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運命とはなんぞや 3

「あの、荷物重そうだから手伝います」 「え、本当? お言葉に甘えていい? ちょっといっぺんに買いすぎちゃって。ネットで頼むのもいいんだけど受け取ってくれる人がいなくてねぇ」  日々の買い物は全部ネットで済ませていそうな雰囲気があるのに。それならこれは大家族ゆえではなくまとめての買い出しなのか。  そんなことを思いながらも立ち入りすぎかと荷物を半分受け取る。重さはそうでもないけどかさばる分持ちにくい。 「あ、そうだ。名乗り忘れてた。僕、(なつめ)です。サマーの夏じゃなくて、お菓子に入れたり漢方になる方の棗ね」  改めて荷物を持ち直して、歩き出そうとしたタイミングの自己紹介につんのめりそうになる。  にこやかで仕事ができそうに見えるけれど、キャベツを転がしたり独特のタイミングだったり、もしかして天然っぽい人なのだろうか。 「けど、種田くん、バイトは大丈夫? 今日は休み?」  かと思えばピンポイントの鋭さを見せられてため息をついた。まあ僕たちの唯一の共通点なのだから、その話になるのは自然の流れなのだろうけど。 「休みというか、お店を閉めることになったそうで、さっき最後のバイト代を受け取って帰ってきました」 「ええーそうなの? あそこ美味しかったのに。残念」  わかりやすく落ち込んだ顔を見せられて、すみませんと一応謝っておいた。なんならバイト先がなくなった僕よりも悲しんでいるように見える。 「だから今日は時間あります」 「そっかぁ。じゃあ家に帰るとこだったんだ」 「……それもですね」  そしてまたピンポイント。ふわふわなのか鋭いのかよくわからないけど、この流れも必然なのか。 「とりあえず、どこまで持っていけばいいですか」  隠すような話でもなし、道中に話しますと坂を上り始める。目的地は坂の上の家らしい。  ここら辺は住宅街だけど、僕の家のあった辺りとは違って1軒1軒の家が立派だ。閑静な住宅地というやつだろう。  ただ高層マンションなんかが立ち並ぶ地域でもないから、棗さんの印象とは少しちぐはぐしている気がする。偏見だろうか。イメージ的には、高層ビルで働きタワーマンションに帰るといった感じなのに。  そんなことを考えながら隣を歩く棗さんに火事のいきさつをできるだけ軽い感じで話したけど、大層驚かれてしまった。遠くの方でくすぶる煙が見えたのもインパクトが大きかったのだろう。  仕方ないものは仕方ないと諦めの域に達している僕と違って、棗さんは表情豊かに反応してくれる。営業に向いていそうだ、とまた勝手なイメージが増えた。  大変だったでしょうと僕のことを気遣ってくれる言葉をありがたく受け取って、それなりに急な坂道を登りきると、そこに一軒の大きな家があった。どうやらここが目的地らしい。  大邸宅、と言っていい立派な門構え。  敷地が広いのか、周りと少し距離がある分余計大きく見える。  白い壁のモダンな一軒家は、2階建てで明らかに1人で住む物件ではない。 「……シェアハウス?」  表札代わりに壁に書かれていたのは「シェアハウス arrosoir」の文字。  英語ではないみたいだけど、なんと読むのだろう。 「そ。シェアハウス『アロゾワール』です。フランス語でじょうろって意味だよ」 「じょうろ……」  なぜあえてフランス語でじょうろを選ぶのだろうという疑問が表情に出ていたのかもしれない。棗さんは僕の顔を見て柔らかく笑った。 「種田くんにじょうろで水かけたら花田くんになっちゃうねぇ」  なにか違う伝わり方をしていたらしい。  とても朗らかな笑顔でリアクションが難しいことを言われて曖昧に笑う。こういう時に上手い返事ができるくらいコミュニケーションが得意な人間になりたい。 「ちょっと上がってかない? 良ければだけど」 「……お邪魔します」  玄関の前で家を見上げたままの僕を、門扉に手をかけながら振り返る棗さん。  正直目まぐるしすぎて一息つきたいところだったし、素直にお言葉に甘えることにした。なぜなら焦って帰る家もバイト先もない。  寝る場所のことは今さら慌ててもどうにかなる話じゃないし。なんならこの時期、野宿したって風邪は引かないだろう。 「棗さんはここに住んでいるんですか?」 「住んではいないよ。んー管理を任されているというか、面倒を見ているというか。たまに様子を見に来るって感じかな」 「面倒、ですか」 「とりあえず入って。今お茶入れるから」  壁があり、奥まったところにドアがあるおかげで門の場所から中が覗けないようになっている作りの玄関。白くて細工の細かいドアを見るだけで、僕には縁遠そうだなと思いながらもお邪魔した。

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