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運命とはなんぞや 1
その灰色の瞳を見て手を握った瞬間、ほんの一瞬だけ燃え立つような熱さを感じた。
体の中で熱が溢れるような、とても独特で忘れがたい記憶。5年経った今でもあの瞬間の記憶は体に残っていて、たまになんだったのだろうと思い出す。
ただそれはあくまで感覚の話で、熱云々も結局は気のせいだったんだろうと思う。
それはそうとしてどうやら目の前のこれは現実らしい。
今の状況にまったく関係ない昔の記憶を蘇らせて立ち尽くしてしまうほど、目の前の状況は非現実的だった。
種田 巴 、20歳。
幼い頃両親が事故で亡くなり、親戚の家を転々としていたために知らない土地で知らない人と暮らすのには慣れていた。
放ってはおけないけれど、色んな事情で一緒に暮らすのは数年ほど、という生活を送っていたから、高校を出たら働くつもりだった。しかし大学は行っておいた方がいいと言う親戚たちの勧めで進学はした。
両親ともに勧められるがまま入った高額の保険が色々とあったらしく、そのおかげで学費はなんとかなったのがありがたかった。
そして念願の1人暮らし。
古くて狭いけれど確かに自分1人の城だった家が、物の見事に燃えていた。そりゃあもう赤々とどうしようもないくらい。
入り組んだ路地の先にあるアパートなため消火が遅れたらしく、1棟丸ごとが炎に包まれていた。
風がないからか奇跡的に周りの家には飛び火はしておらず、みんな逃げ出したために人的な被害がなかったことが幸いと言うべきか。
ともかく帰るべき我が家は、今目の前で跡形もなくなくなろうとしていた。
ついでに言うと、長年お世話になっていたバイト先が店を閉めるということでさっき仕事もなくしたばかりだ。
まかない付きの焼き鳥「わびさび」は、老齢の店主がほぼ1人で切り盛りしているお店で、大変繁盛していた。
接客は得意ではなかったけれど忙しいのは嫌いではなかったし、お客さんが美味しいものを食べて笑顔になるのが好きだった。そこでちょっとしたおつまみを作るまでは任せてくれていたし、もうしばらくは働き続けるものだと思っていた。
けれど最近店主さんが転んだ時に骨折をして、それを機にご家族がお店を続けることを止めたらしい。
確かに僕から見ても店主さんは1人で働きすぎだったし、転んだのも店内作業中だったからそう思うのも仕方ないのだろう。そういうわけで僕は退職金を含めたバイト代をいただいて気落ちしながら家に帰ってきたわけだけど。
迎えはなんとも盛大な炎のドッキリだった。
ここまで燃えていればもう見上げることしかできることがない。
……ちなみにもう1つ夜勤の仕事として入っていたマンガ喫茶も、その時間は店長が入るからと少し前にクビになったところだった。最近になってわかった話だけど、どうやらその時間帯をラブホテル代わりに使わせていたらしく通報されてお店自体がなくなったらしい。
ここまで来ると、僕自体が疫病神なんじゃないかと思えてくるほどだ。
色んなものをなくしすぎて、諦めも早くなったし、切り替えも早くなった。どう見たってどうにもならないことに心を砕いてもどうしようもないことを知っている。
とりあえず今日を過ごす場所。いや、できればしばらく過ごせる場所を探さないと。
そう考えて、公園くらいしか思い浮かばないのが情けない。
大学に知り合いはいるものの、しばらくの間寝泊まりさせてもらえるような友人は誰もいない。
引っ越しを繰り返していた昔、別れた後はみんないつの間にか連絡を取り合わなくなることに気づいて、転校先で友達を作るのをやめた。そのせいか学校が変わらなくなった高校生になった辺りでは友達の作り方がわからなくなり、大学生の今はすっかりぼっちを極めている。
そんなわけで、こんな状態で置いてくれるような友達の心当たりはない。親戚の家は遠いし、今さら頼れない。
今すぐどうにかなるわけではないけれど、これから先どれぐらいお金がかかるかわからないからできるだけ節約すべきだろう。
さすがに公園で寝泊まりというわけにはいかないけど、元のアパートが格安だったため、同じような所がすぐ見つかるかどうか。
幸いスマホとノートパソコンはリュックの中で、保険証やカード類は財布の中。
少しばかりの家財道具と今日の講義以外のテキストと服たちは跡形もないだろうけど、最低限のものはある。逆に言えばそれしかないとも言う。
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