男性である』という証拠には、俺の中では、ならないというか。逆に、今、思ってるのは『ああ。女性の股間にもチンコは付いているんだなあ』です」
カノジョの露出されている股間を鼻息の掛かるような至近距離から見詰めたまま、ぶつぶつ、ぶつぶつ、ぶつぶつぶつと唱え上げた。
奈月は「ん」や「ふ」と、デリケートな部分に何度も何度も吹き掛けられる呼気の風と熱とにその度、小さく悶ながらも、どうにかといった様相で言い返す。
「藏重君て。馬鹿だったの? もしかして」
「はい。馬鹿なんです」
間髪を容れずに答えた栄一に奈月は、
「うええええ」
悲鳴とはまた違ったコミカルな困り声を上げた。可愛い。栄一は思ってしまった。
「あの。俺、奈月さんが好きです」
「この状況で言うッ?」
奈月が叫んだ。その叫び声には、お笑い芸人のツッコミよろしく「笑み」の成分が含めれているような気が、栄一にはしてまったのだが、それは流石に都合の良過ぎる卑怯な解釈だろうか。
「もしも。今、俺の前に居るのが鈴木で、目の前にあるものが鈴木の股間だったとしたら俺は吐いていると思います」
唐突に突拍子もない事を栄一は言い出した。
「また、これが奈月さんではない別の女性で、チンコじゃない『女性の股間』が目の前にあったとしても、俺はきっと『変』だとか『グロい』だとか『気持ち悪い』だとかと思っていたと思うんです」
栄一の両手は奈月の腕を掴み抑えており、物理的な意味で塞がっていた。
「今、目の前にあるものが奈月さんのモノだから俺は」
他に手が無かったせいでもあったが、それとは別に熱い愛情表現の意味合いも強く含めて、栄一は奈月の股間に頬を優しく擦り付けた。愛でるように柔らかく撫でる。
「ぎゃーっ」と奈月が非常に分かり易い悲鳴を上げた。お手本のような悲鳴だった。スタンダード過ぎたその悲鳴は、あたかも冗談のようですらあった。
栄一の想いからすれば、頬ではなく、唇を付けても良かったのだが、相手の許可も得ずにキスをしてしまう事は失礼にあたるかもしれないなどと、最早、手遅れの感が強いこの期に及んで半歩程度分、踏み止まった結果がその頬擦りだった。
「すみません」
などと言いながらも栄一は奈月の腕を放さない。頬も股間から離さない。
「運命だとか、同性でも構わないだなんて覚悟を決めていた鈴木の想いに比べたら、俺の気持ちは酷く不純なものなのかもしれない。奈月さんの裸を見た事で『好き』になって、ヤレそうな状況になったから『告白』をして。客観的に見れば、最低でしかないんですが。それでも。俺は」
「はあ?」と奈月が一際、大きな悲鳴を上げた。いや、まるで悲鳴のようではあったものの悲鳴とはまた別の声だった。
「ヤレそうって。さっきから何度も聞いちゃってるけどさ、藏重君は同性愛者じゃあないんでしょう? それなのにオチンチンの付いてる私とヤレるわけ?」
「ヤレます」
奈月の股間から頬を離した栄一はカノジョの顔を、その目を真っ直ぐに見据えながらはっきりと頷いた。
「本当に? 口だけなんじゃないの?」
奈月は「この場の勢いだけで言っている、売り言葉に買い言葉なんじゃないの?」という意味で言ったのであろうが、その言葉を耳にした栄一は何ともはやな勘違いを起こしてしまった。
「口だけなら良いんですか?」
誓って、わざとではなかった。言葉尻を捕らえたわけでも、揚げ足を取ったわけでもなくて、また、謎掛け的な「上手い事」をしてやったつもりもなかった。
「別に。口だけならなんとでも言えぎゃーッ」
奈月の語尾が大きな悲鳴となっていたが、その直前からもう何も聞こえなくなってしまっていた栄一は無心でカノジョの股間に顔を埋め続ける。
エロ動画は一度しか見た事がなくとも、今時、何処かしらからは入ってくる情報によって栄一にもそれなりの性的な知識はあった。
ちゅっちゅっと可愛らしい音を立てながら栄一は奈月の股間に何度も唇を押し当てる。突き出した舌先で肌の表面をこそぐみたいに強くくすぐる。口に含んで吸い上げる。口内で舌を乱雑に暴れされる。栄一は今、思い付く限りの行為を全て実践に移していた。それは己が欲望の為でもあり、また精一杯の愛情表現でもあった。
ほんの数十秒後、どうにかして逃げようとだろう暴れ続けていた奈月が二度三度、大きく腰を震わせた後、ゆっくりと静まった。
はあ、はあ、はあ、と徐々に落ち着いていく呼吸に合わせて奈月はその平たい胸をわずかに上下させていた。ちゅるっと卑猥な音を鳴らしながら栄一がカノジョの股間から顔を離す。
「すみません。奈月さん。始めてしまったら、口だけじゃあ、無理でした」
ぼんやりと中空に視線を漂わせていた奈月に向けて、栄一は、
「俺、本当に、奈月さんの事が好きですから」
まるで言い訳や免罪符のように「好きだ」と何度も何度も囁きながら呟きながら、カノジョを犯した。犯してしまった。
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