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運命とはなんぞや 2

「……とりあえず、今日寝るところか」  ひとまずそれが喫緊の課題だ。  落ち着く場所がなければこれから先のことを考えることもできない。  今日ぐらいはどこかに泊まってもいいだろうか。  しばらく立ち尽くしてしまったせいで体からいぶされたような匂いがするからシャワーを浴びたい。むしろさっぱりして眠ったら、全部夢だったことにならないだろうか。  とりあえず無目的に歩き出して、動かない頭を無理やり動かす。やはりマンガ喫茶だろうか。ただあまりいい思い出がないし、カプセルホテルなんかがいいのだろうか。  そんなことを考えながら歩いていると、上の方から誰かの声が聞こえた。 「あー待って待って! 危ない!」  聞こえた声の方向に視線を向けると、大きな坂を緑の塊がごろごろ転がり落ちてくる。弾むようなそれは 僕の手前でバウンドし、跳ね上がって胸元に飛び込んできた。  キャベツだ。  ……なぜキャベツが? 「ナイスキャッチ! ありがとう!」  どうやらたくさんの荷物を手に坂を駆け下りてくるその人が、このキャベツの持ち主らしい。大穴が開いているビニール袋が見えるからそこから零れ落ちたのだろう。  細いストライプの入ったネイビーのスーツをすらりと着こなしたその人は、ミルクティ色の髪を汗でぺったりと張りつかせて僕のもとに駆け寄ってきた。そして僕の差し出したキャベツを受け取ろうとするも、穴の開いた袋から無理に移動させたのだろう荷物が零れ落ちる。  格好だけ見れば仕事のできるサラリーマンといった様子なのに、両手にスーパーの袋を目一杯持っているせいで慣れない買い物を頼まれた若いお父さんかのよう。 「すみません、ありがとうございます」 「あの、持ってますから詰め直した方がいいんじゃ……」 「そこまでなんでこれで頑張ります、ありがとう」  拾ったものを無事な袋に詰め込み、にこりと微笑むお兄さん。営業仕事だったらこれだけで契約が取れそうな爽やかで綺麗な笑顔だ。  その笑顔が、なぜか僕の顔を見た途端思案顔になった。 「あれ、君見覚えが……あ、種田くんだ」 「え?」  そしてその口からまさかの自分の名前が飛び出して目を丸める。  自慢ではないけれど交友関係は決して広くないし、我ながら地味で平凡な人間だと思っているからこんな風に突然名前を呼ばれるようなことはないんだけど。 「僕のこと、覚えてないかな? 焼き鳥よく食べに行ってたんだけど」  にこにことした笑顔でキーワードとして出されたのは先ほどさようならしたバイト先。  仕事に疲れた感じのサラリーマンが美味しい焼き鳥とお酒で疲れを癒す、といった感じの場所だから、こんな高そうなスーツの爽やかお兄さんがいたら……と考えてそれで思い出した。 「あ、あの免許証の」 「そうそう!」  正解、とばかりに嬉しそうに微笑まれて改めて思い返す。  わびさびで働いている時に常連客はたくさんいたけれど、この人たちはなんとも言えぬ違和感で覚えていた。言われて思い出すくらいの記憶力だけれど、そんな僕でも思い出すくらいには目立っていた。  初来店の時のことだ。もう1人の連れの方が若く見えたからと、店主さんが確認しようとするより先に免許証を突き付けられた。なんでもお酒を扱う店ではいつも年齢確認をされるから最初から用意しているらしい。それを来るたび毎回やっていたから、「免許証の人」という印象がなにより強かった。  そもそも2人が着ていたスーツが見るからに高そうで、悪いけれど庶民的の焼き鳥の店に来るような格好ではなかったから目立っていたんだ。  高級フレンチなんかが似合いそうな2人だったのに、焼き鳥やおつまみをたくさん頼んで楽しそうに飲んでいたんだっけ。 「でも、なんで僕の名前……」 「お店の中で一人でよく動き回って働いてたから。そういう人は覚えるようにしてるんだ」  なんせ従業員はほぼ僕1人だったから、忙しい時は息つく暇もないくらい動き回ってはいた。けれど名前を覚えられるほど特別な動きはしていないと思う。  それとも、僕と違って本当に仕事ができる人はそういう些細なことも覚えているのだろうか。  それはそうとして、似合わないと言えばこの荷物も似合わないと思う。明らかに大量の食料品と、トイレットペーパーとを両手で抱えているところを見ると大家族かなにかなのだろうか。

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